第25話「少女は救われるんですね」


 文化祭が終わり、一叶いちかの方も落ち着いたらしく、再び創作の打ち合わせを彼女の部屋で行う。


「先輩、先輩。見て下さい。キャラ設定のイメージを描いてみました。少年の年齢をもうちょっと上げてみたんですけど、どうです?」


 そこに描かれているのはあからさまに俺の顔。そして、一叶いちかに似た少女。


「どうしても、このメインキャラたちを俺たち二人にしたいのか?」


 怒りというより呆れていた。


「先輩の頭の中ではキャラクターの容姿が固まってないんですよね? だったら、もう仮でわたしたち二人でいいじゃないですか。どうせお話ですよ」

「そうなると二人のイメージに引っ張られる。特に男の方が、俺そのものになってしまう」

「いいじゃないですか。先輩のデビュー作はそれで認められたんですよ。雪姉さまもそういうの好きみたいですし、それで行きましょうよ」

「……」


 一叶いちかがぐいぐいと俺を引っ張っていく。一人で創作をしていたら、迷いが出た時点で立ち止まってしまう。けど、こいつはそれを許さない。


「で、物語の内容は詳細はできてきたんですか?」

「まあな。これは未来の話だ。少女はコールドスリープから目覚める。不治の病でずっと眠っていたんだ。かなり未来の話だから、人間の脳が直接ネットにつなげられるようにマイクロチップとかが埋め込まれているほどの科学力がある」


 ハードなSFにするつもりはないが、読者を納得させるためのガジェットは必要だ。


「なるほど、それで記憶の欠落があったと」

「医療用AIの導きで目覚めた彼女は最新医療技術により、10日ほどで歩けるようになるんだ」

「やっぱ寝たきりだと筋肉が衰えますからね。それを解消する技術ですね」


 世間一般にも、そういう知識が知られるようになってきたからな。起きてすぐ動けるなんて嘘は書けない。


「そう。で、記憶が曖昧で感情があまり動かない彼女は、唯一覚えていた水族館へと足を運ぶ」

「そこで先輩と出逢うんですか?」

「……」


 ツッコむ気にも、怒る気にもなれない。なんだか彼女のその言動にも慣れてきたようだ。


「わかってますよ。続けてください」

「水族館で男は少女に一目惚れをする。そして話しかけるんだ」

「ナンパ野郎ですね」

「うるせー、男は純粋に少女に惹かれたって設定だよ。女性に自分から声をかけるのも初めてだったという設定だよ」

「童貞野郎ですね」

「黙れ!」


 こればかりは本気でツッコまざるを得ない。


「……」

「そこから先は、前に教えたのと変わらないよ。少女は自分には心がないと男に告げ、男は少女に心を芽生えさせようと努力すると」


 今回の話は、前回の話に説得力を持たせるために、膨らませて付け足したもの。


「で、神のお告げで男には心がないことがわかるんですよね」

「さすがに神は突拍子もなさ過ぎるからな、教えてくれたのは医療用AIだよ。AIはこれまでの治療の経緯と、少女が眠っていた10年の間に何が起きたのかを伝えるんだ」


 AIならばデータの蓄積から、すべてを知っていても不自然ではないだろう。


「何が起きたんですか?」

「ある国が開発していた人が死なない兵器。人の精神に作用して敵を無力化する兵器が、実験中に暴走し、その効果が全世界へと波及したことを告げる」

「うは、そう来ましたか」


 一叶いちかが話に食いついてきた。


「結果的に人類の精神は破壊され、生きる屍となる。社会は混乱し、残されたAIたちは困惑した。このままでは自分たちの個々の使命が果たせないと」

「使命?」

「物流を管理するAIだったり、人間を治療するAIだったり、人類がいなければそれらは停止して朽ちていくだけだからな。命令を実行できない」


 ここからが腕の見せ所だ。どうやって哲学的ゾンビを作り出すか。


「とあるAIが演算で人類を救う方法を導き出す。それは、人間の脳に埋め込まれたチップに擬似人格プログラムを組み込むこと」

「あはは、ある意味外道ですね」


 人類を救うのではないのだからな。AIたちを効率的に動かすための、ただの対症療法だ。AIが逆に人間を道具として扱うのだ。


「最初は人間の身体を維持するために、栄養を自発的に取らせるプログラムだけを動作させたんだよ」

「そっか、精神が壊されているだけで、肉体的に死んでいたわけではないんですからね」


 一叶いちかは基本的に頭の回転が速い。不足した説明を瞬時に読み取ってくれる。。


「AIたちはネットワークの中で人間たちの情報を繋げ、人間を動作させるそのプログラムを、より人間的に動くように改良していった」

「わたし、背筋がゾクッときました。それが今の人類なんですね。少女と出会った男の人も、そのプログラムで動かされているに過ぎないと」


 話の要を理解してくれているのはありがたい。


「そう。より人間らしく行動するために、無駄な動きでさえシミュレートした。経験したことのない動き、喋り、思考をも獲得できるようにしていくんだ」

「そっか、男が少女に恋したのもそのプログラムあってのことなんだ。だから、『純粋に少女に惹かれた』という設定。『女性に自分から声をかけるのも初めてだった』という設定なんですね」


 一叶いちかが複雑そうな顔を見せる。


「それを聞いた少女は絶望する。自分が好きになりかけたあの人はただの人形だったと」


 悲しい話ではなく、虚しい話だ。


「でも、少女が絶望したってことは、少女に感情があったってことですよね?」

「彼女はさ、コールドスリープする前は失感情症アレキシサイミアの診断を受けていたんだよ。それが、ショック療法に近い形で治療された。AIがすべてを打ち明けたのも、それを見越してのことだったんだ」

「なるほど。それで?」


 一叶いちかの身体がだんだん前のめりになっていく。


「そんな彼女にAIはこんな話をする。とある小学生の話だ。男の子はカブトムシを飼っていた。幼虫の頃から育てて『キング』という名前まで付けて世話をしていた。だけど、ある日死んでしまうんだ。それは寿命だったのかもしれない」

「よくある話ですね。わたしの従兄弟イトコの子もカブトムシ買ってましたよ」


 『よくある話』であることが重要な点だ。


「少年はカブトムシが亡くなったことに涙する。まるで親しい人が亡くなったかのように」

「ほう、それで」

「AIはこう説明する。虫は本能でのみ生きている。そこに感情もなければ自分の意志すらあるかどうかもわからない。そんな虫に子供は涙すると」

「つまり少女が心のない男に恋心を抱くのも不思議ではないと? でも、虫ですよね? ちょっと感情移入しづらいですね。乙女としては」


 一叶いちかの反応は予想通りではある。まあ、乙女とか言っちゃってるのは、どうでもいいけどな。


「乙女ねぇ……まあいいや、物語の少女もそんな感じで、話に納得はしないよ。それでAIは話を続ける」

「ほうほう、次はどんな喩えなんですか?」


 まったくこいつは、先読みが酷いな。作者から嫌われるタイプだっての。


「とあるところに天才ヴァイオリニストがいた。彼は、10代の頃から手にしたヴァイオリンと共に世界を回って観客に感動を届けた。彼は結婚もせずに生涯独身だったんだよ。それでも彼は幸せそうだった。死に際に彼は、長年の相棒でもあるバイオリンに感謝の言葉を述べるんだ。物も言わず、本能さえ存在しない、ただの無機物に」

「……先輩、ズルいですよ。泣かせに来ましたね」


 泣かせたいわけじゃないんだけどな。


「ヴァイオリンの話は喩え話なんだから、そんな意図はない。AIはこんな例がありますよと、淡々と説明するだけだ。なにしろ、AIにも感情はないのだからな」

「……」

「さらに話は続き、バイクで旅をする男の話、絵画の中の男性に恋する女性の話、そして、アンドロイドと呼ばれる機械人形に恋するとある青年の話」


 一叶いちかは前のめりになっていた身体を元に戻し、俯くように呟いた。


「少女は気付くんですね。自分もそれらとなんの変わりもないことに」

「そう。心があるかどうかは、自分が決めることだからな」

「少女は救われるんですね?」


 彼女が優しく穏やかな顔を俺に向けた。


「ああ、ハッピーエンドだ」

「やった」

「ただし、こんな小説。雪姉以外は誰も読まねえよ!」


 俺の元小説家としての勘がそう判断する。


「そんなことないです。わたしちょっと感動しました」


 一叶いちかに手放しで褒められるのはなんだか照れてしまう。もしかしたら、俺を持ち上げるための方便なのかもしれないが。


「本当はもうちょっと複雑にしたかったんだよ」

「どういう風にですか?」



◇次回「わたしはそんなにお安くないんでご注意を」にご期待ください!

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