第23話「どうせお祭りなんですから」


 あの作戦から数日後。


 すっかりと平穏な日常に戻ったかのように見えた。


 だが、仕事が終わって普段着に着替えて更衣室から出ると、そこには満面の笑みを浮かべた一叶いちかが待っていた。


「先輩! 先輩にプレゼントを差し上げます」

「……なんだよ?」


 胡散臭さを感じて、一歩引いてしまう。


「なんですか、その顔は。それに「うわー、めんどくせー」とか思いませんでした?」

「わかってるなら言うことはない。じゃあ、お疲れ!」

「待って下さい。別に変な物をあげようというわけではありません。先輩を信用してあるものを差し上げるんですから」

「なんだよ。早くしろよ」

「じゃーん! 美浜祭の入場チケットです」


 あー、そういえばそんな時期だったな。


 美浜高の文化祭は、外部から変な人が訪れて来ないようにチケット制で入場制限をしている。


 生徒達には予めチケットを渡し、身内や友人に配るように推奨していた。


「悪いが、いらんわ」

「えー、なんでですか?」

「すでに持ってるんだわな」


 俺は財布を取り出して、その中に入れてあったチケットを一叶いちかに見せつける。


「だ、誰にもらったんですか? あ、そうか花音先輩ですね」

「いやぁ……俺ってあいつに微妙に嫌われてるから、チケットなんてくれるわけないじゃん」


 なにしろ雪姉に近づく者は、身内であろうが敵だという性格だからな。


「じゃ、じゃあ、誰にもらったんですか?」


 一叶いちかが妙に取り乱していてなんだか面白い。


「誰だと思う?」

「わたしの他にも女子高生に手を出してたんですか? こんな美少女を差し置いて」


 相変わらずブレなさすぎだ。おまえは。


「バーカ、月音にもらったんだよ。教員にも招待状を配らせるらしいからな」

「あ、鹿島先生でしたか……なんだ、びっくりしちゃいましたよ」

「勘違いする方が悪い」


 俺と美浜高の接点なんて、あの三姉妹しかいないからな。


「ぶー! せっかくの人の親切を台無しにする先輩は人でなしです」

「まあ、一叶いちかは他にあげるやついないもんな」


 俺はマウントをとって一叶いちかをからかう。


「余計なお世話です!」

「どうして俺に文化祭のチケットを渡そうとしたんだ」


 理由くらいは聞いておきたい。学校での一叶いちかは、俺抜きでサークルのメンバーと楽しくやっているはずなのだから。


「物語研で劇をやるんです。ちょっとマニアックな内容なんですけどね。ぜひ観に来て欲しいなと思って」

「へー、劇か。なんか文化祭っぽいな」

「いいでしょ。アオハルです」


 一叶いちかは頬を掻きながら照れるように言った。


「シナリオは誰が書いたんだ?」

「みんなの共同作ですよ」

「よく頓挫しなかったな?」

「なんでです?」

一叶いちかのことだからダメ出ししまくったんだろ?」

「わたし、部活のメンバーの才能に関しては諦めてますから、なんか内容はどうでも良かったんです」


 悟りの境地だな。


「諦めたらかわいそうだろ。中には作家志望とかいるんじゃないのか?」

「ええ、下瑠部かるべくんとか長差和ながさわくんとか本気で小説家になりたいとか普段言ってますけどね」


 昔の一叶いちかなら相手の才能を潰すまで容赦なかったんじゃないか?


「……一叶いちかがダメ出しすら諦めてるってことは」

「まあ、いいじゃないですか。どうせお祭りなんですから」


 遠くに視線を向けるように半笑いする一叶いちか


 彼女が憐れむほどの内容だったってことだな。


一叶いちかの本音を知ったら、傷つくどころじゃないな、それは」

「だから、わたしはこのことを卒業するまで黙ってます」

「それ、逆を言えば卒業式に暴露するってことじゃねえか」

「その頃には小説家の夢は諦めてるか、忘れてるんじゃないですかね」


 ありうるな。学生時代の将来なりたいものの夢なんて、ほとんどが思いつきや勘違いなんだからな。


「もう一つ気になるのは、主役は一叶いちかなのか?」

「とうぜんです!」

「おまえ、演技できたの?」

「バカにしないでください。それに花音先輩の協力を仰ぎましたからね」


 そういや花音は演劇部だったな。なら、演技面では安心か。


「そりゃ、楽しみだ」

「ほんとですか?」


 目の前で手を組んで、目をキラキラさせながら一叶いちかが嬉しそうに応える一叶いちか。そこまで大げさに反応しなくても。


「ああ、花音には微妙に嫌われてるから、文化祭にあんまり行く気なかったんだよ。けど、知り合いが劇をやるってなら見てみたいじゃないか」

「嬉しいです! これで先輩はわたしにメロメロですね」


 メロメロって……今どき20代でも言わねえぞ。


「話が飛びすぎだ。どうしてそうなるんだよ?」

「ステージでのわたしの輝きに先輩が目を奪われるんです。『俺は改めて一叶いちかの美しさに感動してしまった』と」

「……」

「と……先輩、なんかツッコんでくださいよ。なんか不安になってくるじゃないですか」

「もう、ツッコむのバカらしくなってきたんだよ」


 もしかしてわざとボケてるんじゃないかと思えるほどの自意識過剰な台詞。いや、最後のはわざとだったかな。まあ、一叶いちからしくもあるけど。



**



 文化祭は11月3日の文化の日から始まって木曜日までの2日間だ。土日にやらないのが私立である美浜高の伝統でもあった。


 3日の水曜日はもともと『アイシス』は休業日だし、木曜日は一叶いちかだけ休みをとったらしい。


 俺は初日しか行けないが、それでも一日あれば美浜高の文化祭を堪能できるだろう。


 当日はアイシスの前で雪姉と待ち合わせる。


「お待たせ。亮ちゃん」


 雪姉は普段店に出勤してくるときのようなラフな服装ではなく、きちんとお洒落をしていた。まあ、30代の女性なのだから当たり前か。


 ブラウン系のしっとりしたロングスカートにビッグシルエットのニット。


 そんないつもと違う雪姉にドキドキしながら美浜高へと歩いて行く。


 これはまるでデートのようではないか。思わず緊張してしまう。そういや、雪姉とこうやって二人で出かけるのは久々かもしれない。去年も一昨年も文化祭には行ってないからな。


 雪姉が結婚してからは、二人で出かけることなんてなかったのだから。


 ふたりの距離はアイシスで働いているときより近い。けど、そこには触れることのできない見えない壁が存在する。彼女は人妻であるのだ。


 校門で受付をして、チケットを渡し校内へと入る。


 普段の学校内部と違って、廊下は派手に飾られていた。といっても、装飾されているのは安っぽいバルーンやペーパーフラワー、ペットボトルやビニール紐を利用した物。そして極めつけは教室内部の黒板アートだ。


 クラスに一人は絵の上手い奴がいるだろうから、そいつを中心に個性的なアートが教室に彩りを加えられているところが多い。


 もちろん、お化け屋敷などの閉鎖系の教室は、黒板を有効活用できてはいないのが残念でもある。



 受付でもらったパンフレットを見ながら、俺は雪姉にこう切り出した。


「ひとまず花音のクラスがやってるコンセプトカフェにお邪魔して、今日の予定を決めますか?」

「ええ、そうね。花音のかわいいコスプレ姿も見たいわね」


 そんな会話をしながら、3階に行くために階段を上ろうとしたところ、『写真部』の看板を持った生徒の勧誘を受ける。


「先着10名様限定、今なら無料でコスプレして写真が撮れます。プリクラ風シールにもできますよ!」


 看板を10秒ほど見つめた雪姉の顔がこちらに向く。


「亮ちゃん行ってみない?」

 

 彼女は興味津々のようだ。


「雪姉が行ってみたいなら付き合うけど……」

「じゃあ、行きましょう」


 ノリノリの雪姉が俺の腕をとって半ば強引に連れて行く。


「二名様ご来場!」


 客引きの生徒がそう告げると、中から二人の生徒が出てきて、アルバムのようなものを出す。


「本日用意できるのはこの中の衣装になります。お二人にお勧めは『異世界セット』ですね」


 異世界? なんだそれ? こすぷれなのか?



◇次回「不審者として通報する!」にご期待下さい!

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