第21話「しかたないですね」


 作戦は単純だ。


 佐藤のことはバレていないという状況を装って、イジメグループに一叶いちかの物を再度盗ませる。


 女子たちも使い道のない一叶いちかの身につけているものより、自分たちも使える消耗品の方が欲しいはずだ。という分析のもとに、新品のハンドクリームを細工して、内部に音声通信器を仕掛ける。


 なぜ盗聴機でなく通信器なのかは後述する。


 あとはそのハンドクリームを盗ませるだけだ。


 これにより彼女たちの会話が筒抜けとなる。


『おはー』

『恵理オハヨー』

『電車でハゲオヤジがチョームカツクんだけど』


 片耳にはBluetoothイヤホンを差し込んで、通信器が拾った声を聞いていた。


 有益な情報ばかりだと思ってないので、この作戦には根気が必要だ。一日中、仕事をしながら聞いている。今のところ、10割が無駄な会話だった。


 それでも独自の言葉は気になってしまう。


『今PKなんだけださ』


 これは田中の友人の声。


『え、ヤバくないそれ』


 これが田中本人の声だ。だいぶ聞き分けられるようになってきた。


『そ、朝からなんだよ』

『あはは、ウケる。それちょーウケるぅ』


 なんだこの会話は?


 ちょうど目の前にいた花音に「女子高生が言うPKってどういう意味?」と聞いたら、ゴキブリでも見るような目で無視された。


 その後に一叶いちかに同じ事を聞いたら、「それパンツ食い込んでるって意味じゃないですか?」と笑われ脱力した。


 まあ、どうでもいいことなんだけどね。


『ね、どっか近くにパワースポットとかないの?』


 この田中とかいう女子は唐突な話題を振るので、ついていくのが大変だ。


『んー、稲荷神社とか』

『ただの神社じゃん』

『いきなりパワースポット言われても』

『恵理ってスピリチュアにはまってるんだよね』

『でも恵理って、オカルト嫌いじゃないの』

『オカルトは美しくないのよ』

『あ、なんかわかりみ』

『オカルトはドロドロしてるじゃん。スピリチュアはなんか輝いているってか』


 もう、どこからツッコめばいいのか。


『それ目からコロモ!』


「ウロコだろ!」


 思わずツッコんでしまう。なお、通信器ではあるが送信設定はオフにしてあるので問題はない。


 もう、なんかさ。女子高生の会話を盗聴しているという背徳感もなく、ただ禅僧のように無意味な会話を無心で聞いているような感じであった。


 しばらくすると無音になる。


 友達が周りにいなくなれば会話がなくなるのは当たり前か。といっても、この世代であればスマホで続きの会話をしているだろう。


『ギャー!!!』


 突然、叫び声が聞こえる。何があった?


『なんだ、野良猫かぁ』


 こいつわりとビビリなのか?


 今、ハンドクリームを持っているのはいじめっ子のリーダー格の田中だったと思う。


 あ、でも、これは使えそうかもな。その前にちょっと確認が必要か。


 俺は悪知恵を思い付き、その準備のために一叶いちかに話しかける。


 今は店も落ち着いているので、一叶いちかと一緒にシルバー(フォークやスプーン等)の拭き上げをしているところだった。


「なあ、田中って一叶いちかから見たらどんな人物なんだ?」

「田中さんですか? ちょっと高ビーで、自信家ですね」

一叶いちかからは弱点が見えないんだろ?」

「そうですね。あんまり近づきたくないタイプなんで」

「彼女の昔を知っている奴っているか?」

「うーん……鈴木くんが中学が同じだったとか」

「よし、明日、鈴木連れてこい」

「えー……」


 一叶いちかが嫌そうな顔をする。そこまで嫌がることか?


「いちおう部活の仲間だろうが」

「わたしのプライベートな空間まで部活を持ち込みたくないんです」

「ただのバイトだろうが。というか、一叶いちかへのイジメ問題を解決するためだ。それくらい我慢しろよ」

「まあ、いいですけど」


 まだ不満げな顔のままの一叶いちか


「俺も別に一叶いちかがこのまま不自由しないってなら放っておいてもいいんだぜ」

「先輩、かわいい後輩が困ってるんですから、そこは格好良く助けてくれないと」


 頭が痛くなってくる。会話が噛み合っているようで噛み合ってない。とはいっても、一叶いちかのペースに巻き込まれるのは癪だ。


「まあいいや。鈴木を明日連れてくるのは決定事項。はい、仕事に戻るぞ。一叶いちか、客だ」


 俺は顔を入り口の方へ向けて、来客があったことを彼女に知らせる。


「しかたないですね」

「しかたなくねーよ。仕事だ」



**



 次の日、休憩時間を調整してもらった俺は鈴木と再び対峙する。


「おまえ、ビビってるのか?」


 場所はこの前と同じ、カフェの裏手。


「ビビってませんよ」


 そう言いながらも、視線はこちらへと向けない。まあ、いいか。


「別におまえをシメるために呼び出したわけじゃない。聞きたいことがある。というか、一叶いちかがクラスの女子に目を付けられて虐められてるのは知ってるだろ」

「ええ、でも、ボクらがそれを阻止してます。彼女に危害を加えようものなら、みんな黙ってませんから」


 正義感が強いのはいいことだが、こういう奴って、視野が狭いから周りがあまり見えてないんだよな。


「現在も嫌がらせをされていることは知ってるか?」

「嫌がらせ?」


 呆然とした顔で、言葉を繰り返す鈴木。予想通りではあった。


「まあ、おまえって、一叶いちかの家出にも気付いてなかったみたいだからな」

「そ、それは……」


 正論過ぎて言い返せないようだ。


「それはどうでもいいや。今回は嫌がらせの問題だ」

「誰か岩神さんに嫌がらせを?」

「田中恵理のグループだ」

「あいつら!」


 俺は駆け出そうとする鈴木の肩を掴む。


「待て待て。おまえが田中に直接仕掛けても問題は解決しねーよ」

「でも、放っておけないじゃないですか」


 感情で行動しても何もいいことはない。それを説明しても、こいつが理解出来ないだろうな。


一叶いちかへのイジメをやめさせたくないか? 根本から解決したくないか?」

「それは、解決したいですけど」

「そのための方法を探っている。だから、おまえの話を聞きたいんだ」

「それなら話してもいいですけど」


 相変わらず態度でかいな。


「おまえは田中と中学が同じだったんだろ?」

「そうですよ」

「中学の時から、そいつの性格は変わってないのか? 弱点とかないのか?」

「田中は、あの頃から女王様的な性格でしたね。弱点という弱点はなかった気がします」

「もう一つ質問だ。中学の時、文化祭かイベントでお化け屋敷や肝試しをやったことはあるか?」

「それ、なんか関係あるんですか?」


 呆れたように笑いを浮かべる鈴木。ムカつくなこいつ。


「質問に答えろって」

「林間学校の時に、肝試しやりましたね。田中が企画してみんなを脅かしてました」

「その時、田中自身は何か脅かす役をやっていたか?」

「いえ、みんなに指示を出してましたね。それでみんなが怖がって帰ってくる顔を見て楽しんでたっていうか」


 なるほど、逆に考えれば自分が脅かされるのが嫌だから脅かす側に回ったという解釈の仕方もあるな。


 しかも、脅かす時に一人で暗闇にいたくないから、一番上の立場として指示を出したのかもしれない。


 そういや盗聴した会話にも『オカルト嫌い』って言葉が出てきてたし。


 よし、この路線で行こうか。


「鈴木。一叶いちかをイジメから助けるために、とあることを頼みたい」

「なんですか? 岩神さんを助けるためなら、なんだってしますよ」


 鈴木は乗り気だ。ならば作戦開始である。



◇次回「解決?」にご期待下さい

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