第19話「もしかして、わたしと間接キスをしたいと?」


「他に盗まれたものは?」

「買ったばかりの汗ふきシートとか、日焼け止めクリームとか。どっちもまだ使ってないんですよ。それから食べかけのブラックサンダー。お昼に一口だけ囓って、放課後用に取っておいたのに盗まれたんですよ」


 まあ、食べかけのチョコはともかく、総合的な被害額は結構いきそうである。


「そこまでいったら警察に通報する案件だろ。そうじゃなくても教師に相談しろよ」

「恥ずかしいじゃないですか、下着とかは」

「犯人に心当たりは?」

「ないから困ってるんです。部活の子たちなら、まあいいかなって許したんですけど」

「許すのかよ!」


 思わずツッコんでしまう。ある意味オタサーの姫としては正しい行動だ。


「今回は犯人がわからないので、ちょっと怖いというか憂鬱です」


 悩みというから、もっと精神的なものかと思ったが……このオチとは。


「学校のことじゃ、さすがに俺も介入できないな……あれ? 待てよ。それイジメって可能性は?」


 相手の物を隠し、盗むはイジメの定番でもある。


「なくはないですけど……前にそういうイジメがあったときに、取り巻きの子たちが『犯人見つけたらぶっ殺してやる』って声を荒らげていたので、さすがにそういうイジメをする勇気がある女子がいるとは思えません」


 一叶いちかの取り巻きは、ボディガードとしてはきちんと機能しているということか。それはそれで感心する。


「ということは、どういうことだ?」

「わたしへの好きの気持ちが抑えきれない男の子とか?」


 まあ、彼女の容姿なら部活の男子以外にもそういう子はいそうだな。


「鞄に下着、まあ、好きな子の身につけていた物を手に入れたいという気持ちは理解できなくはないし、食べかけの菓子ってのも魅力的に映るのだろう」


 あくまで犯罪に対して同情はしないが、理解ができるというスタンスだ。


「先輩も雪姉さまの下着や食べかけの物を盗んだ口ですか?」

「盗んでねーよ!」

「え-?」


 そこ、疑いの目で見るな!


「とにかく! 見知らぬストーカーという可能性もあるわけか」

「まあ、そういことですね。『誰だかわからない』ってのが気持ち悪くて憂鬱なんです。たぶん、先生に相談しても『そういうイジメがあった』で処理されるだけでしょうから」


 月音はそこまで無責任な奴ではないんだけどな。


 でも、学校の方針としてはイジメを隠したがる傾向にあるのかもしれない。いじめられっ子の物を盗んだり隠したりするというよくある行為であるのだから。


一叶いちかさ。もし、犯人を特定できたらどうする?」


 いちおう、俺から一叶いちかの悩みを聞き出したのだ。問題解決まで導いてやるのが俺の責任であろう。


「ストーカーさんなら、まずは話し合いたいですね」

「優しす……甘すぎるだろ!」


 ある意味危険でもある。


「そうですか?」

「自分の魅力で相手を弄べるとか思ってないか?」

「そこまでは思ってませんよ。けど、大丈夫です」

「何が大丈夫なんだよ!?」

「先輩には、その話し合いに同席してもらいますから」


 なるほど、そう来たか。部活の男子より大人の男性の方がボディガードとしては有効なのだろう。


 たしかに俺は一叶いちかの悩みを聞いた責任から、最後まで面倒を見るつもりだ。もし、人の言葉が通じない男なのであれば、それなりに強引な方法をとらせてもらう。


「まったく……まあ、どうするかは犯人を特定できてからにするか。相手を調べてから対処方を考えればいい」

「それで、どうするんですか?」


 俺は自分のスマホを取りだして、ネットショッピングである物を買う。お急ぎ便なら、明日にでも着くかな。


一叶いちか。リップとか今、使ってるか?」

「はい。それが何か?」

「ちょっと貸してくれ」

「何に使うんですか? あ、もしかして、わたしと間接キスをしたいと? やだなぁ、先輩。言ってくれれば直接しますよ」


 やだやだ。自分をかわいいと思っている子は、キスがご褒美だと思っちゃうんだから。


「お断りだ。とにかくリップを貸せ。ちょっと細工するんだよ」

「そんなはっきり断らなくていいじゃないですか。で、細工って?」


 一叶いちかはピンク色のケースのリップクリームを鞄から取りだして俺に手渡す。


「リップを分解して、内部に紛失防止タグを入れるんだよ。今、通販で頼んだ奴はちょっとデカいからそっちも分解しなきゃならないけどな」

「フンシツボウシタグ?」


 一叶いちかは首を傾げる。まあ、使わない奴にとってはあんまり知られていないアイテムだからな。


「スマホにアプリを入れておくと、そのタグがある位置情報を示してくれるんだ。つまり、このリップを盗んだら相手が特定できる」

「なるほど。それは便利ですね!」

「まずは、これを盗ませるところから始めなきゃいけないけどな」


 俺は一叶いちかから預かったリップクリームを手の中で弄ぶ。



**



 次の日、紛失防止タグは昼頃には届いていたので、休憩時間にリップに細工をする。


 さらに、ちょうとデリバリーの依頼が来たので、月音経由で一叶いちかにリップを渡してもらうように頼んだ。


 一叶いちかにはわざとらしくならないように、どこかに置き忘れて欲しいと伝えてある。


 これで犯人がこれを盗めば、特定は簡単。


「問題はその後だよなぁ……」


 それを考えると頭が痛い。平穏に暮らしたい俺は、あまり強引な方法をとりたくないからな。下手をすれば警察沙汰。説明が面倒である。


 できれば犯人をコントロールできる立場を取れれば、それがベストだ。



**



 夕方に一叶いちかが帰ってくると、彼女は俺を更衣室に引っ張り込んで開口一番でこう叫ぶ。


「作戦成功です!」

「まだ成功じゃねえよ」


 調子に乗って笑顔の一叶いちかに、冷めた顔をしながらそう答えた。


「えー? なんでです?」

「これを見ろよ」


 俺はスマホを盗りだし、起動しているアプリの画面を彼女に見せた。そこに表示されているのは紛失防止タグの現在位置。それが差すのは、このブックカフェ『アイシス』がある場所。


「あれ? うちにある? 先輩が持ってるんですか?」

「バカ。そんなわけないだろ。犯人はうちの客として来ている。たぶん、俺らが気付かなかっただけで、毎日来ているかもしれない」


 まさにストーカーそのものだ。


「じゃあ、成功じゃないですか」

「犯人は特定できたけど、どうやって接触するかだよ」

「犯人がわかっているなら、わたしがウエイトレスとして自然に近づいてみましょうか?」

「それはやめとけ」

「なんでです?」

「何かトラブルがあったときに、雪姉に迷惑がかかる。店で乱闘騒ぎは控えたいからな」


 一叶いちかの身に何か危険があった場合は、俺が対処しなければならない。その時は、かなり手荒な真似をしなければならないからな。店の備品が壊れる程度で済むわけがない。


「そうですね……このお店に迷惑がかかっちゃいますもんね」

「この店が閉店になって、あの客が外に出たときに問い詰める。それでいいか?」

「ええ。よろしくお願いします」


 その場ではそんな打ち合わせをして、閉店時間を待つことにする。


 一叶いちかのストーカーであるなら、彼女のことをずっと見ていたくてすぐに帰ることはないだろう。


 そして閉店時間になり、俺たちは雪姉に事情を話して店を抜ける。


「待って、そこの人」


 一叶いちかがタグに反応している人物に声をかける。


 フードを被った小太りの男だ。


「……」


 無言で振り返り、その姿を確認すると逃げだそうと駆け出す。


 俺は先回りしていたので、男の前に立ち塞がり動きを止める。


「わたしのリップ、盗ったでしょ?」


 男の背後からは一叶いちかの厳しい言葉が投げつけられた。


「な、なんのことですか?」


 とぼける犯人、ってのは想定通りの展開だな。


「おまえが盗ったリップには紛失防止タグが埋め込まれてるんだよ。で、現在それがある位置はお前を示している」


 俺はスマホを相手に見せつけるように掲げる。


 これでチェックメイトだ!



◇次回「あなたのことは許してあげる」にご期待ください!

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