第17話「雑すぎます。ボツです!」
「つまり、少女は自分が心のない空っぽな人間だと思い込んでいたけど、本当は世界の方が空っぽだったというオチですか?」
「そういうこと。哲学的ゾンビって知ってるか?」
とある哲学者が提唱した思考実験だ。ちなみにホラー映画に出てくるゾンビは現象ゾンビと分けて呼ばれるらしい。
「ああ、あれですよね。普通の人間と全く同じだけど、意識だけ持ってない人間。つまり心がない人間ですよね」
「あれは思考実験だけど、それを設定として組み込んだ。SFでよくある、ロボットに育てられる子供の話があるじゃん。その亜流かな」
「心があると思っていた人間に心がなくて、心がないと思っていた自分こそが心を持つ唯一の存在だったというわけですね」
ある種、正反対の主題。
「まあ、これをどう料理するかが小説家としての見せ所だけど」
「最後はどうなるんですか? まさか、真実が明るみに出て終わりじゃないですよね」
「そうだな。少女が絶望して、自らも精神的な死……つまり心の除去を願うって終わり方と……」
「バッドエンドじゃないですか」
落胆したような顔になる
「もう一つは、少女は少年に心を芽生えさせようとする」
「どうやってですか? 哲学的ゾンビって、見た目とか言動とか心がある人間とまったく同じ挙動をするんですよね。芽生えたかどうかわからないじゃないですか」
物語を理解しているからこその、正確なツッコミだ。
「そこは、ほら『俺たちの戦いはこれからだ!』エンドで」
「雑すぎます。ボツです! わたしの中のこの膨らんだイメージをどうしてくれるんですか」
「まだリハビリ最中なんだから、無理言うなよ。本来なら『書けるかもしれない』という、ただのイメージだ。本気で物語にしようなんて思ってなかったんだからさ」
それは本音だ。
「わたしのこの努力を無駄にしないためにも、先輩は納得のいく終わり方を考えてください。宿題です。わたしも、もっとこの作品のイメージを絵で具現化しますから」
手厳しい小悪魔は楽しそうに笑った。
**
男は少女に心を教えた。でも、彼には心がなかった。
でも少女が嘘をついていたことに、彼はまだ気付いていない。
**
まあ、誰かと創作活動できるのは楽しい。本来なら孤独な作業なはずだから。
今日は
この物語をどう料理するかを話し合う時に、どうしても目標が必要になってくる。それらのすりあわせだ。
「だから、この物語はたぶん世には出ないぞ。イラストコンとかで大賞とった方が、プロと仕事ができる確率があがるだろ。
「わたしが気に入る物語でなければ描く気はありません。それに今、先輩に必要なのはリハビリですよね。物語を一つ書き上げることです。10年のブランクはそう簡単に取り戻せませんよ」
キツいことを言っているが、それは事実であろう。
「まあ、練習がてらぼちぼち書き始めてるけどさ。目標がないとモチベーションがあがんないって」
「どっかの大賞とか狙いませんか?」
「無理だっつうの。今の流行を知ってるか? 異世界ファンタジーだ。こんな童話じみたSFなんて相手にされないって」
「じゃあ、目標は雪姉さまに読んでもらうとか?」
彼女の言葉にある種の驚きを覚える。
「唐突だな。なんで雪姉の名前が出るんだ?」
「だって、先輩のデビュー作とか気に入ってるんですよね?」
「まあ……な」
雪姉のことになると、俺の判断力は鈍っていく。
「だったら、今度の話も気に入ってもらえますよ。リハビリにちょうどいいと思いません?」
「……考えておくよ」
どうせただの趣味の小説。
コンテストの大賞を狙うよりも、雪姉に喜んでもらう方がモチベーションはあがるだろう。
彼女は人間の内面を吐き出した作品を好む。俺のデビュー作もそうだったからな。だったら、今回もそうするか?
となると、少年の設定を俺よりにした方がいいか?
いやいや、恥ずかしすぎるだろう。却下だ却下!
そういえばイメージしていた少女。
なのに、なんだろう。この感覚。
俺がイメージした架空の少女が、なぜか
まあ、容姿がそっくりだから、それに引っ張られているのかもしれないが……こんなこと考えていてもしかたないな。
俺は思考のリセットのために、
「そういや荷物増えたな。本格的に引っ越してきたみたいじゃないか」
最初は身一つでこの部屋に泊まっていた彼女も、いろいろと私物を持ち込んで自分の居場所としていた。
彼女は持ち込んだPCのレタッチソフトで、イラストを仕上げている。キャラクターの設定画のようなものだ。
「あんまり見ないで下さいよ。乙女の部屋なんですから」
「お! この漫画、
それはわりとマイナーな作家の描いた本。
興味を持って彼女の本棚を物色する。
ラノベも充実してるなぁ。まさにオタク部屋だ。自分の家ではないので、余計なものは持ち込んでいないらしく、棚にある本はすべて資料用らしい。
腐女子属性がどれくらいなのかチェックしたかったんだけどなぁ……いや、だって、弱味を握れそうじゃん。
本棚の右上段の端に俺のデビュー作があった。
――『ペトリコールはあなたの匂い』
手に取ってみると初版本。まあ、売れなくて増刷かからなかったから初版しか手に入らないよな。
わりときれいに扱ってくれてるみたいだし、状態もいい。俺がもし売れっ子作家になったのであれば、かなり価値が付きそうなお宝である。
まあ、現時点ではただのゴミなんだけど。
さらに本棚をざっと眺めて、探していた本がないことに気付く。
「『最強の賭博師が人生ゲームをしていたら異世界転生しちゃいました~確率論さえいじれる禁断のスキル』はないのか?」
俺の二作目の作品。長くて舌を噛みそうになる。
そこそこヒットして、アニメ化の話までいったものだ。めちゃくちゃ恥ずかしいタイトルだが市場を研究のうえに編み出したものである。
「あー、それ家にありますね」
「
俺としては気になるところ。あの作品は俺にとっての渾身の力作。評価が気になる。
「……」
「……あ、すみません。何か言ってませんでしたか?」
「いや、なんでもないよ」
たいした話ではない。俺にとっては、どちらも過去の作品だ。
「俺、そろそろ部屋に戻るよ。
「はい。すみません」
「じゃあな」
俺は扉を開けると、その三つ隣の自分の部屋へと戻ることにする。
扉の新聞受け――新聞はとってないので、ほぼ郵便しか入って来ない箇所ではあるが、そこに郵便物が溜まっていた。
ほとんどはパンフレットとかいらないゴミであったが、そんな中に無記名の封筒が入っている。
これも広告か何かが入っているのかと開けてみると中身は便せんだった。
印字された文字でこう書かれてある。
『岩神一叶を信用するな』
一瞬、背筋に寒気が走る。
だが、投函主は予想が付く。この前来た、
「くだらねーな」
と、丸めてゴミ箱へと投げつける。
◇次回「そりゃプリンに釣られてです」にご期待ください!
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