こうしてわたしに友達ができた
girlside
「そこまで悪い点数じゃないと思うけど」
相浦の家で、この前実施されたテスト結果を見せてもらったわたしは、予想外に良い点数に困惑した。
多分、合計点はクラスでも上半分には入るんじゃないだろうか。
「わたしは大学、特待生枠狙ってるから」
「それは……」
どこの大学かはわからないが正直厳しいだろうとそう思ってしまった。彼女の成績は、悪くもなければ良くもないというのが正直なところだろう。とは言い難かった。
「言われなくてもわかってるよ。だから頼んでんだし」
言葉を選ぼうと言いあぐねているわたしを見て、なんとなくなにを考えているか伝わってしまったらしい。しかし彼女は気にする様子もなく、あっけからんにそう答えた。
しかし、特待生枠か……。
「家計が厳しかったりするの?」
つまり貧乏なの?という疑問をいくらかマイルドにして伝えたわけだが、そのことについて相浦が怒る様子はない。ただ厳しい視線で自分のテスト結果を眺めている。
「別に大学のお金は、出してくれると思うよ」
「じゃあ浮いたお金でお小遣いアップを狙ってるとか?」
「誰がそんなコスいこと考えるかよ!」
これには怒るらしい。よくわからない沸点だ。
「お金は出してくれると思うけど、ただ、わたしが勝手にそれを嫌って思ってるだけ」
ムスッと口を尖らせたまま彼女は答える。
家庭の事情というやつなのだろう。そこに深く切り込んでいいものかと頭を悩ませた自分に、わたしは驚いた。深く切り込むリスクなんて、以前なら取ろうとすらしなかっただろう。
「今、一日どれくらい勉強してる?」
わたしは結局、尻込みしてそれ以上家庭の事情について突っ込まなかった。
「4時間くらい。本当はもっとしなきゃって思ってるけど、バイトとかもあるとどうにも時間がさ……」
四時間は十分に思える。しかし、まるで罪を告白するかのごとく後ろめたそうにしている様子から、彼女にとっては足りない自覚があるらしい。
「ならバイト減らしなよ……」
「あー。うち、両親が事故で死んじゃってさ。それからは、兄ちゃんが家計を支えてくれてるんだ。だからさ、少しでも……負担、減らしたいんだよ」
ああ、それでお金を出してもらうのが嫌と言っていたのか。わたしが聞こうか聞くまいか迷っていた事情を、彼女はあっさりと語った。
「よく、そういうこと話せるね。わたし、はっきり言って全然仲良くないのに」
「そりゃ普通は絶対言えないけどさ、おまえは話してくれただろ。普通は言えないような、自分の秘密。おまえが自分の弱みを見せてくれたから、わたしも見せられるんだよ。なんていうか、秘密ってさ、やっぱり誰かと共有すると、気は楽になるんだよ。だからさ、話せる相手ができて正直嬉しかった」
彼女の言葉に、なんだか鼻がむず痒くなった。
わたしが彼女に秘密を打ち明けてしまったのは何故だろうか。別に話したことを後悔しているわけじゃない。むしろ、気持ちは晴れやかだ。ただ、自分で自分の行動が疑問に思ったのだ。彼女の言う通り、気が楽になりたかったから?どうにもしっくりこない。
ああ、そうか。わたしは友達が欲しかったのもしれない。彼女と秘密を共有することで、その関係を特別なものにしたかったのかもしれない。
なんだ。わたしは相浦と友達になりたかったのか。自分のことながら、今更気づいた。
「とにかく、バイトは減らさないし、特待生も狙う」
「現実、そんなに甘くないよ。二兎を追うものは一兎も得られないって、意外と真理だから」
そうなんだ。すごい、きっとできるよ。がんばって。
もしこれを言ってきたのがクラスメイトだったなら、わたしはそんな言葉をかけてあげただろう。もめたくないし、適当に気持ちよくさせてやればいいやって。けれど、わたしの口から出たのは本心だった。彼女には嘘をつきたくなかった。
「それでもわたしは二兎を追って、二兎仕留めるよ」
言い争いになるかもしれないと思っていた私に彼女が向けたのは、いつもの仏頂面が嘘のような笑顔だった。
自分の目標が簡単じゃないことなんて、私に言われなくても彼女が一番わかっているんだろう。知ったような口を利いてしまった自分が恥ずかしくてたまらなくなった。
「この間も兄ちゃんがさ、ボーナス入ったからなにか欲しい物ないかって聴いてきてさ。あいつ、自分のために全然お金使わないんだよ。だから焼き肉に連れてけって言って、たらふく肉食わせたけどさ」
相浦は自分へのご褒美を口実に兄に贅沢をさせているらしい。なんともまあ健気というかなんというか。将来は良いお嫁さんになりそうだ。
「だから、彼方。わたしが特待生枠狙えるように、勉強教えてくれ。いや、教えてください」
「この通り」と、頭を下げた相浦の額が、ローテーブルにコツンと当たる。
……その姿を見て、わたしが約二年ちょっと彼女に抱いていたイメージはまったくの見当外れだったことを思い知らされた。彼女は全然孤高じゃなかった。人のことを思いやれる優しい人間だった。
「うん、いいよ」
一片の迷いもなくそう答えた。でもそれは別に嫌われないためではなくて、わたしがそうしたいって思ったからだ。そう思えることがたまらなく嬉しかった。
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