第23話
魔王城の中、魔王はずっと生気を失った顔をしていた。
「魔王様、侵入者です」
「ああ‥」
重い腰は上がってくれない。メーベルを失った日から、魔王の時間は止まっていた。
ーーー人間なんてすぐ死ぬ哀れな生き物。なのに時折勇者という特殊な力を持った者が生まれる。面倒だったがわざわざ出向くことの方が面倒だった。だから、人間側の方が勇者の母の首を持ってきた時にはラッキー、と思った。ついでにグレイディ家の方も全滅させるなら協定を組んでやると言った。ただしグレイディ家の娘は連れてこい、と魔王らしい条件を出した。魔族にまで名が轟く程の美人がどんなものか見たかったのだ。
見てすぐに殺してしまおうと思っていた。だが一目見た途端に心が奪われた。メーベルからすれば俺は悪でしかない。勇者一族の娘だから尚のこと。だが俺はメーベルを求めずにはいられなかった。すぐさま求婚するもメーベルは速攻で己自身を凍らせた。
約50年間。俺はずっと氷の前に張り付いていた。炎でも溶けない氷の前に。
その間、人間と魔族は手を取って生活していたらしいが、俺は人間と共存する社会なんて心底どうでもよかった。本当ならば協定を結んだその時に笑いながら人間を殺してやろうと思っていたのだ。だが、メーベルに釘付けになったせいでそれはできなかった。
毎日毎日氷の中のメーベルに触れたいと願い続けた。いつしか50年が経ち、メーベルの魔力は尽きた。
氷から出てきたメーベルは弱っていて俺を突き放す力も残っていなかった。50年前と変わらない美しい姿。俺はメーベルを一方的に愛した。メーベルはきっと、死ぬまでずっと俺を憎んでいただろう。
だけど一度だけ、小さく笑ってくれたことがある。
抱かせてくれと懇願したあの日だ。
やがて宿った小さな命に、弱り切った己の生命力を全て持っていかれたようだった。そんな弱った体で、メーベルは腹の中の赤子を全力で守ろうとした。
きっと子供が生まれた時、メーベルは死ぬのだろう。
直感的にそう思った。だけど、反対もできなかった。恐らく子どもが流れても、その時メーベルは死ぬ。もう命の蝋燭は、わずかしか残っていない。
まともに話しかけてくれたことがなかったくせに、最後の最後に彼女は言った。
「この子を殺さないでください」
と。そう言って彼女の蝋燭は消えた。
俺は俺たちの子どもの顔を見れなかった。
苦しくて苦しくて苦しくて、死にそうだったからだ。
ずっと放置していたけど、一度偶然見かけてしまった。
メーベルに似て美しかった。だけど側にいれば苦しくなるだけだった。
メーベルの約束通り殺しはしない。だが遠くへ行ってくれ、と突き放した。
ぼーっとメーベルのことを考えていると知らないうちに数年経ってしまう。
下界を覗いて、ああそういえば協定を結んでいたんだったと思い出す。
だがもうそんなもの必要ない。最初から必要ないのだ。メーベルに心を奪われて、人間を殺すのを忘れていただけ。
だから魔族たちに命令する。協定などもうよい、と。
それからまた暫く時間が経ったと思うが、やはりメーベルのことを考えているといつのまにか季節が変わっている。
ーーーバァン!!
あ、そういえば臣下が「侵入者です」と言っていたな。
そう思って扉に目をやる。
ああ、帰ってきたのか。
メーベルにそっくりなその子を見て、すとん、と何かが心に落ちたようにそう思った。
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