第7話
その日の夕方、私はマリアナにノアの世話をお願いして父と話をしにきた。日中は一緒に敷地内の原っぱを駆けたり、絵本を読んでやったりとなかなかに子どもらしく過ごした。おかげでノアも随分懐いてくれた気がする。
「話はなに?ノアのことかな?」
「‥そうです。いつもの取引先というのは‥」
昨日の夕食の際に上がった話題だ。
「‥仕入れ先のことさ。奴隷たちは私が見つけて拾ってくるわけじゃなく、その取引先から買い取ってるんだよ」
「その取引先にノアが‥?」
そんなうまい話があるのだろうか。
喉から手が出る程欲していた勇者の子孫が、こんな近くにいただなんて。
「あぁ。数日前に見つけたと言っていた。なんでも、ノアがふらふらになりながら夜中に歩いていたんだと」
「え、家族は‥?」
一応、父がいると話していたけど‥
「捨てられたと言っていたそうだ」
「‥‥そう、ですか‥」
幼いノアにはなんて酷な話なんだろう。
貧しくて捨てられたというより‥育児放棄という形で捨てられたのかもしれない。
グレイディ家の血を辿ることは大切なことだけど‥‥今はノアの気持ちに寄り添ってあげたい。ノアには辛い過去は忘れて幸せを感じてもらえるようにしなくては。
*
「いいか?ノア。
お前は従順っていう設定なんだ。人前で私に歯向かったり抵抗すればお前は存在意義を問われることになるからな」
「え、なに。どういうこと?」
部屋に戻るなりそう言い放った私に、ノアがめんどくさそうな表情を浮かべている。
「お前がこの家で可愛がられて生きていくためには、私の言うことを聞くこと!分かったか?」
「またそれぇ?昨日も言ってたじゃん」
「昨日は、お前は私の奴隷だとしか言ってないだろ」
「同じようなものでしょ。だってドレイって下僕みたいなものでしょ?それよりもひどい??あれ?でもお菓子もご飯も一緒に食べてるし、ドレイってすごいの?」
下僕の立ち位置を理解してるのは何故なんだ?
もしや前の家庭に下僕がいたのか?それとも一般常識として普通なのか?
「‥‥本来奴隷は今こうして同じ空間にいないし、首輪を嵌めて地面を這っていてもおかしくない」
「え‥俺もそうしなきゃだめなの?」
「いや、しなくていい。お前は特別だからな」
「特別なのにドレイなの?」
「‥‥奴隷っていうのはお前を手に入れる為の口実でしかない。
私はお前を大切に大切に育てたい。お前は奴隷扱いされるような人間じゃないんだから」
「‥‥どっち?」
「う‥。‥‥みんなには内緒なんだ。お前が特別で凄い奴だってことは、私とノアの2人だけの秘密だ。分かったか?」
ノアはまだよく分からないと言った様子で首を傾げていたが、致し方あるまい。あとは少しずつ丁寧に伝えていくしかないな。
ノアが私に慣れてきてくれた為、この日から私はノアに様々なことを教え始めた。一般的な教養から、この国の歴史、そして魔法や剣術まで。教えに教え抜いて早2年の月日が経った。ノアは8歳。私は12歳になっていた。
「おい!アベル!!」
ベッドから起き上がるなり、ノアが大声をあげる。
「なんだよ朝から‥」
少し大きくなったノアは、常に一緒にいる私に似てしまったのか多少高圧的だ。
「なんだよ!この傷は‥‥!!誰にやられた?!」
相変わらず天使のような麗しい容姿だけど、うちに来た時よりも顔立ちがはっきりした気がするな。ここまでの美形に凄まれると多少たじろいでしまうものだ。
ノアは私の細かな異変にも即座に気付き、父と母もその有能さに日々感嘆の声を漏らしていた。
ただ‥‥育て方を誤ったのかもしれない。
手鏡でその傷を確認し、溜息を吐く。
「‥‥‥ノア。これは恐らく寝てる途中に自分の爪で引っ掻いたものだ」
「っ‥‥。そんな‥赤子の爪でもあるまいし!!何やってるんだよ!」
どうしてこうなったのだろう。
「‥何故そこまで怒るんだ。1センチにも満たないこんな傷なんてどうでもいいだろ。というかこんなもの言われなければ気付かぬ」
頬骨あたりにほんの少しの赤い線。こんなものにどうしてここまで大騒ぎしているのか‥
「マリアナさん!!すぐに爪切って!アデルの爪!!」
「ノア!やめろ!爪は切ったばかりだ!」
マリアナが私とノアの顔を交互に見ながら、非常に狼狽えている。
私は自身の両手をノアに「ほれ!」と突きつけた。
「‥‥‥」
短く施されている爪を見て、ノアがやっと口を閉じる。
「いくら便宜上護衛として育ててるとはいえ‥お前は過保護すぎだ。こんな傷では死なん」
「‥‥アデルは何でも知ってる癖に弱いじゃないか。そんな傷でも死にそうだ」
「‥‥‥言っておくが。弱くはない。お前が強すぎるのだ」
私は前世の記憶と経験のおかげもあり、そんじょそこらの奴らには負けない自信がある。確かに剣術はアデルの体では習っていないが、前世では酷く扱かれた。その経験を生かし、ノアと2人きりの時にはよくノアに指導をしていたのだ。
だが‥ノアのポテンシャルは異常に凄い。要領もよくすぐに飲み込んでしまう。正直、全盛期のオズバーン家の者たちよりも遥かに強くなる素質がある。
「俺は別に強くないよ。まだアデルより背も低いし」
「子どもなんだから、背はこれから勝手に伸びるだろ」
「自分も子どもの癖に子ども扱いするな!」
「私はお前より遥かに大人だ」
「くっ‥!爪で顔に引っ掻き傷付けてるような赤子に言われたくないね!
もっと気をつけて寝なよ!弱いんだから!」
「‥‥‥はぁ」
高圧的で生意気なのに、心配性の過保護。
勇者になる者として真っ直ぐに育てあげたかったのだが‥何か間違えてしまったのだろうか。
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