猫被りが出来てない猫宮さん

海夏世もみじ(カエデウマ)

第1話 [猫被りしている美少女]

 “猫被り”という言葉を知っているだろうか。

 それは自分の本性を隠し、特殊に装う様……と、ネットに書いて合ったのをほぼそのまま引用した。


 なぜ今引用したのかだって?

 それは隣の席の子がそれをしているからだ。


 隣の子の名は——“猫宮ねこみや鈴香すずか”。

 肩の下あたりまで伸びる夜空のように美しい黒髪に、宝石のように煌めく琥珀色の瞳、そして可愛らしい顔。

 パーカーと制服をおしゃれに着こなし、首にかけているヘッドフォンがまたいい味を出している。胸は……まあ触れないでおこう。


 彼女はこの高校の“三大美少女”のうちの一人である。

 彼女は無口でずっと無表情。だが一度口を開けば辛辣な言葉が返ってきたり、塩対応だったりする。

 そして放課中はいつも読書をしており、周りに「私に話しかけるな」という雰囲気を放っている。

 それで付いたあだ名は“猫女王”。


 そんな猫女王が猫被りをしているのではないかと思ったのは彼女と初めて会った日にした自己紹介の時からだ。

 汗や瞬き、些細な言動がどこか不自然で、自分を押し殺しているように見えた。

 そこまで彼女に熱い視線を送っているわけではない。俺はとんでもなく目がいいから自然とわかってしまうのだ。


 現在高校一年生で、中間テストを終えた俺たちは席替えをし、俺は猫宮さんの隣の席となったのだ。

 彼女をチラッと横目で見ると、小説を両手で持ち、ぼーっと見つめているのだが……やはり猫被りをしていると確信した。


 俺はふぅと息を吐き、手にもっているスマホで読んでいる小説に目を戻した。

 そして偶然か、それとも必然なのかわからないが、小説の中に“猫被り”という言葉が出てきていた。


 そして俺はついつい、言葉に出してしまった。


「——猫被り、ねぇ……」

「っ!?」


 俺がぼそりと呟くと同時に、隣の席からガタッという音が聞こえてきた。


 しまった……声に出してしまった。


 俺は頬杖をつきながら片手でスマホを持って小説を読んでいたのだが、突然俺の腕にガシッと何かに掴まれる感触がした。


「来て!」

「は? え!?」


 思わず横を向くと、血相を変えた猫宮さんの姿があり、そのまま俺の腕を引っ張ってどこかへ走り出した。


 引っ張られている間、俺たちは豪雨のような大量の視線を浴びていた。


(流石は三大美少女の一人、注目度が桁違いだ。そんでもって猫女王様がこんなにも大胆なことをしたらそりゃ注目浴びるよな……)


 俺は連行されている間ぼーっとそんなことを考えていた。


 連行先はこの高校の屋上だった。

 この高校の屋上は開放されており、入学当初は弁当を食べるいいスポットだとみんなが言っていたが、風やら雨やらでやっぱり教室が一番という結果になっていた。


 ——閑話休題。


 猫宮さんは既に俺の腕を放しており、俺と彼女は今睨み合っている状態であった。

 と、言っても俺は睨んでないけどね。彼女がまるでブチギレだ猫みたいな顔でこっち見ている。


「あなた、名前は」

「……俺の名前を知らないのか」

「知らない」


 まあそうだよな。地毛の茶髪に、ところどころ白くなっていてメッシュのようになっていること以外これと言った特徴がない気がする。

 髪が白くなっているのは決してかっこいいと思って脱色しているわけではない。深い理由があるのだが、ここでは割愛する。


 あとは、俺は本当に信頼している人しか友達にしていないから存在が薄いのだろう。

 同じクラスメイトのバカップル二人と、昔からの親友しかこの学校に友達がいない。


 だから別に猫宮さんが俺のことを知らなくてもなんの罪はない。

 勝手に“三大美少女”と祀られ、周囲からは視線を浴びる日々。

 俺みたいな有象無象に構うほど余裕はないのだろう。


 ま、ここで俺の名を覚えてもらえれば有象無象から逸脱した存在になるな。

 全く嬉しくないけど。


「俺の名前は——“空音そらね鷹斗たかと”。別に覚えなくてもいいからな」

「そう……。それで、どうしてわかったの」


 猫宮さんは睨んだまま、俺にそう問いかけて来た。


 もしかしたらさっきの俺の言葉が全く関係のない独り言だとは思わないのだろうか。

 いや、まあ保険だろうな。実際俺はちゃんと猫被りをしているということに気がついていたし。

 全部きちんと説明してやるか……。


「確信したのは小説の読み方だ」

「読み方……?」

「ああ。普通、小説を読むときは字を目で追って読むけど、猫宮さんはただ一点を見つめてぼーっとしていたからな」

「……よく見てるのね……」


 猫宮さんは俺のことをジト目で見てきた。


 彼女はジト目が似合う女子だな。でもそんなの言われても嬉しくなさそうだ。


「そんなじっくりは見ていない。目がいいからすぐにわかっただけだ」

「でも、それだけじゃないんでしょ」

「……まぁな。他の理由は単に息苦しそうだったからな」


 俺がそう言うと猫宮さんは眉をひそめ、俺に向けられる視線がさらに鋭くなる。


「そんな理由で? 小説の読み方はいいとしても、私は何年も猫被りをしてる。そんな理由でわかるわけ——」

「わかる。わかるんだよ」

「な、なんで……?」

「俺も、猫被りをしてた時期があったからな」

「え……」


 俺は猫宮さんから視線を横へずらし、浮かぶ雲へと視線を向けて話し始めた。


「ま……その理由は話したくないから話さないけどな。猫被りする理由は大体わかるよ。だから、猫宮さんが猫被りしているってことは絶対に話さないと誓おう」

「あ、ありがとう」


 視線を戻すと、ほんの少しだけ微笑んでいる猫宮さんの姿があった。


(……俺と同じだな。一人で抱え込んで、一人で全部解決しようとして、“助けてほしい”っていう自分の思いすら偽って、それでいつか息ができないくらいに苦しくなって……)


 鷹斗は昔の自分と猫宮さんを照らし合わせていた。

 そして彼は猫宮さんに歩み寄って頭を撫でていた。


「えっ……あの……」

「猫被りを続けてたら息苦しくなるだろ? そうなったら頼れる友達とかに相談しろよ。できなかったら俺が相談に乗っていつでも助けてやるから」

「ぅ……ん……」


 数秒の沈黙。

 そして俺は事の重大さに気がついた。


 学校の三大美少女である猫女王様からの直々のご指名、秘密の掌握、そして頭を撫でるという……。

 あれ……俺、全校生徒から殺されるんじゃね……?


「す、すまん!! 無意識のうちに……」


 俺は慌てて猫宮さんの頭から手を離した。

 だが猫宮さんはなぜか顔をほんのりと薔薇色に染まっていた。

 そして自分の前髪を摘んでいじっていた。


「い、いや……大丈夫……」

「土下座をご所望か? 悪いが俺は土下座が大得意なんだ。見てろよ?」

「大丈夫だから!」


 俺が土下座をしようとしたら猫宮さんが止めてきた。

 そしてキーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴った。朝のHRがもうすぐ始まるという合図だ。


「と、とりあえず戻ろ?」

「ああ……わかった」


 まあ秘密を知ったからといって別に今後の生活は変わらないだろう。

 上手いこと息抜きもできるだろうし、猫宮さんとの接点はこれっきりだろう。


 俺はそんなことを思いながら教室へと戻った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


この物語の登場人物は皆動物系キャラです。

・空音鷹斗-鷹系男子

・猫宮鈴香-猫系女子


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