第二十話 兄妹喧嘩
リオはそっと周囲を見回す。
広く何もない空間だ。足元にあった地面すら消失し、材質も分からない黒い床がある。
周りにいたはずのカリル達の姿も見つからない。これほど広い空間ならば巻き込まれていないとおかしいはずだが、気配すら存在しない。
気配といえば、とリオはシラハを見る。
リオを見て嬉しそうに笑うシラハは昏い濃密な邪気を纏っている。
「……邪霊化してる、よな?」
「……分からない。でも、リオと一緒にいられて嬉しい」
シラハはとぼけているが、明らかに邪霊化による衝動の発露だ。
散り際のカジハの言葉を思い出す。
『――悪手だよ!』
防御魔法の中でカジハが絶命し、まき散らされた邪気はリオが持っていた剣を邪剣にするだけでなく、シラハを邪霊化した。
シラハを邪霊化させないように混合魔法を求めて戦ったリオの目的を、カジハは己の死で妨害したのだ。
カジハが言う通り、最高の最期だっただろう。
死んだ後まで迷惑千万な奴だと呆れてしまう。腹立たしいが、さぞ満足な死に方だったはずだ。
「――なんで、私以外のことを考えてるの?」
シラハが無感情な声でリオに問いかける。
「ここで二人きりなのに、外のこと考えちゃだめだよ。ここは安全で、リオも無茶しなくていいよ」
前々からおかしな言動の目立つ義妹だったが、こんな衝動を隠し持っていたのかとリオは警戒する。
「俺と一緒にいたい衝動、って感じでもないね。閉じ込めたいの?」
この空間は邪霊化したシラハが固有魔法で作ったのだと考えればつじつまが合う。
ただ閉じ込めたいだけなら、自分だけでなくカリル達も巻き込まれている。つまり、対象が限定された衝動なのだろう。
ガルドラットがリヘーランを守る衝動を持っていたように、シラハはリオを対象とした衝動だと解釈できる。
分析しながら、リオは愛用の剣改め邪剣カジハを手放さないよう、強く握りしめた。カジハが奪った神剣オボフスが近くに転がっていたはずだが、見つからないのだ。
「オボフスが見当たらないんだけど、どういうこと?」
「あれは外。リオが出ちゃうから」
「ふーん。出してよ」
「ダメ!」
衝動に反する要求だったからか、シラハが強く拒否する。両腕を交差させて大きくバツを作り、絶対に出さないと意思表示していた。
予想通りの反応に、リオはため息をつく。
チュラスのように我慢することもできるはずだが、実際にリオを閉じ込めるという行動にまで至っている以上、対話の余地はない。
リオは邪剣カジハの柄を握る。
おそらく、混合の固有魔法が宿った邪剣だ。神玉はシラハが持っているはずだが、神剣オボフスと同じように外に放りだされている可能性もある。
そもそも、邪霊化した状態で神玉と混合しても神霊化できるのか疑問が残る。
チュラスやオッガンに相談したいところだが、シラハはリオを外に出してくれないだろう。
「相談なんだけど、俺をここから出す条件ってある?」
「ダメ。リオはずっとずーっとここで一緒にいるの」
話にならない。
リオが外に出たがっていることはシラハも分かっているのだろう。段々と言葉に棘が含まれてきた。
同時に、シラハはリオが持っている邪剣カジハをちらちらと見ている。魔法斬りでこの空間を斬り裂かれるかもしれないと警戒しているのだろう。
リオは冷静に状況を分析し、邪剣カジハを鞘に納め、鞘ごと引き抜いた。
シラハの勝利条件はもはや明確だ。
リオをこの空間に隔離、監禁することを目標としている。勝利条件は魔法斬りの手段である邪剣カジハの奪取。
対して、リオの勝利条件はこの空間からの脱出。この広大な空間に存在するだろう魔法の核を破壊することだ。
壊してもまた閉じ込められるだろうが、コンラッツの例を見ても衝動のもと行動した後はしばらく自由意思で行動できる。
その猶予中に対応策を協議できればそれでいい。
「覚えてるか? 俺が村でユード達と殴り合いした時のこと。戦えないシラハを狙うあいつらの姑息さが気に入らなくてぶん殴った。別にシラハを守るためじゃなかった。俺があいつらにむかついたから殴ったんだ」
今する話なのか疑問に思ったのか、シラハが首をかしげる。
構わずにリオは続けた。
「それにシラハが泣いて――剣を覚えるって言ったんだよ。独りよがりな俺と違って、シラハは最初から誰かのために剣を取った。それがねじ曲がって、こうなったんだろ。だから、今は俺が剣を取るよ。シラハのために」
リオは愛用の剣、邪剣カジハを構える。
「来いよ。俺はシラハに守ってもらわなきゃならないほど弱くないぞ。初の兄妹喧嘩だからな。絶対に勝つ!」
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