第十一話 魔流の危険性

 空き地にガルドラットが進み出てきた。


「リオ、手合わせを」


 木剣を拾い上げたトリグがリオを振り返る。


「ちょっとタンマ。さっきの何? ただの陽炎じゃなかったよねぇ? おじさん知らないんだけども」

「陽炎の発展系で魔流って技です。放出した魔力に意思を乗せて、流れを作って、その流れを追い風みたいに受けて加速します」

「……怖ぁ」


 話を聞くだけで危険性に気付いたトリグが頬を引きつらせる。


 限界まで身体能力を引き上げた状態から、さらに魔力の流れで加速する。つまり、一時的に肉体の限界を突破することになる。

 身体への負荷は大きく、乱用すれば筋断裂などを引き起こしかねない。

 身体への負荷を軽減するシローズ流の動きを参考に剣を振っているが、流石のリオも長時間の使用はしたくない技だ。


 ガルドラットに向き直る。

 なにを言われるかは想像がついていた。


「討伐戦までシローズ流を叩きこむ。あの無茶な技を安定して使用できるまで引き上げる」


 ガルドラットの声が少し怒りを含んでいた。

 相手が邪神でさえなければ使用を禁じられてもおかしくない技だ。リオは神剣オボフスを腰だめに構え、右足を引いた。


「よろしくお願いします」

「その構えから直す」


 いきなりか、と思いながらも、リオは素直にガルドラットの指示を受けて構えを直し始める。

 魔法斬りのお披露目は終わりと見て、ラスモアが見学者の中から希望者を募って魔法斬りについての説明を始める。オッガンが呼ばれて魔法使いたち相手に魔流のかいつまんだ話もし始めた。

 見学者の列をすり抜けて、シラハとチュラスがやってくる。


「リオ、イェバスさんが来てる」

「イェバスさんが? 討伐戦に参加するとは聞いてないけど」


 面識のないガルドラットにイェバスの説明をする。


「ミロト流の師範代……。ちょうどいい。魔流について意見を聞きたい」

「身体強化といえばミロト流だもんねぇ」


 トリグがガルドラットの言葉に頷いて、シラハを見た。


「そういえば、もう一人魔法斬りの使い手さんはどこに行ったのかな? おじさん、あの人も結構気に入ってるんだけども」

「そういえば、カリルを見てないね。どこに行ったんだろ」

「イェバスさん、会いたがってた」

「そういえば、ミロト流の道場破りをしてたっけ。お礼参りかな?」

「あの人、そんな面白そうなことしてたの? おじさんも道場破りしてみたいなぁ」


 興味を示したトリグをガルドラットが何とも言えない顔で見る。


「――いつでも歓迎しますよ」


 道場の代表としては不味い発言をしながらやってきたイェバスがトリグに手を差し出す。

 握手に応じたトリグと二言三言、会話をしたイェバスはガルドラットに向き直って頭を下げた。


「お初にお目にかかります。聖人ガルドラット様ですね?」

「……様はよしてほしい」

「そうは言いますが……」


 神霊スファンのお膝元に住んでいるだけあってイェバスは神霊や神獣、聖人に敬意を払わずにはいられないようだ。

 困った顔をするイェバスに、口下手なガルドラットもまた困り顔をして揃ってリオを見た。


「そんなことより、俺の修行を付けてください」

「そうだな」

「まぁ、それもそうだ」


 リオが話題を逸らすとガルドラットとイェバスはすぐさま流れに乗った。

 リオはシラハを振り返る。


「シラハも習う?」


 最近は魔法使いとしての活躍の方が多い気もするが、シラハもリオと同様に我流剣術を使う。魔法斬りや陽炎、魔流は体質的に使えないが、体捌きだけでも覚えておいて損はない。

 しかし、シラハは首を横に振った。


「魔流のこと、オッガンさんたちと話し合う」

「世界が変わるとか大げさだよね」


 のんびりというリオに、トリグ達が顔を見合わせる。

 事態の重要性を理解していないリオに、シラハが説明した。


「リオは魔流だけを言ってると思う。でも、問題の本質は魔力そのものが意思で動かせること。動きを指定しなくて済む分を威力に回せるし、詠唱や陣から動きを読まれなくなる」

「オッガンさんも同じことを言ってたけど、それだけで世界が変わるなんて大げさだよ」


 シラハたちの言い分も分かるが、致命的な欠点を抱えていることもリオは見抜いていた。


「意思が乗るのは変換前の純正の魔力だけ。魔法を使うために変換してしまったらもう意思が乗らないってシラハは知ってるでしょ」

「知ってる。でも、変換がいらない利用方法があるのに気付いてる?」


 シラハに真剣な目で見つめられて、リオは素振りの手を止める。

 魔法を使うには変換させるのが大前提にある。

 正エンロー流の騎士が使っていた手のひらに砂を生み出す魔法など、変換させない魔法もあるにはあるが、数が少ない。

 考えても答えが分からず、リオは素直にシラハに聞き返す。


「なに?」


 シラハはちらりとガルドラットを見た後、リオに向き直った。


「――神気や邪気を浴びせる」


 神気も邪気も、生物が自然に放出する余剰魔力に何らかの意思が乗ったものだ。

 意識的に意思を魔力に乗せ、さらには動かすことできるのならば、神気や邪気を作り出して対象にぶつけることも理論上はできる。

 意図的に神気や邪気を作り出せるかどうかはまだ分からない。

 だが、もしも作り出せる者がいるのなら――


「神獣や邪獣を作れる……?」


 答えに至って、リオはようやく「世界が変わる」という言葉の意味を真に理解した。

 悪用すれば、リィニン・ディアなど比にならない被害をもたらすのだ。


「対策を考えないと広められない。だから、オッガンさんたちと話し合う」

「そこまで考えてなかった。ごめん」

「リオが剣術しか考えないのはいつものこと。だから私が必要」

「今回ばかりは反論できないけどさ……」


 すでに大勢に見せてしまっている以上、早急に対応策を考えないとならない。

 それに、とリオはオッガンの方へ歩いていくシラハの背中を見送る。


「……神玉なしに神霊化の手伝いができるのか」

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