第十五話 一対一
油断したつもりはなかった。
咄嗟に構えた神剣オボフスの頑丈な鞘がなければ再起不能のダメージだっただろう。
ミュゼが繰り出したのは、打点の位置や重心移動まで適切な殺すための蹴りだった。
ミュゼは冷ややかな目でリオを睨む。
「君の我流剣術を評価しているんだよ。だがね、リオ君。決定的に身体能力が異なる以上、技術で埋め合わせるにも限度がある。まして、斬らなければならないこの場面で剣を鞘に入れたまま戦うのかい?」
自身も鞘に剣を納めたまま、ミュゼは見透かしたようにリオに言葉をかける。
「こちらの剣を透過してカウンターを狙うつもりかい? 一撃必殺は君の我流剣術の根幹にないだろう? 手数で押すのが流儀のはずだ。君は武器に使われているんだよ」
リオはミュゼの言葉を無視して、鞘に入ったままの神剣オボフスを腰だめに構える。
リオの動きを見て、ミュゼは納得したような顔をした。
「これだけ言っても鞘から抜かないということは、透過能力の制限でもあるのかな」
見透かされている。いずればれることだからと気にせず、リオはゆっくりとミュゼの左側へ回り込むように円を描いて動き始める。
リオがオボフスを鞘に入れていることに理由があるように、ミュゼが剣を鞘に入れたままなのにも理由がある。
以前、ミュゼはサンアンクマユのギルドでリオ達を前に座技の居合の型を見せている。異伝エンロー流独特の居合技だが、鞘に仕掛けをして通常より短い刀身の剣で行う技だ。
ミュゼが剣を鞘に納めたまま構えているのは、剣の間合いを図らせないようにするためだ。もっとも、そう見せかけて実際には普通の剣を使っている可能性もあるのだが。
いずれにしても、ミュゼが構えている右側ではなく、左側へと回り込んで仕掛けた方が優位に立てる。
リオの目論見などお見通しだろうに、ミュゼは動かなかった。異伝エンロー流の開祖がこの構えの弱点を見逃すはずはなく、何らかの対応策や技が用意されているようだ。
それでも、リオは勝機を見出してミュゼへ駆け出した。
腰だめに構えた神剣オボフスは自分の体が作る死角を利用してミュゼから隠し、一気に距離を詰める。
ミュゼが左足を引いて向き直る。その動きに合わせて、リオは斜め前に足を運び、なおもミュゼの左側へと回り込みにかかる。
螺旋を描いて距離を詰め、リオはミュゼを間合いに捉えた。
ハーフソードで握っているためリオよりも間合いが狭いミュゼも、即座にリオへと踏み込んでくる。
ほぼ同時に間合いに互いを入れた以上、強化によって引き上げた身体能力に加えて、小回りの利くハーフソードで握っているミュゼの方がはるかに攻撃が速い。
ミュゼは剣を納めた鞘の先端を突き出すようにリオの胸を狙う。
読んでいたリオは左足を引いてミュゼの突きを躱す。予測していたにもかかわらずリオの服をかすめた。
さらに、リオが攻撃に移るよりも早く、ミュゼは片足を引きざまハーフソードの利点を生かして手首を返し、剣の柄でリオの頭を殴りにかかる。
速く鋭く、リオに避けることを強制させて姿勢を崩しに行く狙いだろう。わざわざ斬らなくても、身体能力の圧倒的な差があれば殴り殺すことも十分に可能なのだから。
ハーフソードの間合いならば自然と距離も近く、姿を隠したままのシラハから魔法の援護が飛んでくる可能性も低くなる。
そんなミュゼの目論見を吹き飛ばせる切り札を、リオは繰り出した。
殴り掛かってくる剣の柄を躱すためにしゃがんだリオを見下ろし、ミュゼが蹴りを放とうと左足の踵を上げた瞬間、リオは剣を振り上げる。
「――っ!?」
剣の挙動が見えずとも、リオの動きから逆袈裟に剣を振り上げていることを悟ったらしいミュゼが反射的に蹴りを中断し、後方に飛び退く。
退避するミュゼの靴の裏を神剣オボフスが――地面から斬り上げる。
地面を透過して不可視の一撃を繰り出したリオにミュゼの頬が引き攣った。
こんな手品で終わらせるはずがないと、リオを評価しているゆえに。
リオは極端に低い姿勢のまま振り上げた神剣オボフスを片手で肩に担ぎ、地面を蹴る。
空いた手で地面を撫で、土を掴んだリオはミュゼに投擲した。
出来るだけ細かい粒子になるように、ロシズ子爵家の騎士たちに教わった投げ方だ。
ミュゼが嫌そうな顔でさらに距離を取ろうとする。
逃げに回った異伝エンロー流は追いつかれない。喧嘩殺法の異伝エンロー流において、砂による目つぶしも想定内だ。しっかりと距離を取る技術があった。
だが、本来ならば退がりながら牽制に下段に構える剣も神剣オボフスが相手では意味をなさない。
下段からさらに下げて、鞘の先端で巻き上げる土による目つぶしも、神剣オボフスが相手では意味がない。
ミュゼは逃走用に距離を稼ぐ異伝エンロー流の歩法でとにかくリオから距離を取ろうとした。
高い身体能力もあり、そう簡単には追いつかれないはずの歩法。
だというのに、リオは瞬時に距離を詰めてくる。
速度重視の我流剣術の歩法に加え、物理攻撃を全て透過できるからこその全速力はミュゼの想像以上の速さだった。
リオが踏み切り、神剣オボフスの先端をミュゼの下腹部へ突き出す。もっとも避けにくい部位への強烈な突きは、透過能力によって防ぐことすらできない。
強引にリオの突きを避けようとしたミュゼが足を滑らせ、神剣オボフスの切っ先から逃れる。
神剣オボフスの先端を見据えるミュゼの必死な顔を見て、リオは――ゾッとした。
「くっ――」
突き出した神剣オボフスを引き戻しながら、リオは違和感の正体に気付いて全力で横に跳ぶ。
この光景を見たことがあった。
村の春祭り、ラクドイの決め技を誘うためにカリルが行った異伝エンロー流の技。
逃げようとするリオの前で、ミュゼは剣の鞘を地面に突き立てて支柱にする。両膝を曲げ剣の鞘で地面を押すようにして体を起こし、曲げていた両膝を一気に伸ばして地面を両足でとらえ、飛び掛かるようにリオとの距離を詰める。
ミュゼが剣の持ち方を変えている。鞘の半ばを持つハーフソードから、柄を両手で握る形に変え、全力の豪剣を振ろうとする――フェイク。
リオはミュゼの狙いを正確に見抜き、オボフスを盾にミュゼの蹴りを受け止めた。
鞘から蹴りの威力が伝い、両腕が上に弾かれそうになる。後方に飛び退きながら、リオは右の踵で地面を捉え、方向を転換して左に逃れる。
ミュゼが肘を突き出すような特殊な構えでリオに走りこんでくる。剣を担ぐような姿勢で刀身の長さを見せず、肘を顕著に突き出すことで攻撃を誘う構え方だ。
明らかにカウンターを狙う構えだというのに、ミュゼは躊躇なく突っ込んでくる。
「人体は透過できないと見たが、どうかな?」
リオが蹴りを透過せずに防御したのを見て気付いたらしい。
優位性が徐々に剥がされていく。
ミュゼの方が格上だと理解していたリオだったが、ここまで力量差があるとは思っていなかった。
神剣オボフスがあれば、拮抗せずともある程度は戦えるはずだと思っていた。
ミュゼとの距離が近付くほどに死の予感が心臓を締め付ける。
勝機を探して逃げに回るリオに、ミュゼが笑った。
「我流で頑張ったのは認めよう。だが、道具一つで覆るほど、歴史が積み上げた技術は脆くないんだよ。曲芸のような魔法斬りも剣士相手に意味はない」
そんなことはリオも分かっている。
分かっているからこそ、リオはミュゼの言葉を聞いて……笑った。
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