第十二話 妹の成長

 全力で森を駆け抜ける。

 行きに八日を有した道のりだ。いくら急いでも途中で休憩を取るしかないのだが……。


 リオはちらりと横を見る。

 木々はもちろん雑草すらも除去された旧街道が見える。邪神カジハの固有魔法で道が整えられているのだ。

 視界内の物を自由に成形する固有魔法で木々や雑草を再構築してある。もともとは石畳だった旧街道の所々が生木で補修されていた。

 リオ達は邪獣や邪霊との戦闘を回避するため、道なき森の中を走るしかない。しかし、カジハは自らが整えた道を歩いてくる。


 両者がサンアンクマユに到着する時間にどれほど差がつくか分からない。カジハが歩いてくるとも限らないのだから。

 無理をしてでも走るしかなかった。

 全員が同じ認識なのだろう。誰も無駄口を叩かず走ることに専念している。


 邪剣ナイトストーカーの効果は絶大だった。リオ達の気配に気付く動物や邪獣は多かったが、視認できないため戸惑い、警戒してくれる。

 先頭を行くチュラスはもちろん、リオやシラハも我流剣術の足運びや山育ち故の身軽さにより足音を立てないのも功を奏している。イオナも視線を誘導する神弓ニーベユの使い手だけあって気配を殺すことに長けていた。

 身体強化を活用しての強行軍を夜通し続けても、誰も止まろうとはしなかった。


 朝日が昇り、邪剣ナイトストーカーの効果が切れるや否や、イオナが神弓ニーベユの弦を弾く。

 並走しながら、イオナはリオ達に神弓ニーベユの弦を向けた。


「指先で弾いてください。視線を向けられないようにします」

「ありがとう」


 素直に礼を言って、リオ、シラハ、チュラスが弦を弾く。互いを視界に入れられなくなってしまうが、すべての生物がリオ達を見ることができないのは非常に大きなアドバンテージだ。

 シラハがリオを見ようとして顔をしかめる。


「監視できなくて不便」

「いま監視って言った?」

「無駄口を叩くでない。音は聞かれるのだ」


 チュラスに窘められて、リオは口を閉ざして前を見る。

 この調子でいけば途中で休憩を挟んでも三日とかからずサンアンクマユに到着する。

 昼過ぎまで走り続け、行きにも利用した廃村の民家に入る。


 上がった息を整えながら、リオは鞄から水筒を出してシラハに手渡した。

 無言で受け取ったシラハが水筒を両手で持ち、むせないように小刻みに傾ける。

 予備の水筒をチュラスに渡すリオに、イオナが声をかけた。


「カジハに仕掛けようとした私を止めてくれてありがとうございます。完全に頭に血が昇っていました」

「無理もないよ。仇敵なんだし。それに、向こうも挑発していたからね」


 頭を下げるイオナに気にするなと返して、リオは続ける。


「それに、カジハの性格や衝動も確定した。動き出した以上は止められないけど、今後刺激しないようにはできるかもしれない」


 立ち回りが難しいところではあるものの、ようは接触しなければカジハを刺激することはない。目的があるとカジハに悟られれば妨害してくるのだから、徹底的に避けてしまえば戦闘にもならない。


「まぁ、避けることが目的になったら向こうから接触してくるのが厄介だけど」


 リオはシラハに差し出された水筒を受け取って中身を飲み干す。


「そういえば、シラハはなんでナイトストーカーは満足していたなんて言ったんだ?」


 結果的には何も起きなかったが、カジハにとっては挑発とも取れる発言だった。

 それに、リオとしては嗤われたナイトストーカーをシラハが擁護するのは意外だったのだ。

 シラハは首をかしげる。


「満足していたのに無念だったと思われるのはきっと悔しいだろうから」

「ふーん。そっか」


 リオはニコニコしながらシラハの頭を撫でる。

 不思議そうな顔でされるがままのシラハはリオを見上げる。


「なんで撫でるの?」

「お兄ちゃんは妹の成長が嬉しいからだよ」


 村ではずっと後ろをついてきて、リオ以外に興味を示すこともなかったシラハが敵であるナイトストーカーの気持ちを汲み取ったうえで擁護した。

 それがなんとなく、リオは嬉しかった。


「まぁ、シラハが剣を習い始めたのも元を正せば俺のためだったし、きちんと優しい子に育ってるな。よかった、よかった」


 サンアンクマユという教育に悪い場所に連れてきたことが心のどこかで引っかかっていたリオは少し安心する。

 しかし、安心してばかりもいられない。


「サンアンクマユの戦力で邪神カジハに勝てると思う?」


 リオは事情に詳しそうなイオナとチュラスに質問する。

 抗争に加えて冒険者ギルドは指導者不在で統率力を失っている。衛兵隊やホーンドラファミリアとの協力がなければ組織として崩壊していた。

 現在のサンアンクマユの防衛力はガタガタというのがリオの見立てだ。

 そして、イオナとチュラスから見ても同じ意見らしい。


「難しいですね。こういった事態もありうるとは考えていましたが、真っ向勝負ができるとも思えません」

「であるな。避難させ、足止めを行うのが関の山だろう」


 チュラスが立ち上がり、耳をそばだてて周囲の敵の気配を探る。


「故に、我らは一刻も早く戻らねばならぬ。避難の時間を稼がねばな」

「そうだね。休憩は終わり」


 リオも立ち上がり、三人はチュラスに続いて再び町へと走り出した。

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