第十話  地下工房

 窯の床の鉄扉を開くと、下へと梯子が伸びている。木製のそれは大部分が朽ちており、足をかけたそばから崩れてしまいそうだった。


「リオ、縄」

「ありがと」


 シラハに渡された縄を下に垂らす。シラハが魔法で光の玉を作り出して穴の下に放り投げた。

 それほど深くはないらしく、肉眼でも十分に下の様子が見える。飛び降りても怪我をしないくらいだろう。

 それでも一応は縄を使って慎重に降りる。地面に足をつけた瞬間に落とし穴、という可能性もゼロではないのだから。


 窯の下に降り立ったリオは転がっている光の玉を拾い上げて周囲を照らしてみる。


「罠はないみたいだから、みんなも下りてきて」

「うむ」


 言った傍から縄も使わずに飛び降りたチュラスが音もなく着地する。流石は猫である。

 見上げると、イオナが少し残念そうな顔でチュラスを見下ろしていた。

 続いてシラハが飛び降り、僅かに音を立てて着地する。

 縄を伝って下りてくるイオナから視線を外し、リオは改めて周囲を見回した。


 なかなか広い空間だった。窯の隣の工房よりも広いくらいだ。

 広々と感じるのは、物がほとんど置かれていないからだろう。


「まぁ、計画的に逃げ出したんだから、もぬけの殻だよね」


 村の状態から予想していたが、落胆も隠しきれない。

 当てが外れたとはいえ、持ち出しきれなかったらしい道具類も転がっている。

 おそらくは数人で作業していたのだろう。丈夫そうな机が複数と彫刻刀がいくつか打ち捨てられていた。

 金槌で叩き割ったらしき型もある。


「組み立ててみようか」

「できるのか?」

「大体の想像がつくし、いけるよ」


 チュラスに見守られながら、リオは型をパズルのように組み上げて復元する。事情を知らないものが見てもただの球状の型にしか見えないだろうが、おそらくは魔玉の型だった。


「焼いた後がある。魔玉は焼成して作るんだね」


 破片についた焼け跡から推測していると、シラハが声をかけてきた。


「墓碑を見つけた」

「墓碑? こんなところに?」


 地上に墓場らしきものはなかったが、まさか魔玉を作る作業場らしきこの地下にあるとは思えない。

 何かの間違いだろうと思いつつシラハが指さす方を見る。


 壁面に窪んだ部分があり、そこに板状の石が安置されている。

 近づいてみると、数人の名前が彫られていた。


「本当に墓碑だ」

「信じてなかったの?」


 むっとした顔をして目で咎めてくるシラハをなだめるように、リオは両手で肩を押さえる。


「暗いから、何かを見間違えたんだと思ったよ」


 シラハをなだめている間にイオナが墓碑の名前を読み、首を振る。


「聞いたことのない名前ですね。響きからしてシュベート人のようですが」

「わざわざ墓を作るとはな。人情があるのやら、ないのやら」


 チュラスは不機嫌そうに石板に猫パンチする。

 ぱたりと倒れた石板の裏側にも何かが彫られていた。

 墓碑の裏には死者の略歴やどんな人物だったかなどが書かれるのが一般的だ。


 だが、チュラスが倒した石板の裏はびっしりと文字で埋め尽くされていた。

 いっそ気持ち悪いほどの文字の密度だったが、物怖じしないシラハがつま先で石板を蹴って向きを正し、文を読み上げた。


「カジハ討伐戦の戦死者、ここに眠る」

「邪神カジハを倒すつもりはあったのか」


 計画的に逃げたくらいだ。後始末を試みる気もなかったのだろうと思っていたが、白面たちは犠牲を出してまで討伐を試みたことになる。

 もっとも、自分たちで作り出しておいて結局は放置したのなら同情はできない。


 墓碑の裏に書かれているのは邪神カジハ討伐戦の詳細だった。

 カジハは魔玉から生まれ、観測者である数名のリィニン・ディアの人間を殺害、魔玉を破壊した。

 これを危険視したリィニン・ディアは言動から邪霊化の兆候が顕著にみられると判断、討伐隊を送り込む。

 戦闘の様子も書かれている。誰がどういった攻撃を仕掛け、死んでいったのかが克明に描かれていた。

 その描写から読み取れるのは、邪神カジハの精神性、特に邪霊化したが故の衝動だ。


「この描写が事実なら、リィニン・ディアは弄ばれてるね」


 攻撃を誘い、全力を出させ、それでも勝てないのだと無力を突きつけ、一人ずつ殺していく。

 ナイトストーカーは戦いを好んでいる節があった。しかし、カジハは異なる。


「他者を挫折させ、心を折ることを愉しんでる」


 おそらく、カジハにとっては戦いすらもどうでもいいのだ。

 目的をもっている人間がいたから、その目的を達成できないように叩き潰す。そうして、無念を抱える人間を見て笑う。そんな精神性の持ち主だ。


「嫌な奴」

「これが事実なら、シラハの言う通りだね」


 リィニン・ディアが残した、死者を慰めるための墓碑だ。誇張が入っている可能性もある。


「――救世種は未だ現れず。汚泥の世界の終焉を乞う」


 墓碑の最後の文言を読み上げて、イオナが顔を上げた。


「また、救世種ですか」

「ミュゼはコンラッツのことも汚泥と呼んでた。邪人や邪霊を汚泥とまとめて呼んでいるのかな」


 リオは考察しながら、墓碑を見下ろす。


「これ、持っていく?」


 リィニン・ディアに迫る証拠品ではあるが、墓碑を持ち出すというのはどうにも嫌な気分だった。

 だが、リオの質問にチュラスもイオナも、シラハまでもが何を言ってるんだ、こいつと言った顔で見つめてきた。


「調査に来たのだ。証拠を持ち帰らぬわけがあるまい」

「同感です。贅沢を言えば、他に手掛かりが欲しいところでしたね」


 墓碑をただの証拠品としかみなしていない一人と一匹。

 シラハが首をかしげた。


「何か気になるの?」

「いや、俺が少数派みたいだ」

「私はリオの味方だよ?」

「ソウデスネ」


 感情のこもらない同意をするリオの頬をシラハが指先でつつく。

 シラハを気にせずに石板を鞄に入れたリオが立ち上がると同時に、チュラスが全身の毛を逆立てて地上を見上げた。


「まずい! 急いで逃げるぞ、お主ら!」


 チュラスが言い切るのと同時にシラハが驚きに目を見張り、剣の柄を撫でて魔力を供給する。瞬時に隆起した地面が地上への階段を作り出した。


「走って!」


 シラハが珍しく声を張り、我先にと駆け出したチュラスを追いかける。

 イオナが階段を駆け上るのを横目に、リオは階段の横へと走り抜けて跳躍し、階段の側面を蹴った反動で一気に入り口に手をかけ、体を持ち上げた。

 窯から出たリオは先に出ていたシラハとチュラスが警戒する方向を見る。

 リオの後から出てきたイオナが同じ方向を見てゴクリと喉を鳴らした。


 その方向にあったはずの民家が綺麗に消え失せている。民家だけではなく広がっていた森の木々さえも姿を消し、石や木で隙間なく舗装された道が出来上がっていた。

 遮るものもない道をこちらに向かって何かが歩いてくる。小指の爪ほどに小さく見える距離にありながら、その存在感は圧倒的だった。

 ナイトストーカーとは比較にならない濃密な悪意をまき散らし、歩いてくるその存在の名をイオナが憎々しそうにつぶやく。


「邪神カジハ……」

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