第十七話 待ち伏せる黒い影

 リオ達は戦闘員ではないヨムバンを連れているとは言っても七人のベテラン冒険者と一緒だった。

 そのリオ達を見て、走ってきた四人組の冒険者は迷わず逃走を呼びかけた。


「何匹来る?」


 質問を飛ばしながら、リオはヨムバンの背中を軽く押して走るように促しながら、シラハと共に先頭を切って町へと走り出す。

 後方にいた護衛役の冒険者たちが四人組を先に行かせて殿を務めてくれた。敵の姿という重要情報を持つ四人組を守るための配置だ。

 ギルドで呼びかけに集まっただけの寄せ集めだというのに、集団の目的を見据えて危険な役を躊躇いなく引き受けるあたり、彼らの人のよさがうかがえる。

 全力で駆けながら、四人組は説明する。


「テロープの縄張りで出くわした。円筒形の胴体と上部に十本の触手がある気持ち悪い生物だ」


 形状を説明されても異様過ぎて、リオには姿を思い描けない。

 足元の木の根を飛び越え、リオは肩越しに後方を振り返った。

 冒険者たちの後ろから何かが迫ってくる気配はするが、森が深すぎて姿は見えない。


「黒い蝋の生物だとどうやって判断しました?」


 ヨムバンが質問すると、冒険者はすぐに答える。


「触手の先から黒い蝋を噴く。体全体がその黒い蝋で覆われていて、斬りつけても刃が鈍るだけで上手く斬れなかった。お手上げなんで、こうして逃げてきたんだ」


 刃に蝋がつけば当然鈍る。剣士にはつらい相手らしい。

 だが、リオは別のことが気にかかっていた。

 シラハも同じところで引っかかったのだろう、しきりに獣道の先の樹上に注意を払っている。

 リオ達が見つけたベテラン冒険者の遺体は獣道で襲撃を受けている。襲撃現場の枝には黒い蝋が付着していた。


「待ち伏せ」


 シラハの予想にリオは頷き返す。


「追い立てられてるな」


 猿の隠れ里に迷い込んだ後の逃走劇を思い出す。黒い蝋の生物が猿たちと同様の知能を有していると仮定すれば、待ち伏せは十分にありうる。

 陽も落ちかけ、森の中は薄闇に閉ざされつつある。黒い蝋を全身にまとう生物にとってはちょうどいい狩りの時間だ。


「シラハ、先を照らせる?」

「照らす」


 シラハは鞘に入ったままの剣に魔力を流し、刻まれている魔法を発動させる。

 胸の前に発生した光の玉を、シラハは片手で押し出して前方に飛ばし、獣道の先を照らし出した。

 剣を携えているシラハが魔法を使ったことに周囲の冒険者が驚く中、リオとシラハは一瞬照らし出しされた黒い影を見つけて身体強化の強度を上げる。


「シラハは下!」

「分かった!」


 シラハが剣を抜き放ちながら前方へ大きく跳躍する。

 見つかったことに気付いたのだろう、木の陰から黒い生物が逃げ出そうと動き出した。


 円筒形の胴体に十本の触手。冒険者が話していた黒い蝋の生物で間違いない。

 後続の冒険者たちも待ち伏せを受けたことに気付き、加勢しようと動き出すが――遅い。


 前方に跳躍したシラハは地面に埋まった石に片足をつけて速度を殺し、もう片方の足で地面を蹴ってほぼ直角に曲がる。

 木々の梢を縫うように駆け抜けて黒い生物へと駆けこむシラハの速度は野生動物にとっても脅威的だった。

 逃げるのは無理と判断したらしい黒い生物が十本の触手を叩きつけようとする。一本一本がシラハの太ももよりも太いその触手が十本並べば分厚い板のようだ。


 黒い生物を間合いに捉えるため、シラハは触手を無視してさらに踏み込んだ。

 次の瞬間、シラハの姿が掻き消える。直前までシラハがいた場所に触手が叩きつけられると同時に、黒い生物の円筒形の胴体をシラハの剣が貫いた。

 絶命してごろりと横倒しになった黒い生物の下から、シラハが軽くジャンプして出てくる。その足元では彼女が魔法で深く陥没させた地面が徐々に元の形を取り戻しつつあった。


 触手が叩きつけられる前に陥没させた地面に逃げ込むことで回避と接近を同時にこなしたのだ。

 直後、獣道の脇で重たいものが落ちる音が二つ響く。

 黒い生物が二体、触手を根元で切断されてもだえ苦しんでいた。

 枝の上から黒い生物を蹴り落としたリオは冷徹な目で黒い生物を観察している。


「蝋で傷口を覆って止血するかと思ったけど、生成器官が触手の中にあるみたいだな」


 リオは枝から降りてシラハと共に周囲を見回して索敵する。

 一部始終を見ていた冒険者が唖然とする。


「神剣持ち……じゃねぇな。なんだ、あの娘」

「あっさり斬ってるあの坊主もやべぇだろ」


 声が聞こえたリオは情報共有のため斬り落とした触手を剣の先で示した。


「黒い蝋の分泌は触手の先からなので、根元は蝋に覆われてないです。多分、触手もそこまで柔軟性はありません。皆さんも斬るなら触手の根元を狙った方がいいですよ」

「なるほどな。根元か」


 リオの報告に納得した冒険者の一人が背後を振り返る。

 追ってきていた気配が止まっていた。薄闇に閉ざされた森の奥は見通せないが、待ち伏せが失敗に終わったため出方を窺っているのだろう。

 冒険者たちが剣を構えると、葉がこすれる音がして気配が遠ざかる。


「逃げたか。引き際を見極められるってことは、かなり知能が高いな。テロープと同等かもしれねぇ」


 流石に追いかけるような無謀はせず、冒険者たちは便宜上の依頼人であるヨムバンを見て、無言で指示を仰ぐ。

 ヨムバンはリオとシラハが仕留めた黒い蝋の生物を指さした。


「貴重なサンプルです。死骸を回収し、速やかに町へと帰還しましょう」

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