第十話 墓地に眠る英雄
翌日、そろそろガルドラットも落ち着いたころだろうと、リオとシラハはギルドの訓練場に顔を出した。
冒険者の崇敬を集めるガルドラットにショックを与えたリオ達を、訓練場の冒険者たちはなんとも言えない顔で迎えた。
奥の壁の定位置にガルドラットの姿がある。
「瞑想?」
シラハが首をかしげた。
ガルドラットは奥の壁際で座り込み、静かに魔力を循環させているようだった。
リオ達も身体強化の限界発動時の感覚を体に覚え込ませるためによくやるが、ガルドラットの循環方法はリオ達とは違う大人しいものだ。その証拠に陽炎のような余剰魔力の放出がない。
リオ達に気付いたのか、ガルドラットがゆっくりと目を開けて立ち上がった。
「頼みがある」
単刀直入にそう言って頭を下げるガルドラットにリオ達の方が驚いた。
「頭を上げてくださいよ。頼みっていうのはなんですか?」
慌てて頭を上げさせて、リオ達はほっと息を吐く。
リオ達のやり取りを見ていた冒険者たちのざわめきと視線を一身に受けて居心地が悪い。
頭を上げたガルドラットは懐から銀貨を出した。
「ナック・シュワーカーの墓に花を供えてほしい」
聞き覚えのない名前だった。墓というからにはナック・シュワーカーという人物は亡くなっているのだろう。
町の人間ではないリオ達には誰とも知れない人物だったが、訓練場にいた冒険者たちには違う意味を持つ名前らしい。
途端にざわめきが大きくなった。
シラハが無表情に周囲を見回し、リオに耳打ちする。
「騎士だって」
冒険者たちのささやきを聞きつけたらしい。
リオはガルドラットを見る。
「なんで俺たちに?」
「合わせる顔がない」
リオはガルドラットの返答に眉を寄せる。
合わせる顔以前にガルドラットは奴隷の首輪で訓練場からは出られないはずだ。ガルドラットの口振りでは、墓参りをしようと思えば行けるようにも聞こえる。
だが、いま追及するべきことは別のところだ。
「それはガルドラットさんが墓参りに行かない理由であって、俺達に頼む理由ではないですよね?」
リオ達が訓練場に来る以前から冒険者たちが訓練に訪れていた。わざわざリオ達を待って頼む用事とも思えない。
ガルドラットはリオをまっすぐに見つめて、銀貨を差し出した。
「あの方に紹介したい」
ますます意味が分からなかった。
思い浮かぶのは昨日の出来事だが、それが墓の下の住人への紹介とどうつながるのか。
言葉を待ってもガルドラットは答えそうにない。
どうしようかと悩んでいると、シラハがリオの袖を引いた。
「森」
「あ、そうだった」
シラハに言われて用事を思い出し、ガルドラットに向き直る。
「昨日の試合の後、聞きそびれてしまったんですけど、森の奥へ行くお墨付きはもらえますか?」
「あぁ」
これ以上ないほど短い許可を得て、なんとも拍子抜けする。
「それじゃあ、墓参りに行ってきます。花はどれでもいいんですか?」
「ピッズナッツの実も頼む」
「ピッズナッツ? 好物だったんですか?」
「よく食べていた」
子供のお菓子としてよく食べられるものだが、騎士が食べている姿はあまり想像できない木の実だ。
だが、辺境の村の子供にも気安く接するラスモア・ロシズのような貴族もいる。人それぞれなのだろうと納得する。
ガルドラットに見送られて訓練場を出るリオ達に向けられる冒険者たちの視線は来た時とは違ってわずかに称えるような空気が感じられた。
「もしかして、ガルドラットさんは俺たちの立場が昨日の件で悪くならないように気を使ってくれたのかな」
「多分、それもある」
「シラハは別の意味もあるって思ってるの?」
花を買うために市場へ大通りを進みながら、リオは意見を聞く。
シラハは相変わらず表情一つ変えずに頷いた。
「言った通りの意味」
「あの理由は方便じゃないってわけだ。紹介したいって言われてもなぁ」
相手が墓の下ではガルドラットの感情以上の理由はないのだろう。
気になるのはなぜ紹介したいのかだが、こればかりはガルドラットに聞かないと分からない。
「騎士のナック・シュワーカーか。ガルドラットさんがギルドの訓練場に来たのが五年前、リヘーランの悪夢も五年前。リヘーランの悪夢でオルス伯爵領から派遣されてきた騎士の一人がナック・シュワーカーって人なのかな」
可能性の高い推論だとは思うが、情報が足りない。
そもそも、この情報を突き詰めていってリオ達の目的である宝玉に繋がるのかも不明だ。リヘーランの森に入ってシラハの失せ物探しの魔法を頼りにした方が近道な気もする。
とはいえ、頼まれた以上はきちんとこなそうと、リオはシラハと一緒に市場でいくつかの花とピッズナッツの実を購入して墓場に向かった。
様式が統一されていない雑然とした、それでいてこぢんまりした墓地だった。
この町は流れ者が多い。様式の違いはばらばらの出身地を反映したものだろうが、危険な森がすぐそばにある割には敷地が狭いのが気になった。
墓地の中でナック・シュワーカーの墓を探してきょろきょろと歩き回っていると、隣接する建物から壮年の男性が現れた。
「どなたの墓をお探しかな?」
「あなたは?」
「この墓地の管理をしている。まぁ、墓守さ」
墓守の男は少々陰気な気配を漂わせているものの、朗らかに笑った。
リオは花が入った籠を持ち上げて、経緯を説明する。
「冒険者ギルドの訓練場にいるガルドラットさんに頼まれて、ナック・シュワーカーさんの墓にお参りに来ました」
「……ガルドラット様から?」
驚いたように目を見張った墓守はリオとシラハを見て、不思議そうな、しかしどこか安堵したような顔をする。
「そうか。ガルドラット様が……。あぁ、失礼した。案内だったね。こちらへ」
墓守はリオ達に背を向けて墓地の奥へと歩き出す。
墓地中央には大きな一枚岩があり、たくさんの花が供えられていた。
シラハが不思議そうに一枚岩を見ていることに気付いて、墓守が説明する。
「流れ者が多い町だからね。墓とは言っても土地は限られていてどうしても高くつく。お金がなかったり、名前が分からなかったり、故郷へ送れない者はそこに埋葬するんだ」
「みんな一緒?」
「あぁ。とはいえ、名前を書いた板を入れるだけなんだがね」
墓守の説明を聞いてリオは内心で首をかしげる。
ナック・シュワーカーはおそらくオルス伯爵領から派遣された騎士だ。そうでなくても、騎士ならばどこかに仕えている。
この砦町はどこの領主にも属さない半端な場所であり、騎士を輩出できる土地ではない。ナック・シュワーカーはこの町の出身ではないだろう。
ならば、なぜ故郷ではなくこの町にナック・シュワーカーの墓があるのか。
墓守が脚を止め、リオ達に手で一基の墓を示す。
「こちらがこの町の英雄、ナック・シュワーカー様の墓だ」
「……英雄?」
思わず聞き返すリオに墓守は困ったように眉を下げる。
「やはり、聞いていないか。他所の人間に話すにはいささか躊躇われる話だからな」
墓守はナック・シュワーカーの墓に一度手を合わせると、自らの家を指さす。
「私から話そう。君たちには話してよいとガルドラット様が考えたようだから」
「あの、話が見えないんですけど。ナック・シュワーカーさんについての話を聞かせてもらえるんですか?」
「ナック・シュワーカー様とガルドラット様の話だよ」
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