第四十話 一件落着ともいかず

「食べる?」


 シラハが差し出してきた果物を見て首を横に振る。

 すると、シラハは桶に入ったタオルを持ち上げた。


「拭く?」


 別に汗をかいているわけでもないのでリオはまた首を振る。

 今度は枕をポンポンと叩いたシラハが首をかしげる。


「寝る? 歌う?」

「母さん! シラハがうるさい!」

「面倒見てもらってるんだから文句言うんじゃないわよ!」


 邪獣との戦いで体を酷使したリオはベッドの住人となっていた。

 医者の見立てでは二週間の安静。喉へ負担をかけないよう、大声も出すなと言われている。

 そんなわけで、続けて文句を言おうとしたリオはシラハに取り押さえられ、手で口をふさがれた。


「叫ぶのだめ」

「むがむが」


 投石がかすめた程度で軽傷のシラハはリオの面倒を率先してみている。経験がないため非常に乱暴かつ過保護だった。

 リオは覆いかぶさってくるシラハを跳ね除けて上半身を起こし、シラハを睨んだ。


「安静にしなきゃならねぇの! 体力を使わせんな!」

「叫ぶのだめ」

「お前、どの口で……」


 ツッコミ疲れて、リオはため息を吐き出した。


「というか、なんで俺が一番重傷なわけ?」


 リオと同じように身体強化を限界以上に発動し、さらには濁流魔法の直撃まで受けたはずのカリルはどういうわけだか、多少の打撲で済んでいた。

 身体強化の影響で体が頑健になっていたことや、シラハの防御魔法で濁流魔法が途中で消失したことなどが功を奏したらしい。

 身体が出来上がってないリオが濁流魔法を斬るだけでなく邪獣相手に剣戟を行なったため、より重傷になる始末だ。


 カリルは現在、オッガン達を山の中の隠れ里に案内している。

 生き残りの猿が逃げ出す前にケリをつけるため、動かせる全戦力で隠れ里を攻略するのだ。

 いよいよこの騒動も最終段階。参加できないのがなんとなく不満なリオだった。

 リオの表情を読んだシラハがじっと見つめてくる。


「逃がさない」

「こんな怪我で戦場に行くほど馬鹿じゃないよ」


 そう言いながらも、リオは窓から山を見た。猿と人、弱肉強食の一幕が繰り広げられているだろう山を眺めて、リオは呟く。


「あの邪獣が持っていた鉄の剣の出所ってどこなんだろう?」


 猿たちの装備は石の剣や槍だった。製鉄などできるとは思えない。

 鉄の剣は人間の持ち物だろう。


「冒険者?」


 シラハが一番ありえそうな可能性を上げる。


「やっぱりそれかなぁ。まぁ、今は悩んでいても仕方がないか。しばらくは稽古もできないし、明日から何をしようかな」

「刺繍の手伝い」

「それが無難かな。というか、シラハは剣なんている? 魔法だけで十分な気がするんだけど」


 猿たちとの戦いで、シラハは防御魔法だけでなく雨を降らせる魔法を使っていた。殺傷力のないあの魔法はオッガンが近くに来ていることを察して攻撃の対象範囲を知らせる物だったらしい。

 一歩間違えればリオも巻き込まれていたが、シラハは自分に猿の注目が向けばリオが守ってくれると読んでいたようだ。

 あれほど的確に魔法を使いこなせるのなら、剣の練習をするよりも魔法に集中する方がいいのでは、とリオは思う。

 しかし、シラハは不満そうな顔をした。


「リオと一緒がいい」

「またそれか。まぁ、良いけど。あの猿の剣を打ち直せれば安く済ませられるだろうし」


 どれくらいかかるか、父、バルドに相談しておこうと思っていると、母が血相を変えて部屋に飛び込んできた。


「り、リオ! すぐに支度しなさい! ラスモア様がお会いしたいそうだから。早く!」

「……え?」


 リオは母の言葉に耳を疑う。

 近隣の村の状況確認に出ていたラスモアが帰ってきたことも驚きながら、村に到着して早々、自分に会いたがるのも驚きだ。

 驚きながらも、次期領主様が面会したいというのだ。断れるはずもない。


「リオ、着替え手伝う」

「あ、ありがとう。おい、下着まで着替えさせる気か? 広げるな!」


 シラハが広げたパンツを奪い取った直後、母が小さく悲鳴を上げた。

 今度はなんだと廊下に目を向ければ、辺境の家の中には似つかわしくない整った格好の青年が立っている。

 パンツを握るリオを見て苦笑しているその青年は、ロシズ子爵領の次期領主、ラスモア・ロシズだった。


「怪我をしたと聞いていたが、なかなか元気だな」

「ラスモア様!?」


 慌てて、失礼のないようベッドを出ようとしたリオを、ラスモアは手で制す。


「そのままでよい。安静にしているよう言われたのだろう? 見舞いに来て患者の症状を悪化させては意味がない」


 気さくに笑って、ラスモアはリオのベッド横の椅子に腰を下ろす。

 護衛の騎士たちが窓辺や部屋の入り口へと音もたてずに移動した。訓練された動きは相変わらず惚れ惚れする。

 ラスモアはリオへと身を乗り出した。


「それで、魔法を斬ったというのは本当か?」

「一応、本当です。結果、こうなってますけど」

「声が擦れ気味なのもその影響か?」

「擦れてますか? 喉を酷使したので、多分影響が出てます」


 リオの返答を受けて、ラスモアは興味深そうにリオの喉を触り、口の中を見る。

 医学の心得があるのか、村の医者と同じくらい手際が良かった。


「魔力の外部放出が得意な者であれば会得できそうだな。こんな単純な方法で……。いや、適性がある者は身体強化が弱くて武術を修めようとしないから誰も試さなかったのか」


 何やら納得したラスモアは、所在なさそうに立っているリオの母を振り返った。


「リオを召し抱えたい。この家に他に男児はいるか?」

「ぅえっ!?」


 声をかけられるとは思っていなかったリオの母がパニックになる。

 そんな母のパニックに追い打ちをかけるように、窓の外から老人が覗き込んできた。

 老人に気付いたラスモアが眉を顰める。


「オッガン、茶目っ気を出すところではないぞ」

「申し訳ございませんなぁ。面白い話が聞こえたもので、口を挟ませていただきたいのじゃ」


 窓枠に肘を置いて、オッガンがシラハを見る。


「そこの娘を弟子に取りたいと申し出たんじゃが、リオと離れたくないと断られてしもうて、難儀しておった。リオがロシズ家に召し抱えられるというならば、シラハも文句はあるまいよ。のう?」


 問いかけられて、シラハは小さく頷いた。


「リオが一緒ならどこでもいい」

「という次第じゃ。しかし、農家から働き手の子供を二人も取るというのはどうにも気が引ける故、どうしたものかと」

「オッガンが弟子に取りたいとは、それほどの才か。兄妹揃って、優秀なことだな。援助金を出すことはできようが、畑の管理は金だけではできぬ。少し考える必要があるな」

「えぇ、両親を交えて話し合うべきでしょうな。それとは別件で、話すべきことができたのじゃが、よろしいか?」


 このまま頭越しに話が決まってしまうんじゃないかとハラハラしていたリオだったが、どうやら棚上げらしい。

 窓の外で、オッガンが誰かを手招く。

 現れたのは、カリルだった。


「カリル、話を頼むぞ」

「えぇ、わかりました」


 慣れない丁寧口調で話すカリルに噴き出したリオを睨んでから、カリルは左手で黒い玉を差し出してきた。

 光沢のある表面に一本の傷が走っている。

 見覚えのないそれに、リオは首をかしげた。

 ラスモアも知らないのか、説明を求めてカリルを見る。


「なんだ、それは?」

「猿共の隠れ里の跡地にて、祀るようにして置かれていたものです」

「猿共の信仰対象か? 原始的でも文化はあるのだな」

「問題はそこではなく……シラハ、猿の邪獣が使っていた鉄剣を持ってきてくれ」


 カリルの言葉に、シラハはちらりとリオを見る。

 リオは心配するなと手でジェスチャーして、シラハを送り出した。

 カリルが中身のない自分の右袖を揺らす。


「実は、この宝玉を見たのはこれで二度目なんです。一度目は、この右腕を無くした未知の獣の隠れ里でのことで、この傷をつけたのは私です」

「……その宝玉を見せろ」


 すっと目を細めたラスモアが宝玉を受け取り、くまなく検分しはじめる。

 オッガンが窓から覗いて口を挟んだ。


「どうやらその宝玉、機能は停止しているものの内部に複雑な魔法陣が刻まれているようじゃ。猿共にそれを作るだけの知能や技術はない。邪獣が持っていた鉄剣の出所についても詳しく調べた方がよさそうじゃよ」

「この猿の一件が、人の手によって故意に引き起こされたというのか?」


 ラスモアの問いかけに、オッガンは断言を避ける。


「故意かどうかはわかりませぬ。その宝玉に刻まれた魔法陣の効果も分からず、カリルが見たという宝玉と同一のものかも謎のまま。しかし、正体不明の一団が付近に潜んでいる可能性はいまだ消えておりませぬ」

「カリル、最初に見た宝玉の行方は?」

「研究のため現地のギルドに提出しました」

「――鉄剣、もってきました」


 シラハが持ってきた抜身の鉄剣を騎士の一人が取り上げる。護衛である以上、抜身の武器を持ったままのシラハを部屋に入れるわけにはいかなかったのだろう。

 ラスモアが立ち上がった。


「オッガン、このまま村に駐在し、調査を継続せよ。追加人員は三日以内に送る。私は一度都に戻り、鉄剣の出所や宝玉の追跡調査を行う。今後の連絡は父上にも報告書を上げろ」

「かしこまりました」


 一礼するオッガンに頷き返し、ラスモアはリオの肩を軽く叩いた。


「まずは怪我を治せ。そうしたら、今回の褒美に面白いものを見せてやろう」

「面白いもの?」

「我が家に伝わる神剣ヌラだ。面白いぞ?」


 近所の兄貴分のような悪戯っぽい笑みを浮かべて、ラスモアは部屋を出ていった。

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