第三十四話 邪獣かな?

 オッガンを村の端にある空き地へ案内する。

 解剖調査を行なった後のため異臭が漂っているが、オッガンは気にした様子もなく空き地へと足を踏み入れて監視の騎士に声をかけた。


「すでに分かっていることについていくつか聞こうか」


 騎士から説明を受けながら、オッガンは手袋を嵌めて猿の死骸へ躊躇なく手を伸ばす。

 出ていけと言われなかったため、リオは所在なく立ち尽くして騎士の話を聞く。勝手に帰ってしまうとそれはそれで問題になるという判断だったが、正直なところ臭すぎてあまり長居はしたくなかった。


「雑食性。筋肉が発達していて、手も人並みに器用。胃の内容物から狩猟した獲物は生で食べ、調理するような知能はない。フラウグの実を始め、毒の類がほぼ効かない。面妖な話じゃな」


 オッガンはそう言って、猿の死骸を見回した。


「邪獣ではないな」

「やはりですか」

「そうなの!?」


 思わず口を挟んだリオは慌てて口を閉じてオッガン達に頭を下げた。

 オッガンは顎髭を撫でながら笑う。


「少年、ちょいと講義をしてやろう。こっちに来なさい」


 呼ばれて、リオはオッガンのそばに寄る。

 オッガンは猿の死骸を指さした。


「動物、邪獣、邪霊の区別の仕方は知っているかね?」

「魔法を使えないのが動物、動物の中で魔法が使える人間などが魔物、動物が変化したのが邪獣や神獣、何もないところで突然発生するのが邪霊または神霊、です」

「よろしい。さて、これが邪獣ではない根拠だが、見回してみるがいい。個体差はあっても特別な部位を持つ個体がいないじゃろう?」


 オッガンが言う通り、猿たちの死骸は体の大きさや雌雄の違いはあっても、形状にさほど変化はない。

 オッガンは猿の腹を開きながらリオを振り返る。


「邪獣は体のどこかに新たな部位が出来上がる場合がほとんどだ。内臓にも違いがなく、筋肉にも違いがないのなら、これらは一つの種族なのだろう。動物か、魔物か、どちらかとなる。一体くらい邪獣が混ざっている可能性もあるのだが、すべてではないな」

「えっと、邪獣の群れにしては体に変化がなさすぎるってこと、ですか?」

「そういうことだ。戦闘中、この猿たちが魔法を使ったかね? 何かおかしなことはあったのかね?」

「ありませんでした。しいて言えば、奇襲の前には必ず高い音が聞こえたくらいで」

「高い音? 鳴き声か?」


 リオの証言に興味を引かれたのか、オッガンは騎士に確認するような視線を送る。

 しかし、騎士は首を横に振った。


「聞いていませんね。同僚からもそういった証言はありませんでした。リオ君、山での奇襲でも一番に反応していたが、それが理由か?」

「はい。村でも裏手に奇襲が来る直前に羽虫が耳元で飛ぶような高い音がしました。シラハっていう女の子も同じ音を聞いています。多分、その場にいたレミニって猟師の娘もです」

「……ふむ。戦術を理解しているとの報告があったが、その音で連絡を取っていたのか」


 オッガンは呟いて、猿の喉に刃物で切れ目を入れて声帯を確認した。


「人に近いようじゃな……」


 何か深刻な顔で猿の口の中などを確認し、オッガンはリオに向き直る。


「シラハとレミニというその娘にも話を聞きたいんじゃが、案内を頼めるか? 君くらいの年だと女の子との交流は気恥ずかしいかと思うが」

「大丈夫ですよ。こっちです」


 この臭い場所を後にできるなら、とリオはすぐにオッガンを連れてその場を後にした。

 レミニは自宅にいた。大量に消費された矢の備蓄を回復するため、手際よく作っている。何故かシラハが横で手伝っていた。


「どちらの少女かね?」

「矢を作っている方がレミニです」

「ふむ。……もう一方の少女は?」

「あっちがシラハです。俺の――私の家の居候というか、妹というか」


 オッガンは注意深くシラハを見つめる。

 矢に使う羽根や木の棒などの材料を運んできたシラハがリオに気付いて駆け寄ってくる。


「……リオもお手伝い?」

「いや、道案内」


 レミニが作ったばかりの矢を横に置いて、立ち上がる。

 立ち上がったレミニはそこで初めて、リオの陰になっていたオッガンに気付いたらしい。

 すぐにシラハに駆け寄って無理やりオッガンに頭を下げさせた。


「す、すみません。この子はオッガンさんのこと知らなくて」

「ふむ。別に儂は貴族でもなんでもない。礼を尽くす必要はないんじゃよ。頭を上げてくれ。ここに来たのは猿共について聞きたいことがあったからじゃ」


 レミニから高音について聞くオッガンだったが、その関心はなぜかシラハの方に移っている様子だった。

 それでも話自体は聞いていたらしく、レミニの話が終わると簡単に礼を言った。


「ありがとう。どうやら子供にしか聞こえない音なんじゃろう。表街道を防衛していた子供たちにも話を聞きたいところではあるが……」


 話を区切ったオッガンはついに我慢できなくなったようにシラハに向き直った。


「おぬし、身体強化の魔法は使えるか?」

「……リオに習ったからできる――できます」

「やって見せてくれ」


 見極めるように目を細めたオッガンに促されて、シラハは身体強化を発動する。

 じっとシラハを見つめていたオッガンが感心したように深く息を吐きだした。


「魔力の通りが良い。魔力量も常人の比ではない。信じられん。体が魔力で出来ているかのようだ」


 オッガンは感嘆し、リオを見た。


「居候といったな。彼女の両親は健在か?」

「いえ、身寄りがなかったので我が家で引き取りました。出自は分かりませんし、本人も覚えていません」


 リオの返答に、オッガンは興奮気味にシラハを見る。


「ぜひ、弟子に欲しい!」

「リオと離れるのは嫌」


 シラハが間髪を入れずに断ると、オッガンはリオを見た。


「儂も居候してよいかね?」

「……りょ、両親に聞いてからでいいですか?」

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