第二十一話 一人前
春祭りの試合でリオが勝利したものの、村長が恐れていた門下生からの不満が爆発することはなかった。
ラクドイがカリルに勝ったため、門下生はラクドイの実力を評価したからだ。
サボり魔であるユードに対しての不満はあったようだが、リオに負けたことで発言力が低下したユードを出し抜いて体力づくりをサボる門下生が出始めたらしく、ラクドイの直接指導を受けられる門下生が増えたという。
「全員サボり魔になったら意味ないだろって思うんだけどな」
リオは練習着に使っている麻の服に開いた穴に布を当てて縫いながらぼやく。
シラハが母から教わったという刺繍をハンカチに施しながら小さく頷いた。
「……サボりたくない門下生が愚痴を言ってる」
「それはどこ情報?」
「レミニちゃんの弟が言ってたって」
「いつの間にか友達作ってるのな。いや、良いことだけど。仲良くするんだぞ?」
「うん……」
シラハの情報源、レミニは村の猟師の子だ。村の女の子の中では肉体派であり、体は小さくとも道場に通う弟を投げ飛ばせる武闘派少女である。
女の子からの人気も高い姉御肌のレミニと仲良くなったのなら、シラハが虐められることはないだろうと、リオは密かにホッとした。
それというのも、ユードと取り巻きを中心にした何人かがリオと会うたびに悪口を言ったり泥を投げつけてくるようになっているからだ。
喧嘩になれば数の力で嘘をごり押ししてリオを悪者扱いしてくるのは目に見えており、付き合う価値もないので完全に無視している。
シラハが刺繍の手を止めてリオをじっと見つめた。
いつもの観察するような視線ではなく心配の色が見えるその視線に、リオは首をかしげる。
「どうした?」
「嫌がらせのこと、言わないの?」
「言っても陰でやられるだけだし、俺に味方してもメリットがないからみんなも黙認するだけだよ。実害もないんだから放置でいい」
「……リオの方が強いのに」
シラハの言葉にリオは苦笑する。
「強くなったのは言うことを聞かせるためじゃない。強くなったんだからなおのこと、むやみに振るったら弱い者いじめになる」
それに、とリオは続ける。
「俺は才能がないからな。強くなったつもりでも、せいぜい村の中でのことだ。カリルが言っていたけど、道場主のラクドイさんですら才能はないらしい」
次回以降はカリルに危なげなく勝てると豪語するラクドイだが、カリルの見立てでは才能はないという。
王家の直轄領にある道場で騎士剣術を学んだラクドイがこんな辺境の村で道場主をしているのも、王家はもちろんどこの貴族にも騎士として仕官できなかったからだ。
村の外にはラクドイを歯牙にもかけない使い手がゴロゴロしていることになる。
村に魔法の講義に来た、領主配下の魔法使いオッガンもその一人だ。剣術ではなく魔法の使い手ではあるが。
「恨みを買うような力の使い方はするべきじゃない。もっと力のある奴に同じことをされるだけだからな」
「……リオがそんな考えだから、あの人たちは調子に乗ってる」
「まぁ、その節はあるな」
反撃されないからやりたい放題。反撃されても数で押せばいい。ユード達はそう考えているのだろう。
知恵を働かせるなら生産的なことに使えばいいのに、とリオは思う。
練習着の補修が終わって、裁縫道具を片付けていると部屋に父、バルドが入ってきた。
「リオ、話がある。ちょっと来い」
いつになく真剣な様子のバルドに、リオとシラハは怪訝な顔を見合わせて同時に立ち上がった。
しかし、バルドがシラハを押しとどめる。
「シラハは来なくていい。母さんの夕食作りを手伝ってやってくれ」
「……リオにどんな話?」
「男の話だ」
詳しい説明をする気はないのか、バルドはそれだけ言ってリオを促し、部屋を出る。
シラハが困った顔でリオの服を摘まんだ。
「大丈夫? 父さん、怖い顔してた」
「それ、父さんに言うなよ? 絶対に凹むから」
シラハを部屋に残して、リオはバルドの後を追いかける。
バルドは家を出て、村の中央へと歩き出していた。
「どこに行くの?」
「村長の家だ。理由は行けば分かる」
道中、無言で村長の家に到着したリオとバルドは、村長の家の客間へ通された。
客間にはすでに家主である村長だけでなく、カリルとなぜかラクドイまで顔をそろえていた。バルドも加えれば、村の武闘派三人衆である。
どんな話をするつもりかと、リオは不安になりながらも気を引き締める。この面子を揃える以上、浮かれた話ではないはずだ。
重厚な木の長テーブルにバルドと並んで着く。
村長がリオを見てうっすらと笑みを浮かべた。
「早速本題に入ろう。リオ、ここにいる四人から、お前にこれを贈る」
村長が両手で長テーブルの上にそっと置いたのは、
「――剣?」
長テーブルの上に置かれた一振りの剣を見て、リオは村長の顔を見る。
村長は小さく頷き、説明した。
「先の春祭りの試合、見事だった。まぁ、儂の思惑から大きく外れる結果ではあったが、どの道、詫びの品は必要だと思っていてな。バルドに相談したのだ」
「父さんに?」
横を見ると、バルドは腕を組んで厳めしい顔をしていた。
思わずといった様子でカリルが吹き出し、手をひらひらと振る。
「バルドさん、なんか言えよ、まったく。リオ、相談を受けたバルドさんがリオに剣を贈るように言ったんだ。ただ、リオは道場に通わずに我流剣術を作ってるだろう。どんな剣が最適か分からないからって、一緒に我流剣術を作ってるオレに相談が来たわけだ」
カリルが言う通り、今のリオがラクドイ道場で使うような幅広の騎士剣を渡されても扱いに困る。
長テーブルの上にある剣はリオの腕の三分の二程度の刃渡りで、柄がやや長めに作られている。重心も手元に寄っており、一撃の重さよりも取り回しのしやすさを考えているのが分かった。
リオの我流剣術のスタイルを知らなければ、まず発注しない剣だろう。
カリルがラクドイを指さす。
リオがラクドイを見ると、ラクドイはバツが悪そうな顔をしながらも口を開いた。
「剣を買うにも伝手がいる。そこでこちらにお鉢が回ってきたのだ。それで、いくつか紹介した」
「ラクドイは春祭りの試合でリオがきちんと残心までしてのけたから紹介してくれたんだ。実戦では倒したと思って油断している時が危ないからな」
ラクドイが口利きしたという意外性に驚きながらも、リオは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「素直に礼を言われるとなんとも居心地が悪いのだが……。剣を取ってみるといい」
ラクドイに促されて、リオは長テーブルの上の剣に手を伸ばす。
しかし、リオの手を遮るようにバルドが手をつきだした。
「リオ、その剣をとればお前は一人前の男だ。力の使い方をよく考えて、正しく使う義務がある。分かるか?」
「父さん、その台詞を言うタイミングを計ってて今まで黙ってたの?」
カリルと村長が吹き出し、バルドが口を真一文字に引き結んで何かをこらえたのを見て、ラクドイが顔を伏せた。
空気が緩んでしまったが、リオは構わず質問に答える。
「もともと自分の身を守るために始めたことだよ。使い方なら最初から決まってる」
リオの答えにバルドはわずかに考えるような沈黙を挟んだ後、手を引っ込めた。
「今はそれでいい」
改めて、リオは長テーブルから剣を取る。
ずしりと、鉄の重みがリオの手に収まった。
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