2-3 奇襲

「全く、楽機の力をつまらない事で無駄遣いしすぎなんだよ」


 コダ楽士団の団長トーベンは、カノンの連絡によってこちらに来た馬を馬車につなぎながらぼやく。


「カノンちゃんでしょ? でも、使いこなしているっていうのはいいことですし」


 副団長のアルーズは、ぼやく団長をなだめながら馬の留め金具を渡す。


「前の団長の忘れ形見でしょう? 楽機が使えるのも才能だし、あの性格もボクたちには救いですし、なによりカワイイし」


「まあ、あの程度の楽機は世にそこそこ出回っていて珍しいってものでもねーし、っていうかそこじゃあねえよ」


 馬のセッティングを終えた一行は、再び馬車に乗りこみ、出発する。


「あんなんだから、あいつはすぐにバテる。それでなくても大型楽機なんだし、まだ子供で体も成長途中だ。フラップの頼みでもないと、連れ歩こうとは思わんな」


 そんな話をしていると、ようやくコダの街が見えてきた。


「……なんだかんだ、ここに戻ると初めてここに来た時の事を思いだすな」


「まだ、この辺がまばらな林だった時の事でしょう? 何度も聞きましたし」


「だからこそよ。あのカノンに何かあったら、コルダーに顔向けできねぇ」


 先に街についていた馬車が視界に入るころ、二人の目の前が一瞬真っ暗になった。


(あん? 何だ)


 窓を開けて見上げると、巨大なが街の上空を覆っているのが見えた。しかも徐々にこちらへと向かってきている。


「な、なんだアレは!」


 それが街中に響く轟音と、馬車が倒れるほどの暴風を連れて着地すると、彼らは馬車から降りてその物体を注視する。


 馬車を留める広場を覆い尽くすその影の正体は、真っ黒な羽根と体毛を生やし、鳥の頭、獅子の前足、蝙蝠の羽根、爬虫類の下半身を持ち、尾にあたる部分は丸い板のようなものがいくつも付いた飾り羽を何本もたたえた存在だった。


 しかし、そんな奇異な物体を驚くよりも、その背から人が降りてきてことでさらに驚きは予想を超えていった。


「ここがコダの街か」


 トーベン団長は降りてきた人物を遠目で凝視する。体中真っ黒な服装で身を覆い、手には何かが握られている。それ以上は遠すぎてわからなかったため、仕方なく少しずつ黒服の人物に近づいた。


「君は誰だ、この街に何の用かね」


 トーベン団長が声をかけると、黒服の人物はこちらに振り向く。背後の大きな存在もそれに合わせてこちらを見た。


「……はお前か」


 声が少々低い。おそらく男性だろう。だが、話している内容が不明瞭で、話しかけているというより、独り言に近い。


 その雰囲気に、トーベン団長は背中のピッコロに手を伸ばす。彼の持ち楽器だ。ピッコロは相手の攻撃おんがくに対して必ず先制できる数少ない楽器である。加えてかなり接近できているので、後れを取ることは無いはずである。


「何が私なのかね? 要領を得ないが」


『―楽機化マテリアライズ開始ドライブ


 トーベン団長のイヤリングが、唐突に警告音声メッセージを受信する。同時に、黒服の男が持っていたものが光り輝き、背後の存在がそれに吸い込まれていく。


「まさか、楽機ミュージリアか!?」


 光が四散した後には無数の半透明の丸や四角の物体が無数に浮かぶ空間の中央に、彼が立っていた。その手には


「……マレット打楽器用のバチ?」


「パイプオルガンを倒したのはお前かと聞いたのだ!」


 一撃。


 黒服の男が両手のマレットを、それぞれ別の丸い板に叩きつける。


 それは、大地を駆け巡る振動となって周囲一帯に響き渡る重低音を轟かせた。


「っく! ティンパニか!」


 トーベン団長はなんとかピッコロを取り出せたが、息が整わずに数歩下がる。あれ以上近づいていた場合、地面から上る振動と空気から轟く振動で、何かしらのダメージを受けていたかもしれない。紙一重の回避だった。


「団長!」


 アルーズ副団長は、少し離れたところから自前のフルートを吹き、トーベン団長の援護をする。範囲は狭いが、主旋律メインメロディなどの伴奏バフに秀でた楽器で、自らも主旋律を演奏することもある万能アタッカーだ。


「ふん、初撃を交わしたのはさすが一級楽士。だが、そんな貧弱な音では俺の『ヒポグリメラ』は堕とせんぞ!」


 男は次々と空中の丸い板を叩く。攻撃的で鋭い響きが地面と空気の二通りの経路で二人に襲い掛かる。


 トーベン団長もアルーズ副団長の近くまで距離を取ったはいいが、その場所からでは二人の楽器ではろくな演奏こうげき方法はない。近くに届いた轟音に対して各個対処するしかなかった。


『仕方ない、ここはひとつ』


『行きますか、アレを』


 二人はイヤリングを通じて打ち合わせを行い、ティンパニの演奏の合間を縫って一気に距離を詰める。


 だが、それは相手の思うつぼだった。


「周りにあるのが飾りに見えたか」


 瞬間男の持つマレットが一瞬輝き、再び現れたマレットは黒く硬い先端に覆われていた。そして、先ほどまで叩いていた丸い板ではなく、少し高いところにある四角く長い板に向かって、マレットを数回叩き込んだ。


 突然鳴り響く、甲高い金属の澄んだ音が二人に襲い掛かる。


(馬鹿な、アレは…… 鉄琴グロッケン!?)


「〝終末を知らせる者〟の一節だ。まともな伴奏ガードがないお前たちには少しすぎた薬かもな」


 男の言う通り、高音域のみで構成された二人組アンサンブルでは、低音と高音を織り交ぜた演奏に太刀打ちできず、最後の望みもあっけなく散らされてしまった。


 そこに、街の方から男女が三人駆け寄ってきた。


「何事です!?」


 その声に、トーベン団長は安堵とも不安とも取れる表情を見せた。


「あれは、タク坊と、うちのカノンと…… ありゃあ、誰だ」

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