61話 気づかされる

 それからの日々はあっという間に過ぎていく。


 桜さんはそのまま俺の家に滞在し、詩織の世話と家探しをしている。


 詩織の面倒を見ることもなくなり、俺は仕事に専念し……。


 春香も、友達と遊んだり……何やら、色々と報告をしているらしい。





 そんな、ある日……俺は、皆にサプライズを受ける。


「兄貴! おめでとうございます!」


「大将! やったね! 若妻ゲットだぜ!」


「ふふ、春香ちゃんも良かったわ〜」


「二人とも、おめでとうございます」


「宗馬君、大変なのはこれからですよ?」


「あ、ありがとうございます!」


「いきなり定休日に集まれなんていうから……なんだと思っていたが。全員、なんで知ってるんだ?」


 俺は落ち着いたら言おうと思って黙っていたんだが……。


「春香ちゃんを尋問しましたよー!」


「お、お兄ちゃん、ごめんなさい!」


「それに、全員で応援してましたから〜」


「そうっすよ!」


「プロポーズしたんですよね?」


「いやはや、若いというのは良いですな」


 話を聞くと……どうやら、春香が俺を好きだというのは、こいつらの中では周知の事実だったらしい……だから、すぐに態度の違いに気づいたと。


「そういうことか……」


「というわけで——乾杯!」


「「「「乾杯!!!!」」」」


「お、お兄ちゃん」


「はぁ……とりあえず付き合うとするか」


「うんっ!」


 和也が用意した食事を摘みつつ、話に花を咲かせる。


「おっ、美味い」


 ローストビーフだが、柔らかくしっとり仕上がっている。

 しっかりハチミツや香草に漬け込み……。

 フライパンでの焼き加減と、オーブンの温度調整をしないとこうはならない。


「うしっ!」


「和也、腕を上げたな。最近、特に頑張ってるが、何かあったのか?」


 朝早くにきて、練習や仕込みをしている。

 お昼休憩も切り上げ、俺に色々と聞いてきたりしていた。

 店の管理や、その他についても勉強してるみたいだし。


「いや、実は……お袋が退院できそうで」


「なに!? そっちのがお祝いじゃないか! よかったな!」


「へへ、あざっす」


 みんなからも、おめでとうという声が聞こえる。


「なるほど、それで頑張ってたのか」


「ええ、食べに来たいっていうんで……ただ、住むところに迷ってまして。一応、しばらくの間は一緒に住もうかと思ってるんですけど。お袋の家は引き払ってるんで、そうなると引越しをしないといけないんで。今の俺のところじゃ狭いんすよ」


「そうか……うん? ちょっと待て……」


「兄貴?」


 ……和也は、信頼に足る男だ。

 仮に裏切られたとしても、後悔しないほどに。

 店のことも任せられるし、いい案かもしれない。


「ふむ……確認だ。いずれ、またそれぞれで暮らすってことか?」


「ええ、お袋もそれを望んでいます。というか、今回は俺のわがままです。心配なんで、しばらくの間暮らすって感じです」


「なるほど……お前、今俺が住んでいるところに住む気はあるか?」


「……へっ?」


 和也は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をし……。

 他のみんなも、どういうこと?という顔をしている。


「いや、実はな……春香に結婚を申し込んだのはいいが……詩織のことで悩んでいてな」


「どういうことっすか?」


「俺と春香が、この上で暮らすとすると……詩織は、大好きなお姉ちゃんと離れ離れで暮らすことになる」


「お兄ちゃん……」


「なるほどー、小さい詩織ちゃんには理解ができないかもですねー」


 小さい妹や弟がいるからか、今野さんが理解を示す。


「それが可哀想だなって思ってたんだ。かといって、全員で同居するのもアレだし……だから、兄貴達の部屋の隣に住もうかと思って」


 兄貴と桜さんに相談したら、ものすごく喜んでくれた。

 俺がそう思えたことが、とっても嬉しいと。

 ただ、無理はしないでいいとも。


「そ、そうだったの!?」


「すまんな、春香。ただ、家のことがあるから無理かなと思ってた」


「いや、それは有難いですけど……いいんですか?」


「ああ、お前とお袋さんが良ければな。もちろん、家賃は払ってもらうが……安くすることを約束する。あとは退院祝いとして、手すりなんかもつけた方がいいか」


「わ、悪いっすよ!」


「何を言う? これからはお前にも負担をかけてしまうんだから、これくらいはさせてくれ」


 俺も頑張るが、どうしても近い方にいる人間が、鍵の開け閉めなどもするし……。

 定休日の店の換気や、掃除なんかもやりやすくなる。


「……ありがとうございます!」


「おいおい、礼をいうのは俺の方だよ。あと。期限は好きに決めて良いから」


「えっと?」


「いずれ、詩織が理解出来たなら……もしくは、春香が成人したら戻るかもしれない」


「お兄ちゃん……ありがとう!」


「うおっ!?」


 それまで黙っていた春香が、抱きついてくる。


「わたし、ずっと気にしてて……」


「ああ、わかってるよ」


「お母さんとお父さんのこと、詩織のことやわたしのことまで考えてくれて……」


「家族なんだ、それくらい当たり前のことだ」


「えへへ……」


「それに……可愛い奥さんのためだしな?」


「はぅ……」


 そう……今の俺なら、はっきり言える。


 みんなが俺の家族で、俺がみんなにとって家族なんだと。


 それを……ここにいる仲間と、春香と詩織が気づかせてくれたんだ。

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