第5話甘いものは、人を笑顔にする

 ひとまず、詩織を俺の布団に寝かせる。


 そしてコタツに入って、春香と二人きりになる。


 さて、まずはどうするかね。


 二人きりになるのなんか、何年振りだろう?


 いつからか、避けられるようになったし……。


 まあ、年頃の娘っていうのはそういうものかね。



「きょ、今日はお仕事ないの?」


「ん? ああ、前もって定休日にしてあるからな」


「ご、ごめんね、迷惑かけて」


「気にするな、転勤じゃ仕方あるまい」


「えっと、あの、その……」


「落ち着け、どうした?」


 何やらモジモジしているが……。


「お、お兄ちゃんは……」


「あっ、トイレか。悪い悪い、気が利かなくて。あそこだよ、洗面所の反対の扉」


「おっ」


「おっ?」


「お兄ちゃんのばかぁぁ——!」


「イテッ!?」


「違うもん! さっきしてきたもん! ……うわぁ〜ん!」


 そう言い、トイレに入っていった。


「あん? 結局トイレなのかどっちなんだ?」


 相変わらず、よくわからん奴だ。



 数分後、春香が戻ってくる。


「おっ」


「してないから!」


「まだ何も言ってないのだが?」


「うぅ〜……」


「わかった、わかった。俺がデリカシーがなかったよ」


「そうだよっ、わたしだって高校生なんだよ? け、結婚だって出来るんだよ?」


「はっ、小娘が。十年早いぜ」


 肩のあたりまで伸びた、傷みのない黒髪。

 服の上からでもわかる、均整のとれた身体のライン。

 目が大きく鼻筋が通り、小さい口元。

 身長も160くらいあるし、間違いなく美少女といってもいいだろう。

 それでも、まだまだ小娘に変わりはない。


「むぅ……子供扱いして」


「仕方ないだろ、十歳も離れてるんだ」


「お兄ちゃんは、すっかり大人の人だね……」


「そう見えるなら嬉しいことだな。実際になってみると、大して変わらない気もするがな」


「そういうセリフが大人って感じ……お、大人って言えば……」


「ん?」


「か、彼女とかいるの?」


「なんだよ、お前まで。兄貴と桜さんと同じこと言いやがって」


 やれ良い人はいないのかとか、結婚は考えているのとか。


「ど、どうなの?」


 少し不安そうな顔で、春香が上目遣いで見てくる。


「ははーん……さては、寂しいんだな? お兄ちゃんに彼女が出来るのが」


「ち、違うもん。これは妹として知る権利を行使してるだけです!」


「クク、それなら仕方ないか。いや、今んとこいないな」


 そういえば、もう二、三年いないな。

 自分の店をもって、それどころじゃなかったからなぁー。


「ほっ……そ、そうなんだ」


「いや、安心されても困るけどな。俺、もう二十六歳だから焦ってるんだが?」


 同級生の中には、結婚して子供もいる奴もちらほら出てきたし。

 先輩の話では、この辺りの歳を逃すと——あっという間に三十歳を過ぎるらしい。

 何それ、怖いんですけど。


「ま、まだまだ若いから平気だよっ!」


「いや、そんなことないから」


「さ、最近では三十歳でも普通だし、年の差婚だってあるし……」


「そんなこと言って、俺が中年になっても結婚できなかったらどうする? お前が責任とって結婚くれるのか?」


「ふえっ?」


 見る見るうちに……顔が赤くなってくる。


「お、おい?」


「へっ? な、なに?」


「いや、それはこっちのセリフだ。そこは突っ込むところだろ、冗談なんだし」


「冗談……」


「あん?」


「お兄ちゃんのばかぁぁ!」


 はやくも、本日二度目の伝統芸が出ました。

 一緒に住んでる頃は、よく言われてたよなぁー。



 その後、三十分ほどこれからのことを話していると……。


「ふにゃ……? ここどこ? ママ? パパ?」


「詩織、起きたのね。ここはお兄ちゃんの家よ」


「ママ……パパ……いないの?」


 今にも泣き出しそうになっている。


「詩織……ど、どうしよう?」


 俺は詩織を優しく抱き上げる。


「グスッ……」


「詩織、アイスでも食うか?」


「ほえっ?」


「甘くて美味しい物だ」


「食べりゅ……」


「よし、決まりだ。春香、行くぞ」


「へっ? お、お兄ちゃん?」


 詩織を抱っこしたまま、部屋を出て一階へと向かう。


「春香、俺のポッケに鍵が入ってるから取ってくれ」


「ぽ、ポッケ……し、失礼します」


 恐る恐る、俺のズボンのポケットをまさぐる。


「と、とれた……」


「その真ん中のやつで、ここを開けてくれ」


「コレ? うん、わかった……開いたよ」


「よし、では……俺の城へようこそ」


 扉を開けて中に入る。


「うわぁ〜……おしゃれなお店だぁ……!」


「すごいおっ!」


「はは、そうだろ。俺の自慢の店だからな」


俺の店は小さいイタリアンレストランだ。

カウンター席四つ、二人席が四つ、四人席が二つある。

 店内はそこまで広くないが、しっかりと席と席の距離は空けてある。

 自分が納得行くように、一千万もかけてリフォームした。



「さて、カウンター席に座ってもらうか」


「うん、わかった」


「詩織、ここで待ってろ。今すぐに美味しい物が出てくるからな?」


「あいっ!」


 詩織をカウンター席に座らせ、俺は厨房内に入る。


「アイスの三種盛りで行くか」


 冷凍庫から、バニラ、抹茶、イチゴのアイスを取り出す。

 それらをもって、カウンター席の前に向かう。

 ちなみに、カウンター席からは厨房内が見れるようになっている。


「あっ、おじたん!」


「お兄ちゃん、なにを作るの?」


「大したものじゃないさ」


 冷たいカップを取り出し、三種のアイスを綺麗に盛り合わせる。

 そこに黒蜜をかけて、きな粉をまぶす。

イタリアンではないが、個人店だからこその自由度だな。


「あいよ、お手軽アイス三点盛りの完成だ」


「わぁ……綺麗」


「た、食べてもいい!?」


「ああ、どうぞ召し上がれ」


「いただきます」


「いただきまつ!」


 二人が口を開けて、アイスを食べる。


 次の瞬間——笑顔が溢れる。


「ん〜! 美味しい!」


「おいちい!」


 やっぱり、悲しい時や辛い時は美味しいものを食べるのが一番だな。


 それが、俺の好きな料理の力ってやつだ。

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