2章 第3部 戦争の開幕

第94話 戦況報告

 レイジと那由他、そして結月とゆきの四人は関東アースのメインエリア内にある、人通りが少なそうな広場にいた。周りを見渡せば現実にもあるであろう、緑豊かな広場の光景が。広々とした敷地内にいろとりどりの花が植えられ、中心付近にはのどかな感じの池が。ここでならベンチに座り落ち着いて作業をしたり、のんびり会話を楽しんだりなどできるに違いない。

 今は平日の十五時ぐらいなので人通りはあまりなく、見かけてもちらほらといった感じだ。メインエリアは普通の一般人が多く利用しているため、そうそう物騒な話はできなかった。ゆえにできるだけ人目を避け行動するため、この場所に集まったのであった。

「さて待ち合わせの時間までもう少しあるので、今のうちに状況の整理をしておきましょう! ただ今事態はとても急変し、クリフォトエリアのいたる所で戦いが始まっています!」

 那由他は現状についてくわしく説明し始める。

「レジスタンスは日本のアーカイブポイント数か所を、ゼロアバターの部隊で攻略中。戦況は軍のデュエルアバター使いや高位ランクのエデン協会のおかげで、有利ですねー。ただ敵のゼロアバターの物量が尋常でないらしく、完全に鎮圧ちんあつするまで時間がかかるかと」

 数か所ということは国家のアーカイブスフィアが保管されているアーカイブポイントだけでなく、バックアップ用のメモリースフィアがある場所も狙われているのだろう。さすがにアーカイブスフィアの方は完璧な防衛網がかれているため、まだ手薄なメモリースフィアの場所が本命。なので陽動で戦力を分散させ、本命を一気にたたくという作戦のはず。

 国家のデータとなると桁外れの膨大さのため、初期化するだけでも相当の時間がかかってしまう。ゆえにレジスタンス側は、最悪その時間までに攻め落とせばいいのであった。

「次に狩猟兵団。彼らはこの関東アースを中心とするクリフォトエリアのいたるところで出没しゅつぼつしてますねー。有名どころの企業や財閥や、エデン協会にケンカを売ってるのか白神コンシェルンにまで! 中には特になにもなさそうなところにも現れたり、レジスタンスに混じって戦ってたり! もうお祭り騒ぎみたいな感覚で、どこも好き放題暴れてますよ!」

「え? そのレジスタンスと闘ってる人たちって、大丈夫なの? 身元がばれたくないから、みんなゼロアバターを使ってるのよね?」

「まあ、そこら辺りは狩猟兵団連盟が頑張って、依頼してきた側の責任とか言い張り誤魔化すのでしょう。特に今ならアポルオンメンバーである革新派がついてるため、裏の権力でもみ消せるはずですしねー」

 たとえ身元がばれレジスタンスに加担(かたん)した罪に問われても、狩猟兵団連盟のバックには革新派がいる。アポルオンの権力に対し、国や軍は言いなりになるしかないので捕まえることができないというわけだ。そのため狩猟兵団側は少しぐらい無茶をしても、おとがめがないということに。

「このクリフォトエリアの騒動、保守派の戦力も投入されてるんだよな?」

「ええ、日本が落ちれば、今の世界の秩序ちつじょ、バランスが大きく崩れる可能性がありますからね。保守派側からしてみれば、なにがなんでも阻止したい案件。結構人員を裂いたと聞いています」

「つまり今のところクリフォトエリアでの陽動は、完璧に機能してるってことか」

「もうどこも戦力を回せる余裕がない状態ですね。保守派が動かせる戦力を裂く、見事な策といっていいでしょう。まあ、いくら事態が厳しかろうと、敵の本命さえつぶせばこちらの勝ちです! 向こうも陽動に戦力を分散させてるので、投入できる人員は限られてるはず!」 

 那由多は手をぐっとにぎり、明るく笑う。

「確かに」

「ふっふっふ、実はあちらの戦力の話で朗報ろうほうがあるんですよね! 先程報告した通り、現在アビスエリアの上位序列ゾーンで、革新派側が戦力を呼べるだけ呼び防衛網を敷いています。まるでなにかの作業を妨害させないみたいな感じで!」

レイジたちが現実に戻ってから、森羅たちが上位序列ゾーンで動いていたらしい。なにやら下準備をしているのは明白だったため、残った保守派側の戦力が集められたとか。ゆえに今、革新派と保守派側の戦力がぶつかっているころ合いだろう。

「その中にはなんとアーネストさんとシャロンさんの目撃情報が!」

「ということは今から向かう場所に、二人はいないってことか。ははは、これならこちらの戦力でもなんとかなりそうだ」

 レイジが最も危険視していたアーネストがいない分、かなり楽になったといっていい。なぜかというとレイジたちが今から向かおうとしている場所は、彼らがいるアビスエリアではないのだから。

「おそらくあの二人も保守派側を引き付ける陽動! 彼女たちは革新派の主要メンバーなので、あとは災禍さいかの魔女があたかもなにかをやってるように見せて置けば、本命と見らざるおえませんからねー」

 アポルオンにとって聖域と呼ばれる場所。災禍の魔女の目撃情報。極めつけは革新派を束ねる二人みずからが出向いたとなると信憑性は高まるしかない。

 たとえ陽動であるという可能性にたどり着いても、もしそこが本命だった場合取り返しのつかない事態になることは明白なため、放っておくわけにはいかないのだ。

「現状の状況説明はこんなところでしょうか! あとはゆきちゃんが割り出してくれた敵の本命の場所に向かうという形になります!」

 アビスエリアから戻ったあと、ファントムがコピーしたメモリースフィアを回収して、ゆきのアーカイブポイントに届けていた。やはりこれほどのデータを解析かいせきするにはそれ相当の腕が必要。となるとSSランクの電子の導(みちび)き手であるゆきが適任となり、結果ファントムの助言通りになったのだ。

 もちろんゆきはアポルオンについて知らないし、くわしい事情も話していない。さすがに彼女をアポルオンの戦争に巻き込むわけにはいかないので、依頼の背景は教えずデータ解析の仕事として依頼していた。

 ちなみにこの依頼に対しゆきはノリノリで引き受けてくれたという。世界の裏事情などには興味を示さず、ただエデンの隠された世界にだけ興味深々といったふうに。

「クリフォトエリアの十六夜いざよいタワー。実はあそこって前々から怪しいと思ってたんだぁ。なんか違和感があるというかさぁ。そこにくおんたちの持ってきたクリフォトエリアのデータを解析してみると、まさにビンゴ。アビスエリアとクリフォトエリアをつなぐ一本のラインを見つけたってわけぇ!」

 ゆきは腰に両手を当て、そのつつましい胸を張る。

 実はゆきも以前からクリフォトエリアの十六夜島を独自に調べていたらしい。なんでも改ざんを使って調べると、構造上のシステムがかなり複雑になっているとか。現実の十六夜島の重要さ、近くにエデン財団のアーカイブポイントがあるということでさらにその怪しさは膨れ上がっていくばかり。調べればなにか面白いことがつかめそうという経緯けいいだそうだ。そして調べていくうちにクリフォトエリアの十六夜島にある、十六夜タワーに違和感があるとぎつけていたとのこと。十六夜タワーは天高くそびえる超高層ビルで、十六夜島のシンボルの一つとして有名な場所であった。

「あそこはいわばアビスエリアとクリフォトエリアを結ぶ、起点になってる場所。もし中のシステムをいじることができたら、なにかしらの狂いがおうじるだろうなぁ」

「あはは、まさしくわたしたちが欲しかった答えがそれでした! もう、那由他ちゃんのエージェントとしての勘(かん)が、そこだとうったえてるほどなんですからねー!」

 手をポンっと合わせ、自信満々に微笑む那由多。

 おそらく当たりだろう。アーネストやシャロンをアビスエリアで陽動に使っているところから見ると、もはやそことしか考えられない。

「このことは保守派側に報告したんだよな?」

「ええ、ですがこの話も可能性があるというだけ。確定した情報ではないため、戦力をそうそう割けないんですよ。アポルオン側の戦力には限りがありますからねー。それに序列二位当主が、アビスエリアでの防衛を強く要請ようせいしてるためなおさら。一応とっておきの助っ人は用意してもらってますので、確証が取れ次第こちらに加わる形となります!」

 序列二位当主ということは保守派の計画が関係しているはず。もしかするとブラックゾーンをなにがなんでも守っておきたいのもしれない。

「まずはオレたちアイギスと、用意した戦力でどうにかするしかないってわけか」

「ふっふっふっ、この戦いのために頑張って戦力を集めましたからねー! あとは彼らの到着を待って乗り込みましょう! もうすぐ来るはずですし! ――おや、うわさをしていれば!」

 那由多の視線をたどると、かき集めた戦力がレイジたちの方に向かってきていた。


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