第79話 アポルオンの真実

「もちろん。ではまず初めに、どうしてアポルオンという組織が生まれたと思いますか?」

「一応、世界を自分たちの思い通りに支配するためって聞いたんだが……」

「ふふ、もし私欲で世界を支配しようとしていたならば、私たちは悪そのものでしょうね。久遠さんが敵視するのも無理はありません」

 ルナは口元に手をやり、おかしそうに笑いながらも納得を。

 どうやらレイジがアポルオンに抱いていた印象には、思い違いがあったみたいだ。自分たちの思い通りに世界を支配するといっても、そこにはなにかしらの動機があるはず。そう、その支配によって生まれるなにかが。ルナの反応からみるに、アポルオンの思想はそこまで私欲にまみれたものではないらしい。

「ですがアポルオン創設者である序列一位の家系、アルスレインが目指した理想はもっときれいなもの。ただその過程で世界を支配することになりましたが、ちゃんとした大義名分があるんです」

「それはいったい?」

「――すべてはよりよき世界のため。人類が道を踏み外さず、存続し続けられるようにみちびく。これこそアポルオンが目指す理想なのです」

 ルナは静かに目を閉じ、胸に手を当てながらアポルオンが目指した理想をつむぐ。

 その口調から、どれだけアポルオンの理想を想っているのかがわかる。きっと彼女はそれが正しく崇高すうこうなものだと信じているみたいだ。

「考えてみてください。もしアポルオンという組織がなかったら、今ごろ世界はどうなっていたのかを」

「――えっと、世界はかつての窮屈きゅうくつな世界じゃなく、もっと人が自由に生きていけたんじゃないのか。だって政府側がアポルオンの要求をのまずに済むおかげで、セフィロトが開発されず管理された世界が生まれないわけだし」

 セフィロトの計画はアポルオンがその権力を使い、推し進めたもの。ゆえにもしアポルオンが存在していなかったら、この世界の形自体成り立たない。上の者が下の者を従わせる抑圧された社会システムがないため、誰もが上にいくチャンスをつかめる当たり前の世の中。そこには九年前と違い、人々に自由と活気があふれていただろう。

「でしょうね。人々はなににも縛られることなく、自分たちが望むよりよい未来を求め続けられる……。――ですがその結果、この世界のようなバランスを保っていられるでしょうか?」

「――そ、それは……」

 ルナのするどい指摘に、レイジは反論できなかった。彼女の言う通り、その答えは否なのだから。

「久遠さんが思った通りです。争いがない平和な世界が続くなんてあり得ない。なぜなら引き金なんて山ほどある。国益や政治、国家間のパワーバランスによる国同士の軋轢あつれきはもちろん、資源の枯渇こかつや人種問題など数えきれず。結果人々は築いてきた秩序を破壊してでも、欲望のために争い続けてしまう」

 悲しげな瞳で事実を告げるルナ。

 争いがない平和な世界が続いたとしても、それがいつまでも続く保証などどこにもありはしない。これまでの人類の歴史がその証拠。なぜなら人類というものは、常に繁栄はんえいを求める生き物。よって自分たちの利益を求めずにはいられないのだから。

「これらはいづれ経済を狂わし、戦争にまで発展するでしょう。そして最悪、人類そのものが滅びの道に突き進んでしまうかもしれません。そう、すべては人類が一つにまとまっておらず、国という区切りで独立しているがために」

 彼女はこれらすべてをある一つの要因にまとめた。争いが起こるのは人類に複数の国家が存在し、それぞれが独立して動こうとするから。そのためどうしても自分たちのことだけを考え暴走し、秩序ちつじょを破壊してしまうのだと。

「もしかしてあんたたちはその区切りをなくすために、世界の支配を?」

「はい、人類を間違った方向に進ませないためにも、誰かが世界をまとめなければならないのです。絶対的な秩序を敷き、管理しなければ人類は滅びの道をたどってしまうのだから……。ゆえにそのためのアポルオン。国家の利益にまったく興味がなく、公平な目線で統治をおこなえる我々だからこそ、人々を正しき存続の道へと導くことができるのです」

 確かに世界を一つにまとめる役割をになうにあたり、アポルオンほど適した者たちはいないだろう。彼らは国家とは関係ない、財閥を取り仕切る企業家たち。よって争いの火種となる国益などの要因をかえりみず、ただ人々を第一とした考えで推し進められるはず。

「久遠さん。ご理解いただけたでしょうか? 我々アポルオンが、決して私利私欲のために世界の実権をにぎっているわけではないということを」

「――なるほど……。アランさんが、アポルオンから自由な世界を取り戻すみたいなことを言ってたから、てっきり完全な悪者だと……、ははは……」

 すごい勢いで勘違いしていたことに、頭をぽりぽりかいて笑うしかない。

「ねえ、久遠くん。もしかして私のことを悪の幹部の娘みたいに思ってたんじゃ?」

 レイジのこれまでのは反応に、結月はジト目でたずねてくる。

「――ははは……、わるい、少し思ってた……」

「やっぱり……。早いうちから誤解が解けて、よかったよ」

 ほっと胸をなでおろす結月。

「確かにアポルオンと関係のない者たちから見れば、自由を束縛そくばくした世界に映るかもしれません。ですがそれにより得られる恩恵おんけいは数知れず。さらに私たちだけでなく、未来の子孫たちにも当てはまるのです」

「まあ、そういう側面からみると、納得してしまいそうになるな」

 アポルオンの支配には今だ否定的だが、それによって人類の存続が守られるのであれば決して悪いこととはいえなかった。もし彼らがいなければ今ごろ、国家間のバランスが崩れ経済が混迷し、戦争が後を立たない酷い世界になっていた可能性もあるのだ。ゆえに見方次第ではアポルオンに世界をまとめてもらい、ずっと人類を存続へと導いてもらった方がいいのではと。

「となるとセフィロトのコンセプトは支配するためでなく、人類を一つにまとめるために作られたというわけか」

「はい、セフィロトの設計自体は割と早くから考案され、研究し続けられてきました。なのでセフィロトを世に発表するずいぶん前から、もうそのひな形であるプロトタイプが完成していたんです」

 セフィロトの計画が発表された当時では、こんな早くにこれほどまでの技術を実現できたのかと驚かれていたらしい。それもこれもアポルオンが自分たちの理想を実現するため、ずっと昔から開発に取り組んだ賜物たまもの。おそらく十六夜市や十六夜島も、セフィロトを生み出すために用意された場所なのだろう。

「アポルオンの理想のかなめになるから、すごく力を入れられてたって話だもんね」

 セフィロトのシステムを使えば、人類を管理しまとめることは容易い。あれは世界中の全データを掌握しょうあくしているため刃向かうなど到底できない。しかも今度は国だけでなく、企業や財閥たちさえも傘下としてまとめあげることが可能。もはやアポルオンにとって夢のようなシステム。セフィロトが完成した時点で、彼らの計画はほぼ達成されたといっても過言ではないだろう。

「そうです。そのおかげで今やアポルオンの理想は体現された。あとはこれまで通り、この秩序による世界を存続させるだけだったんですが、パラダイムリベリオン……。そしてなにより……」

 今まで誇らしげにかたっていたルナであったが、口調に影が。

「革新派まで動き出してしまったというわけか」

「ええ、お恥ずかしいことなのですが、今のアポルオンはパラダイムリベリオン以降、統制がとれていない状況……。自分たちの本来ある役目を忘れ、中、下位の序列の者たちが地位向上のためクリフォトエリアで争っている。中には革新派みたいな派閥ができる始末。まったくなげかわしいことです、――はぁ……」

 ルナは頭を抱えながら、大きなため息をこぼす。

 彼女がうれうのもしかたない。セフィロトによってアポルオンの計画が順調に進んでいる中、まったく予想外のパラダイムリベリオンが起こり自体が急変。完璧だった管理がデータの奪い合いで狂い、狩猟兵団なんてものが生まれる始末。まだほかのところがデータを奪い合うならまだしも、そこにアポルオンメンバーまで参加するにいたるとは。そして内部の統制が乱れ始めたと思ったら、極め付けには革新派のクーデター。今やアポルオンの状態は最悪といってよかった。

「久遠。革新派の口車に乗らないようにしろよ。奴らは結局のところ、自分たちの利益のために動いている連中だ。そこに人々のことなど入っていないはず」

「富と権力を求める欲望に、限界はありませんからね。パラダイムリベリオン以降の力を手に入れることができる舞台に目がくらみ、歯止めがきかなくなったのでしょう」

 いくらアポルオンという強い理念にのっとった組織に属していたとしても、彼らは企業家。こんなデータが奪い合える今の世界だと、たがが外れ自分たちの利益を求めてしまうというわけだ。セフィロトの不具合が発生している今だけしか、序列を上げる機会がないのでなおさらに。

「そっか、これで大体のことは把握はあくできたよ」

 彼女たちの話に納得していると、突然生徒会室の扉が勢いよく開いた。

「おっじゃましまーす! 伊吹ちゃんからのラブコールのため、那由他ちゃん、参上さんじょうしましたよー!」

 なんと現れたのは那由他。彼女は手のひらを伊吹に向け、得意げにウィンクしながら元気よくあいさつを。

 どうやらレイジたち同様、那由多も呼ばれていたらしい。

「おい、誰がラブコールを送ったって? 毎度毎度いい加減なことばかり言っていると、仕舞に締めるぞ?」

 那由他のハイテンションでの宣言に、伊吹いぶきはドンっと机をたたき青筋を立てながら文句を口に。

 見るからに不機嫌そうで、歓迎する気がない。面倒な奴が来たと、うんざりしている感じであった。

「あはは、伊吹ちゃん、テレ隠しですかー? もうー、かわいいですねー!」

那由多は伊吹の背中をバシバシたたきながら、フレンドリーな笑みを。

 もはやゆきの時と同じく、まったくひるんでいなかった。

「クク、那由他の言いたいことはよくわかった! だから今すぐ体育館裏に来い。そこで引導を渡してやる!」

 伊吹は勢いよく立ち上がり、拳をにぎりしめながら那由多に詰め寄った。

「いやー、伊吹ちゃんは相変わらずの、ツンツン! ほんと、いつになったらこのわたしにデレてくれるんでしょうか? 執行機関育成所からの長い付き合いだというのにねー」

 しかし那由多はまったくりた様子もなく、やれやれと肩をすくめいつもの調子で続ける。

 二人のやり取りを見ていると、彼女たちの関係がわかってきた気がする。真面目な伊吹に、那由他がちょっかいを掛けて面白がっているみたいな。伊吹は不服だと思うだろうが、なんだか仲がいいように見えてしまっていた。

「わるい、ルナ。もう限界だ……。生徒会室で流血沙汰ざたはまずいと思うが、ここで那由他を……」

 プルプルと震えながら、どこからともなくナイフを取り出す伊吹。

「伊吹、なに物騒な物を取り出してるんですか? お客様として来てくれたのに失礼ですよ」

「――クッ、だからこいつは呼びたくなかったんだ。ルナに命令されなきゃ、連絡なんて絶対しなかったのに……」

 ルナに言い聞かされ、伊吹はナイフをしまいながらしぶしぶ怒りをこらえたみたいだ。そして彼女は席に戻り、紅茶を一気に飲みほす。

「那由他さん、お茶をすぐに用意しますので、席に着いてゆっくりくつろいでいてください」

「ルナさん。ありがとうございます! ではでは! みんなでお茶会としゃれ込みましょう!」

 そんな伊吹の気も知らず、那由多は彼女のすぐ隣に座りなにやらはしゃぎだす。

 するとまたもや怒りをあらわにする伊吹。

「おい、やるのは今後についての話し合いのはずだろうが!」

「まあまあ、伊吹ちゃん、そう固いこと言わずにー。もうおやつの時間なんですから! 実は那由他ちゃん、さっきまでずっと働きっぱなしだったので疲れてるんですよー。まずは糖分補給させてくださーい!」

 那由他は机にぐったりうつせになりながら、足をぶらぶらさせ子供みたいにねだり始めた。

「ふふ、そうですね。真面目な話は少しゆっくりしてからにしましょう。私個人としても、もう少し皆さんとお話していたいので」

「――クッ、ルナまで……」

 空気を読まない那由他にもう反対していた伊吹だが、ルナまで乗り気になってしまったため受け入れるしかないみたいだ。

「私もルナさんともっと話をしてみたい!」

 結月もぱぁぁっと顔をほころばせ、同意を。

「異議なーし! 女子会みたいに盛り上がっていきましょう!」

「では、紅茶のおかわりと、あとお茶菓子も用意しますので、もうしばらくお待ちください」

 ルナはお茶を用意しようと、再び立ち上がる。

 もはや話が変な方向に。このままでは女の子四人に男一人という気まずい事態におちいりかねない。年ごろの男子として、かわいい女の子たちに囲まれて過ごすのは夢のような話であるが、その空気に耐え切れる自信はなかった。なのでレイジは。

「――あ、じゃあ、オレはそういうことで……、あとは任せた、那由他に結月!」

「レイジ!?」

「久遠くん!?」

 呼び止められたが振り向きもせず、レイジはさっそうと生徒会室をあとにするのであった。

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