第34話 逃走劇

「くわしく状況を説明してくれ」

「さっきの戦いのどさくさにまぎれ込んで、急接近して来た奴がいるー。今は後方のビルの物陰から、こちらの様子をうかがってるよぉ」

「結構派手にやり合ってたから、引きつれてしまったようだな。距離は?」

 銃声はもちろん、先程の第二世代の少年が起こした破壊音はかなりのもの。その音を聞きつけ、新たな敵が漁夫ぎょふの利狙いで来ていてもおかしくなかった。

「あー、割とすぐそこぉ。もしかしたらすぐさま襲ってくるかもだから、気を付けてねぇ」

 ばつの悪そうな口調でゆきは説明する。

「おい、なんでそこまで接近を許してるんだよ。ゆきのことだから常にここら一帯は索敵してたはずだろ?」

 戦闘音を聞きつけ、敵が来る可能性は確かにあった。しかし現在レイジたちには、SSランクの電子の導き手であるゆきがついているのだ。そんな彼女が索敵してくれているため安心しきっていたのだが、まさか期待を裏切られることになるとは。

「う、うるさい! ゆきだってゆづきの護衛するのに集中してたから、気付くのが遅れたんだぁ! それに今回は相手も悪かったんだし、ゆきはなにも悪くないもん!」

 レイジの抗議に、ゆきはワーワー言いながら正当化を。まるで子供が必死に言いわけするみたいに、少し微笑ましい感じでだ。

 確かに索敵や通信などのサポートのほかに、遠隔でのガーディアン操作までやって結月を護衛してたのだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 このまま責めてもかわいそうなので、なだめてやる事に。

「わかった、わかった。ゆきはなにも悪くない。いつも頼りになる剣閃けんせんの魔女様だ」

「――だ、だよねぇ! うんうん、ゆきほどの天才だって、たまにはミスの一つや二つはさぁ」

 レイジのフォローに、ゆきは力強く同意しいつもの自信に満ちた彼女に戻ったようだ。

「で、相手が悪かったってのは?」

「うーんとぉ、相手も改ざんの力が使えるみたい。だからゆきの索敵に対し、ステルスを張って身をひそめていたんだぁ。こんな遠隔でじゃなく、くおんたちのそばでサポートしてたらすぐさま気づけたのにー」

 ぐぬぬと悔しそうに説明してくれるゆき。

 ステルスとは改ざんによって使える技の一つ。使用者の力量分、敵の索敵の網に引っかかりにくくできるのだ。これで敵の索敵をバレずにかいくぐり、うまくいけば奇襲を仕掛けることが可能であった。ただこのステルス状態は索敵にだけであり、使用者が透明になれるとかではない。なので目視では簡単に見つかってしまうのであった。

 一応このステルスは本人だけでなく、すぐ近くにいる仲間にも付加することができるらしい。

「改ざんが使えるか。となると……」

「演算力が高いと見ていいなぁ。それにこれはゆきの予想だけど、相手はかなりのウデだと思う。位置取りとか、改ざんの慎重しんちょうさからみてもすごく慣れてる感じだし、Aランク上位は間違いないねぇ」

 実際改ざんの力を使える者はエデンとの親和性が非常に高く、高度な作業を可能にする。そうなるともちろん演算力の方も高いということ。ゆえに同調レベルやアビリティがやっかいなレベルになっていて、手強い相手になることが多いのだ。

「ははは、それは楽しみだ。さっきの奴らはいまいちだったから、今度こそ全力で」

「はぁ……、マジでこのバカをどうにかしてほしいよぉ」

 レイジが最後まで話す前に、ゆきがあきれ口調でさえぎってきた。

「なんだよ」

「あのなぁ、ただでさえさっきの戦闘でこの場所は目立ってるし、敵側の仲間が近くにいるかもしれないだろぉ。それにこっちにはゆづきがいて、しかもくおんたちの依頼はゆきのところに来ること。言いたいこと、わかるー?」

「……つまり敵を振り切って、逃げろってことか?」

「そうそう、くおんは絶対戦いたがってると思うけど、今はゆづきと共にゆきのところに来るのが最優先。そこでまたやり合って、面倒な奴を引きつれて来られても困るしー、さっさと逃げてきやがれー」

「――まあ、仕方ないな。楽しみはアラン・ライザバレットの件まで取っておくとするか」

 ゆきの命令をしぶしぶ受け入れることにする。

 彼女のいうことはまったく持って正論なので、反対しようがなかった。

「わかってると思うけど、ゆきのアーカイブポイントがバレたらどうなるか理解してるよなぁ。あと、このひきこもり主義のゆきを、助けに行かせるなんて事態になってもただで済まさないからぁ。その場合、一生ゆきの下僕にでもなってもらうもん!」

 ドスを聞かせた声でいい放ってくるゆき。

「それなんかすごく理不尽じゃないか? なんで一回のミスでそこまでしないといけないんだよ」

「ふふん、文句言うなぁ。このゆきの下僕になれるなんて光栄のきわみだろぉ。――さっ、ゆきが屋上まで飛ばしてあげるから、その場所を一気に離脱してぇ」

 ゆきは得意げに笑いながらも、次の行動を指示してくる。

「はぁ……、わかった。相手も改ざんが使えるんだから、その対策は任せたぞ」

「当然だぁ! 二人を索敵できないようにしとくから、これで改ざんによる追跡はできない。じゃあ始めるねぇ」

「ということだ、結月」

「あのー、いきなり前振りされても困るんだけど……」

 レイジの急な前振りに、結月は戸惑いを隠せないでいた。ただその雰囲気からなにかよからぬことを感じたのか、かなり引き気味である。

「大丈夫、結月はじっとしてくれてるだけでいい」

「実際これかなり疲れるんだけど、状況が状況だから使ってあげるー。ありがたく思ってよねぇ」

「あはは……。嫌な予感しかしな……、きゃっ!」

 ひきつった笑みを浮かべて困惑している結月を、レイジはお姫様抱っこをするように抱えた。そして地面を思いっきり蹴り、跳躍ちょうやく。デュエルアバターの身体なのでその身体能力はすさまじく、ビルの二階付近まで軽く飛び上がった。

 だが結局はそこまで。レイジの現在のジャンプ力では到底ビルの屋上まで届かず、このまま地面に着地してしまうのがオチだろう。しかし今はゆきが手を貸してくれているので、そうはならなかった。ワシのガーディアンが真横まで来た途端、見えない不思議な力がレイジたちをさらに上へと押し上げてビルの屋上へと運ぶ。

 これはワシのガーディアンを介して、ゆきがアビリティを発動したために起こった出来事。もちろんいくら改ざんの力を使ったとしても、こんな芸当はSSランクでもかなり難しいはず。だがゆきは改ざんに関して天賦てんぷの才を持っているので、こんなこともできてしまうのだ。ただこの遠隔でのアビリティによる疲れはそうとうらしく、あまり使いたくないのだとか。

 こうしてゆきのアビリティにより、六階建ての廃ビルの屋上へとたどり着くことに成功する。

「え? 今のなに!? う、ううん、そんなことよりも私、く、久遠くんに……、お、おお、姫様抱っこをっ!?」

 結月は現状の事態を理解できていないのか、あたふたしている様子。そしてレイジにお姫様だっこされていることに気づき、顔が見る見るうちに真っ赤へと。しだいには湯気が出てきそうな勢いであった。

「結月、今から全力でこの場を離脱するから、少しの間だけ我慢してくれ」

「あ、は、はい……、わかりました……。お、お願いします……」

 なぜか敬語で話してくる結月。今だあぜんとしている様子で、思考がうまくまわっていない様子。

「……お、落ち着け、私。こ、これはその、なんていうか……、緊急事態だから……、し、仕方ないよね……、うん……」

 なにやら結月が小声でぶつぶつとつぶやいているが、今は逃げる方が先なので放っておくことにした。

 辺りを見回し、屋上間を飛び越えていけるルートを探しだす。

 かなりあらっぽいがこうすることで一気にショートカットでき、相手を振り切れるという寸法だ。そしてある程度距離を稼いだら、後は地上に降りて再びゆきがいる場所に向かえばいい。もし飛距離が足りなかった場合はゆきのアビリティでまた運んでもらえばよく、高低さが多少あったとしても少しの落下ダメージを受けるだけなのでなんとかなるはずだ。

「よし、このルートならいけそうだな。ゆき、危ない時はさっきので手助けしてくれ」

「はぁ……、わかってるー。これ疲れるんだから、出来るだけ自力で頑張ってよねぇ」

 ゆきのだるそうな返事を聞いてから、早いとここの場から離脱しようとする。

 その直後さっきまでおかしかった結月が、目を見開き叫んだ。

「久遠くん!? う、後ろ!?」

「なっ!?」

 後ろを振り向くと、フード付きのマントを身に着けた少女がビルの屋上に飛び込んで来た。どうやらレイジたちが飛んだ後、この少女もすぐさま地上からここまで上がってきたらしい。

 ビルの階段を使って登ってくるならまだしも、まさかレイジたちみたいにショートカットしてくるとは予想外というしかなかった。

き通ったひも?)

 レイジはふと気づく。ビルの屋上に設置されていた看板に、透き通ったロープといっていいひも状のものが巻き付けられているのを。おそらくあれはアビリティによるものだ。きっとその特性をうまく使い、ここまで上がって来たのだろう。

(アレってどこかで見たような……。って、まさか!? いや、それよりも今は逃げるべきだ!)

 一瞬、あることが脳裏に浮かび上がるが、すぐさまかき消す。今は考えるよりも、とりあえず逃げるべきだと判断したからだ。

「結月、しっかりつかまってろ。とばすぞ!」

「うん!」

 結月を抱えたまま駆け出し、レイジはワシのガーディアンを追従させながら廃墟のビル間を飛び越えていった。

 こうなってしまったらもはやスピードで振り切るしかない。こちらは結月を運んでいるので、武器を手に持つことができず応戦できないのだから。後ろを振り返らず次々とビルの屋上を飛び移り、風のごとく疾走していく。レイジのデュエルアバターはスピードを重視したカスタマイズをしているので、速さには自信があった。

 結月は振り落とされないようにレイジの首の方へ手を回し、ぎゅっとしがみついている。その結果、上半身になにかすごい柔らかい感触が押し付けられる感じに。そう、これこそ結月の服の上からでもわかる豊満ほうまんな胸に違いない。もしこんな状況でもなければ過剰に意識していたかもしれないが、さすがに現状そんな余裕はなかった。

 ちなみにアバターの身体でもエデンでは現実と同じようにこと細かく再現しているので、女の子特有の柔らかさや体温、呼吸なども完全に再現されているのだ。

「結月、後ろを確認できるか?」

「――あ、うん、ちょっと待ってね。――ッ!? 久遠くん、すぐ横!?」

「チッ、マジか!?」

 結月の慌てた声を聞いて、視線を左に移す。

 そこには透明な槍を手にした謎の少女が、レイジたちの真横に。しかもすでにこちらをとらえており、槍の一撃を放つ寸前。この距離だと回避は間に合わず、刀を使えない以上防ぐ手立てはない。せまりくる槍を前にレイジは叫ぶ。

「結月!」

「任せて!」

 薙ぎ払ってくる槍の攻撃を受け止めようと、結月は手を前に突き出し氷の盾を生成。

 次の瞬間、槍と氷の盾が激突。火花が散り衝撃音が響く。

 ギリギリのところで防ぎきることに成功したようで、レイジはすかさず謎の少女との距離を離すため方向転換し別のルートに切り替えた。

「うまく当てられるかわからないけど、反撃するね」

 結月が攻撃の意思を示してすぐ、レイジたちの周りに五本の巨大な氷柱(つらら)が現れ、標的目掛けて飛翔ひしょう

 対象を串刺しにしようと降り注ぐ氷杭ひょうこう。当たれば大ダメージはまのがれない空を駆ける凶器だったが、謎の少女はその四本を難なくかわす。そして直撃コースの最後の一本を槍で受け流し、対処しきってみせた。

 結果、標的を見失った氷杭はそのまま廃墟のビルを食い破り、建物を粉砕ふんさいしていくだけでおわってしまう。

「――そんな……。まったくきいてないなんて……」

「アレを軽くしのぐとは、相当の腕前だな」

 逃げながらも一部始終を目撃したレイジは、冷静に分析。

 今の身のこなしから見て、相当のウデ前を持っている相手のようだ。あれならばランク上位は間違いなく、戦ったとなるとさっきと違って苦戦を強いられるかもしれない。そしてなによりやっかいなのは、あの少女の速さ。先に逃げたにもかかわらず追いつかれたとなると、スピードでは彼女の方が上。ゆえにまたすぐ追いつかれることになるだろう。

 案の定、謎の少女は追撃しようと 、レイジたちとの距離をどんどん縮め接近してくる。

「ははは……、まずい。相手の方がスピードが上だなんて、これだと逃げきれないぞ」

 ゆきにガーディアンで足止めを頼むこともできるが、やられた場合レイジたちは移動をかなり制限されてしまうので論外。なによりあれほどの力量を持っているとなると、ガーディアンでは時間稼ぎにもならない可能性が。

 よってレイジはある決断を。

「ゆき、この場合仕方ないだろ。追手を仕留める。いいな?」

「あーあ、しかたないかぁ。くおん、そこから二時の方向に広い駐車上のスペースが見えるだろぉ。そこに向かって思いっきり跳べ」

 ゆきの言った方向を見ると、すぐ近くに廃墟と化した大型ショッピングモールの駐車場があった。どうやらあそこで戦えということらしい。

「わかった。着地とか全部任せるぞ」

「く、久遠くん、まさかここからあそこまで飛び降りる気!? ちょっと待って! 心の準備が!?」

 結月がこれから起こることを察し、あたふたし始める。

「ははは、そんな時間ないから無理だ。行くぞ!」

「キャーーーーっ!」

 そしてレイジは八階建てのビルの屋上から、駐車場目掛けて飛び込んだ。すると即座にまた見えない力がレイジたちを押し出し、駐車場の真ん中の位置まで吹き飛ばす。目的地の上空まで来たので、後は急降下するだけ。レイジたちはそのまま落下していき、地面へと吸い込まれていった。

 結月といえば悲鳴をあげながら、さっきよりさらに力強く抱き付いてきている。命綱なしのバンジージャンプみたいな感じなので、怖いのは当然のことだろう。

 地面にぶつかるあと少しのところで、ワシのガーディアンがレイジたちのすぐそばまで近づいて来る。それと同時に今までの急降下による勢いが、徐々に弱まっていった。最後の方には、まるで宙を浮いているかのような感じといっていい。これにより地面に足が着くころにはまったく勢いがなく、ゆっくりと着地できた。

「こ、こわかったよー……」

「結月、少し離れといてくれ。あいつの相手はオレがする」

 胸をなで下ろしている結月を地面に降ろしながら、レイジは前へと出る。

 後方には廃墟と化した大型ショッピングモール。そしてその手前の駐車場はかなりのスペースがあり、さびついて半壊している車があちこちに停まっていた。レイジたちはそんな駐車場のど真ん中にいるので、辺り一面を見渡せる。これならばほかの相手が来たとしても、すぐに目視で確認でき対処もしやすいというものだ。

「ゆき、ここら一帯を念入りに索敵しといてくれ。もしかするとかなりの大物が、乱入してくるかもしれない」

「いいけどぉ、相手に心当たりでもあるのかぁ?」

「ああ、下手したらものすごくやばいことになりそうだ」

 さっきのアビリティには身覚えがあった。さらにあの少女の動きはどこかあの子に似ていた気がする。なので事と次第によっては、レイジのよく知る人物が出てくる恐れがあるのだ。そうなってくると結月を気にして戦うなんて余裕は、一切なくなってしまうはず。

「あー、もぉ! じゃあこっちも策をこうじるから、少し待ってて!」

 ゆきはそんなレイジの深刻そうな口調から、かなり危機的状況だということを察してくれたらしい。重い腰を上げて、いろいろと動いてくれるみたいだ。

「頼んだ」

 そうこうしているうちに前方から、謎の少女がレイジたちの方へと歩いてくる。

 彼女もあれから屋上を降り、きっと少し前までこちらの様子をうかがっていたに違いない。今はレイジたちが逃げるのを止めたと判断し、戦うためこの広い駐車場という名の戦場に真っ向から乗り込んできたのだろう。

「逃げるのは止めにしたんですか?」

 聞き覚えのある声だった。やはりレイジの予想は的中したらしい。

 なので昔のように、目の前の少女へと話しかける。

「ああ、さすがに逃げてばっかだと、先輩としての威厳が落ちるだろ。だから相手してやるよ、光」

「アハハ、やっとその気になってくれましたか! レイジ先輩!」

 フード付きのマントを脱ぎ捨て現れたのは、かつてレイジが狩猟兵団レイヴンに所属していた時の後輩、西ノ宮光であった。



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