第9話 アポルオンのパーティー

 時刻は二十時。夜空には雲が晴れ、星々があちこちでかがやいている。そんな空の下のもと、現在華やかなパーティーが行われていた。ここは広大な敷地を有している、バカでかいお屋敷。その建物の目前に広がるおしゃれな街灯やオブジェ、さらには噴水ふんすいまである緑豊かな庭園内。いくつものテーブルの上には料理や飲み物が並べられ、正装をした多くの人々で賑わっている。

 今行われているのは、世界を裏で支配するアポルオンのメンバーが集まるパーティー。さすが世界屈指の財閥や政治家などの権力を持つ者が集まっているだけあって、誰もが気品を持っており、優雅に談笑などをしている。その光景は裏の仕事をこなすエージェントである自分にとっては、もはや場違いにもほどがあった。

 高等部一年の少女、長瀬ながせ伊吹いぶきは思わずため息をついてしまう。現在伊吹はこの場に似合わないスーツ姿で、ある人物を護衛しているところだ。ただここの警備は厳重すぎるので、自分のような人間は本来必要ないのだが、念には念をである。なぜなら最近のアポルオンはいろいろと不安定な状態ゆえに。しかし実際のところは護衛対象であり、親友の少女に一緒に来てほしいと頼まれたからなのだが。

「やはり、こんなはなやかすぎる所は自分に合わないな……」

 伊吹は夜空を仰ぎ見ながら、自嘲じちょうの笑みをこぼす。

 そして視線を護衛対象に向けた。そこには自分と同い年のきらびやかなピンクのドレスを身に着けている美しい少女。ルナ・サージェンフォードが、何人もの大人やそのご子息、ご令嬢に囲まれて談笑していた。この光景はかれこれパーティーが始まってからずっと続いているのだ。ルナが一通りあいさつと談笑を済ませたかと思うと、次から次へと声をかけられていく。だが彼女は疲れた顔一つせず、全員に完璧な対応するのであった。

 しばらく眺めていると、ルナが伊吹の視線気づき近づいてきた。

「クク、相変わらず、ルナはモテモテだな」

「もう、伊吹、ちゃかさないでください。みなさんは私にあいさつをしに来てるのではなく、サージェンフォード家そのものに用があるんですよ」

 伊吹の冗談に対し、ルナは達観した物言いをしてくる。

 確かにサージェンフォード家は世界一といっても過言ではない大財閥を経営し、政界にも多大な影響力を持っている家系であるが、決してそれだけではないはず。その証拠に普通なら挨拶をしてから軽く談笑をしおわるはずだが、彼女の場合は特にその談笑が長かった。それもこれも彼女の誰にでも優しい性格と美しい外見により、歳の近い者たちに憧れの存在としてしたわれているからだろう。そんな人気者ゆえに、なかなか離してくれないのだ。

「わかってるさ。それにしてもさすがサージェンフォード家の次期当主となると、お役目大変だな。しかも全員に分けへだてなく、完璧な愛想を振りまくんだから、ルナは本当にすごいよ」

「私は早く現当主であるお父様に少しでも近づかなければならいのですから、この程度で泣き言なんて言えません」

 ルナは瞳を閉じながら、自身のむねをぎゅっと押さえる。

「まったく、ルナはまじめすぎるんだよ。もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」

 そんなどこか思い詰めているルナの肩に手を置き、笑いかけた。

 彼女はその真面目な性格から、現当主に近づくため幼少のころからかなり努力していた。伊吹からしてみれば彼女はこんを詰めすぎているとしか言えず、いつも歯がゆく感じてしまう。それもサージェンフォード家という、規模がでかすぎる家のプレッシャーによるものなのだろう。

「伊吹、その言葉をそのままお返ししますよ。どうしてパーティーなのにスーツ姿なんですか? 空気よんでくださいよ」

 するとルナが頭を抱えながら、不満を口にしてきた。

 確かにこの場所でこの格好は浮いている気がするが、仕事なので仕方ない。なにより伊吹みたいな不愛想な女に、ドレス姿なんて似合わないのだから。

「自分はルナの護衛だから当然だろ」

「――はぁ……、どちらが真面目すぎるんですか。こんな警備が厳重なところに危険なんてそうそうありませんよ。だから伊吹だけでもパーティーを楽しんできたらどうです?」

「クク、自分は裏の仕事をこなすエージェント。そんながらじゃないさ」

「伊吹はきれいだから、ドレスがすごく似合うと思うのに……」

 笑いながら肩をすくめていると、ルナが心底もったいないと言いたげな視線を向けてくる。

「冗談はよしてくれ。自分がドレスを着てルナの横を歩いていたら、女としての質の差がありすぎて、笑いものにされるだろ?」 

 ルナみたいな誰もが目を引く美貌びぼうを持つ少女の隣に、伊吹みたいな気品の一つもない女がいたら一体どういうふうに見えるだろうか。スーツ姿ならまだしも同じドレス姿となると、想像しただけで滑稽こっけいに思えた。

「そんなこと絶対にありえない思うんですが」

 小首をかしげながら、口惜しそうにするルナ。

「まったく、裏稼業の人間のことは放っておいて、自分自信のことを優先しろ。そうだな、最近のルナは頑張りすぎだから、ここは恋なんてしてみたらどうだ?」

 伊吹としては早急にこの話題を変えたかったので、ここは一つからかってやることに。

「――え? ……恋ですか……」

 するとルナはなぜかほおを染めて、視線をそらし始めた。そのどこかはにかんだ反応は、気になる相手でもいるかのようである。

 親友の恋路に首を突っ込むのは野暮というものだが、さすがにルナにはその立場があるので見過ごせずない。よってすぐさま問いただす。もちろん伊吹自身、相手がどんな人物が気になったのもあるが。

「――ちょっと待て! なんだその反応は! まさか好きな奴がいるのか!? そんな話、一度も聞いたことないぞ!」

 彼女の肩を両手でがっしりつかみ、問いただす。

「――そ、そんなわけあるはずないじゃないですか……、あはは……」

 髪をいじりながら、笑ってごまかすルナ。

「おい、明らかに動揺しているぞ。それで誰なんだ? ルナほどの女が気になるなんて相当の人物だろ?」

「それはこのわたくしめも気になるところですね。ルナ殿どの

 彼女に詰め寄っていると、一人の若い青年が割り込んできた。

「はっ、すいません。ついお見苦しいところを」

 ルナはバッと伊吹から離れ、少し取り乱しながらも彼へと向き合う。

「いえいえ、お気になさらず。ところで、あなた様の恋人役に白神しらかみ相馬そうまはいかがでしょうか?」

 相馬は急にすずしい顔で、とんでもないことを提案してくる。

「――え、ええと……」

 ルナはというとさっきの話もあるせいか、珍しくなかなか切り返せないでいた。

「相馬さん、ルナを口説くどかないでもらえますか? あまりにしつこいとルナの父上に報告しますよ?」

 すぐに二人の間に割り込み、伊吹は相馬をけん制する。

 彼の名前は白神相馬。大企業の社長ながら年は若く二十一歳。彼は飛び級なのですぐさま学業を終えた天才児で、そのあとは企業家の道へと進み、才能ゆえに一気に上り詰めていった若社長なのだ。それが出来たのも狩猟兵団を雇って、ほかのライバル企業たちを次々と蹴落けおとしていったから。もはや勝つためには手段を選ばないことで有名な人物であった。

「おっと、これは怖い怖い。それでは改めましてご挨拶を。ご機嫌麗きげんうるわしゅう、ルナ・サージェンフォード殿」

 相馬はうやうやしくお辞儀し、再びあいさつをしてきた。

 それは年下の少女にも関わらず、完全に上の者に対する態度。まるでどこかの姫に騎士が謁見えっけんするような感じだ。

「相馬さん、現当主であるお父様ならともかく、私ごときにそこまでする必要はありませんよ」

「ご謙遜けんそんを。あなた様はアポルオン序列二位であり、いづれは序列一位と代わってこのアポルオンの頂点に立つお方なのだから」

 このような公の場で堂々とアポルオンの最上位に位置する序列一位に対して、非礼な言葉を発言するとは思いもよらなかった。その言葉を周りで聞いた者は過剰に反応してしまっているほどである。一応この事実は周知の事実になっているが、誰も口にしないのが暗黙の了解になっているのだ。

 よってルナはすぐさま相馬に注意をうながす。

「なっ、相馬さん、口がすぎますよ!?」

「おっと、これは失礼。ですが本当のことですよ。先代のアポルオンの巫女みこが亡くなったと同時に、序列一位の立場は一気に地に落ちた」

 確かに序列一位のアポルオン内での権力は、もうほとんどないといっていい。先代の巫女が亡くなると同時にルナの父上がうまく立ち回り、最後に残った序列一位側の権力を自分のところにつくように仕向けたからである。

「そのため序列二位であるサージェンフォード家が、実質アポルオンをまとめてると言っていいのですから。そしてサージェンフォード現当主は、もう間もなくルナ殿に当主の座をおゆずりになる。ゆえに今後のためにもルナ殿にお近づきになっておくのは当然のことですよ」

「――はぁ……、もういいです。ところで相馬さん。お父様との会談はどうなったんですか?」

 本人が目の前にいるのも気にせず得意げにかたる相馬に、ルナはひたいに手を当てながら話を別の方へと持っていく。

 そういえば今日、サージェンフォード家と相馬との会談が行われると聞いていた。

「とどこおりなくおわりましたよ。サージェンフォード家との同盟により、白神コンシェルンの次期当主候補の件もうまくいきそうです。さすればいづれ、白神コンシェルンのすべてがアポルオンのものになることでしょう」

 相馬は不敵に笑い、事の説明をしてくれる。

 彼は白神コンシェルンを取り仕切る、白神家の次期当主候補の一人なのだ。白神コンシェルン。この言葉は世界中の人々が認知しているほど有名な、あるサービス事業のことを指し、もはやエデンを利用するにあたり必要不可欠な存在なのである。

 ちなみに当初はセフィロトを、世界に浸透しんとうさせる役割を任された事業であった。ようするに機材の開発や、セフィロトの案を現実で実行するといった感じであり、そこまで規模はでかくなかった。しかしエデンが生まれてからは一気に拡大していくこととなる。それも人々がより快適にエデンを利用できるよう、エデンと現実の世界をつなぐ役割が課せられたからである。様々な機材やエデンに特化した人類の研究、さらにエデン内での人々のサポートなどその役割は数知れず。そのため今や世界中のほとんどすべての国々に、白神コンシェルンの建物が無数に存在している状況であった。

「――そうですか。では、相馬さん、期待していますよ。すべてはアポルオンの理想のために……」

「フッ、心得ていますよ。――それではわたくしめはこれで失礼させてもらいます、ルナ殿」

 ルナのアポルオン序列二位としての発言に、相馬は自信に満ちた顔で答える。そしてまたうやうやしくお辞儀しながら、その場を後にしていくのであった。

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