第7話 幸運の女神降臨!?

 その少女を改めて観察してみると、きらめく炎のような赤い髪をして、学園の制服を着ている少女。彼女は陽だまりのような明るさと、人懐っこそうな雰囲気をただよわせていた。

「ふっふっふっ! ――聞いて驚かないでください! なにを隠そうこのわたし、ひいらぎ那由他なゆたちゃんは、なんと!」

 レイジの問いに、突然柊那由他と名乗る少女は不敵に笑いだした。そしてもったいぶるような言い回しで、自身の正体を暴露ばくろしようとする。そのあまりの自信満々な雰囲気に、思わず息を飲んでしまうほどだ。

 そして彼女は口を開く。

「――途方に暮れているレイジさんのもとに舞い降りた! 幸運の女神めがみなんですよ!」

 那由他は自身のむねにバッと手を当て、もう片方の手のひらをレイジへと差し出す。そして陽だまりのような笑みを浮かべ、得意げに宣言してくるのであった。

「――おい……、幸運の女神って……、あんた頭大丈夫か……?」

 当然あまりに予想外すぎる言葉に、唖然としてしまう。しかも彼女は冗談を言っている感じはせず、明らかに本気なのが余計にレイジを混乱させる。

「なっ!? なんですか!? そのみるからに残念そうな人を見る目は! それにリアクションも全然なってません! ここは普通、あまりの感動に打ち震えながら涙を流してもいい場面なんですよー!」 

 那由他は指をビシッと突きつけ、猛抗議してくる。

 ただその内容は意味不明なものであり、さっきからの言動も合わせて考えてみると、この少女はかなり痛い人なのかもしれないと思えてきた。

「――いやいや、むしろあまりのドン引きさに、震えが止まらなくなるほどだぞ。今までいろんな奴に会ってきたが、さすがにここまでうさん臭い人間にあったのは初めてだ……」

「ムムム、失礼な! どこをどう見たら、こんな可愛らしい女の子がうさん臭く見えると!? 普通の男の子ならわたしのあまりの美少女さに、天使が現れたとか言ってあがめてもおかしくないんですからー!」

 胸をドンっとたたき、ほおを膨らませてくる那由他。

「あー、なんだか頭が痛くなってきた……。――なあ、オレはどうしてこんな状況におちいってるんだ?」

「それはこちらのセリフですってばー! どうして初めての運命的出会いが、こんな殺伐とした感じになっちゃってるんですかー! 本来ならかっこいいセリフとか言って、神々しくもあり、はたまたミステリアスでもある、謎の美少女感を演出したかったのにー! わーん!」

 那由他は涙目になりながら、胸元近くで両腕をブンブン振りだす。

 よくわからないがどうやら落ち込んでいる感じであった。確かにもしこの出会いに重要な意味があったのなら、かなり殺伐としたものといっていいだろう。顔を見合わせた瞬間が互いに武器を構えてやり合っていたとなると、ムードもなにもないはず。

「知るか! そっちが気配を消してオレの背後を取るのが悪いだろ!」

 責任を押し付けられるというあまりの理不尽さに、すぐさまツッコミを入れる。するとあることに気付いた。いつからだったかわからないが、那由他は小型拳銃をレイジに向けていなかったのだ。そしてレイジ自身もいつの間にか自然体の状態でつっ立っており、一切の警戒をしていなかった。このことについて、改めて冷静に分析してみる。すると不思議なことに、彼女なら大丈夫だろうという核心に近いなにかを感じてしまっているみたいなのだ。彼女は敵ではなく味方だと。初めて会うはずなのに、なぜか言葉に表せないほどの親近感を覚えてしまっていた。

(――なんなんだ、この子……。確かアリスと初めて会った時も、こんな感じがしてたような……)

 レイジにとって家族であり、戦友でもあった少女と初めて出会った時の光景が目に浮かぶ。あの時も今のような不思議な感じに襲われ、気付けば自分からその少女に関わろうとしてしまっていた。その感じはまるで運命の赤い糸に結ばれた者同士の、見えないつながりがあるといっていいほどに。

「ふーんだ! 那由他ちゃんはただ感動的な出会いにしようと、頑張っただけなんですからね!」

 腕を組みながら、そっぽを向く那由他。

「――ああ、そうかよ。それは台無しにして悪かったな。――さあ、これでもういいだろ。オレに用があるならさっさと済ませてくれ」

 そんなふてくされている彼女に、レイジは折りたたみ式ナイフをポケットにしまいながら話を切り出す。このままではいつまでたっても話が先に進まない気がしたので、レイジから折れることにしたのだ。

「えー、だから言ってるじゃないですかー! 迷えるあなたをみちびくために舞い降りた幸運の女神ですってばー! 女神! まったく、レイジさんは幸せ者ですねー! わたしみたいな美少女にこれから尽くされ続けるんですから! もはや全国の男子たちの嫉妬の的ですよー。この、このー」

 レイジの言葉に本来の目的を思い出したのか、那由他は小型拳銃をしまう。そしてふくみのある笑みをしながら、レイジをこのこのーとひじで軽く突いてくる。

 彼女は彼女でかなり盛り上がっているみたいだが、レイジは完全においていけぼりの状況。もしこの時のレイジの心境が通常時ならば、この愉快な少女にもう少し付き合ってあげてもよかったのだが、さすがに今はそんな気分になれなかった。なのできびすを返し、手をひらひらさせてこの場を立ち去ろうとする。

「――じゃあな、自称幸運の女神。オレは忙しいからほかの犠牲者の所にでも行ってくれ」

「わー、ちょっとお待ちを!? 本題に入りますから、帰らないでください!」

 那由他はあわててレイジの腕をがっしりつかみ、そのまま引っ張ってきた。

 振り払うこともできたがさすがにそれはひどいので、仕方なく話しに付き合ってやることに。

「――はぁ……。始めからそうしろよ……。あんたのせいでもう話がめちゃくちゃだ」

「――ゴホン、では、初めに自己紹介を! わたしは美少女エージェント柊那由他ちゃんです! これからもよろしくお願いしますね! レイジさん!」

 胸に手を当て、かわいらしくウィンクしてくる那由他。

 その自己紹介に少しツッコミを入れたいが、また話がこじれそうなのでだまっておく。

「オレの説明はしなくていいよな。どうせ事前に調べてきてるんだろ?」

「はい、元狩猟兵団レイヴンの幹部の一人、久遠くおんレイジさんですよね! そんなあなたに那由他ちゃんが魅力的な提案を持ってきてあげました!」

「元ってやけに情報が早いな。オレがレイヴンを出ていったのは今日の朝なんだが……」

「ふっふっふっ! 今の世界は情報が最大の武器! ゆえに美少女エージェント、柊那由他ちゃんにとってかりはありません! エッヘン!」

 那由他は腰に両手を当て、胸を張ってくる。

 そのあまりの自慢気な態度に、とりあえず軽く拍手はくしゅをしてぼー読みで返してやった。

「――あー、それはすごいですねー、柊さん……」

「な、なんなんですかー!? そのまったく心のこもってないほめ言葉と態度は!?」

「――いや、なんとなく。ところでレイヴンを辞めた直後のタイミングで現れたということは、あんたもしかしてオレを引き抜きに来たのか?」

 データの奪い合いが当たり前という今の世の中だと、エデンでの力を持つデュエルアバターを使える人間の需要は極めて高い。よって凄腕であればあるほどその規模が増していき、上位クラスとなるとさっきの冬華の勧誘のように、破格の好待遇で迎えてくれるのだ。

 それは狩猟兵団やエデン協会の民間会社だと、さらに激しいといっていい。それも一人上位の人間がいるだけでその会社の知名度が格段に上がり、依頼が殺到するからだ。彼女自身凄ウデのデュエルアバター使いのようなので、おそらくそっち系の民間会社からのつかいとして、レイジを勧誘しに来たと見るべきだろう。

「ええ、実は日本でひと仕事するつもりなんですが、今のところメンバーがわたし一人という寂しい状況。だからどこかにふさわしい素敵なパートナーさんでもいないかなーと探してたところ、まるで運命のごとくレイジさんを見つけたというわけです!」

 那由他は腕を組みながら、ほおに人差し指を当てて事情を説明してくれる。

「――日本でか……。どういう仕事だ?」

「おっ、興味を持ってくれましたか? ズバリ! 今までレイジさんがやっていたのと、真逆の仕事! そう、エデン協会の会社を設立しようと思いまして!」

「――まさか元狩猟兵団のオレを、エデン協会に入れるつもりか?」 

 奪うことを専門としていたレイジを、まさか守る側に引き入れるとは。これにはさすがに驚きを隠せなかった。

「はい! もちろん! だってレイジさんの技量なら問題ないでしょ? わたしあまり物騒なことは得意でないので、荒事専門の人材がほしいんですよー」

 那由他はアゴの下に両手を当て、いかにもひ弱な女の子さをアピールしてくる。

「――いや、さっきの銃さばきからしてあんた、絶対物騒なこと得意だろ……。――いや、今はそれよりも、エデン協会の話か……」

 思わずツッコミを入れてしまうレイジだが、ここで話を脱線させてはいけないと考え直し、那由他の提案に向き合う。確かに力量の方は申し分ないはずであり、どうせやることが見つかっていないのでこの誘いを受けてもいいのかもしれない。ただあと一押しが足りないというところであった。今まで狩猟兵団としてひたすら暴れていた自分に、治安維持が第一のエデン協会の仕事が務まるのかと、不安な気持ちが邪魔をしていたのだ。

「ねえ、レイジさん。狩猟兵団を辞めたのも理由があるはず。レイヴンの幹部というエリートの道を外れるほどのなにかが。もしわたしでよろしければお手伝いしますよ。レイジさんが求める、願いを叶えるために……」

 すると那由他が、レイジの手を優しく包みこむようにつかむ。そして真剣なまなざしで、

屈託くったくのない笑顔を向けてきた。

 その雰囲気はさっきまでの明るすぎる感じではなく、慈愛に満ちあふれていたといっていい。レイジのことをどれだけ想っているのかを、思い知らされるほどの力強さを感じた。

「手伝うって、あんたになんのメリットがあるんだよ?」

「ふっふっふっ、メリットなんて関係ありません! わたしはレイジさんの幸運の女神なんですから、あなたに尽くすのは当然のこと! 100パーセント純粋な善意! まさしく女神の慈愛とでも言いましょうか!」

「なんかすごい有難迷惑な感じがするんだが……」

「もー! 男の子ならさっさと決めちゃってください! 今ならもれなくわたしみたいな可愛い女の子が付いてくるんですから! ここは流れに任せて那由他ちゃんルートへと進みましょうよー!」

 つかんだレイジの手をぶんぶんと振りながら、よくわからない勧誘をしてくる那由他。

「――まあ、それはどうでもいいが、あんたについて行くのは意外に悪くないかもな……」

 結局のところ引き受ける結論にいたってしまった。状況的にも断る理由がなく、那由他の必死の勧誘に負けてしまったのだ。それに彼女とならば、どんな不可能なことでも実現できる気する。それはレイジの今抱えている問題さえも例外ではなく、那由他がなんとかしてくれるかもしれないと。根拠のない予感であったが、そんな気がして止まなかったから。

「引き受けてくれるんですか!?」

 すると那由他がぐいっとレイジの方に詰め寄りながら、顔をほころばせる。

「ああ、一つ言っておくが仕方なくだ。今ちょうど行く当てもないし、あんたの話に乗ってやるよ。だからこれからよろしく頼む、柊」

「あはは! お任せあれ! レイジさん! この那由他ちゃんがあなたの面倒をしっかりみてあげます! さあ、そうと決まれば日本に向けて出発しましょう! これからわたしたち二人の伝説が始まるんですからねー!」

 那由他は胸をドンっとたたき、得意げにウィンクしてくる。そして彼女はレイジの腕をつかみ、はずむ足取りで駆けだす。

 こうして久遠レイジは柊那由他と共に、日本に向かうため空港へと向かうのであった。

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