DAY.11:「に、ニヤけてなんかないよ!」
「ふゃっ!?」
猫のような声を出して、沙也サンがベンチの上で飛び跳ねた。
「つ、茶道くんとは、付き合ってない、です」
耳まで真っ赤。からかいがいがあるな、この人。
「別にそんな驚くようなことじゃないでしょ。親戚じゃないならなおさら」
「だ、だだだだって、サドーくんは高校生だよ?」
「つってもアタシたち十八歳ですし。
「そんな、若い子をたぶらかすようなこと……」
ネカフェで会った時は、トコッチの気を引こうとして猫被ってるんじゃないかと疑ったりもしたが、この小動物感は素のようだ。
「でも好きなんすよね?」
「そ、そういうチヅちゃんは、どうなの」
うまく切り返したつもりだろうか。スキャンダルが発覚した国会議員の記者会見でももう少し上手にやるわ。
「ぶっちゃけ、割と好きっすよ」
アタシは正直に答えた。隠す必要もないし、イジるの面白いし。
てっきり沙也サンはびっくりするかと思ったが、むしろ納得したように「……そうなんだ」と呟いた。あーもう、泣きそうな顔してるし。
「ほら、アタシ見た目こんなんじゃないっすか。先生からの評判はあまり良くないし、学校でも進路決まってないやつはいっぱいいるのにアタシだけ集中砲火くらうんすよ。『他の子は一生懸命悩んでいるけど、アタシだけ将来のことまったく考えてない』みたいな色眼鏡で接してくるんで。クラスでだって、ホントは教室の隅で漫画の話してる子たちに混ざりたいのに、話しかけたらビビられちゃうし。別に不良じゃないから!」
人に好かれるためにオシャレして明るく振る舞った結果、それが原因で避けられていることに気づいた頃には、学校での立ち位置はすっかり確立していた。
チンピラギャル。これがアタシに与えられたキャラクター。
もちろん今の友達と一緒にいるのは楽しいけれど、時折とても窮屈になる。
「三年で初めてトコッチと同じクラスになったんですけど、アイツは誰でも分け隔てなく接するんですよ。他の男子はアタシのこと避けても、ちゃんと一人のクラスメートとして対等に扱ってくれる。アタシが掃除当番サボったら怒ってくれるし、アタシが日直の仕事押し付けられたらどこからともなく現れて手伝ってくれるんです。女だからとかギャルだからとかバカだからとか、絶対に区別しない。いつもニュートラルですごく安心するっていうか。だからついイジっちゃうんですよね」
トコッチにとってそれは特別なことじゃない。彼は誰にだって優しいし、それが普通なのだ。お腹を空かせている人がいれば食べ物を恵み、勉強で困っている人がいればアドバイスをする。
ただ、時折その平等さに影を感じることがある。
トコッチは皆と対等に接することで、特別な相手を作らないようにしているのではないか。教室で友達と一緒にいるところを見ても、彼は常に一歩引いたところにいて、どこか寂しさを湛えているのだ。まるで、親しい人との別れをかつて経験したことがあるかのような。
アタシはただのクラスメートで、ただのバイト先の同僚。それだけの存在。
だからあの日、トコッチが女の人と店に来た時はとても驚いた。
「羨ましいっすよ、沙也サンが」
きっとアタシは、友達ですらない。
「わ、私も、チヅちゃんが羨ましい。あだ名で呼び合ってるし」
「お二人も下の名前で呼び合ってたじゃないですか。そもそも、あだ名はアタシの一方通行だし」
「え? でもチヅって……」
あぁ、ようやく理解した。沙也サンがアタシの話に付き合ってくれた訳。怯えた目線の内側に、若干の嫉妬が混ざっていた理由。
そういえば、ちゃんと自己紹介をしていなかった。
「アタシ、
沙也サンは目を丸くして、あやうくレモンティーを落としかける。
「名字……だったんだ……」
「だから心配しないでください。トコッチと一番距離が近いのは沙也サンっすよ」
アタシがヒヒヒ、と笑うと、沙也サンは恥ずかしそうに俯いた。やっぱりかわいーわ。
「沙也さん?」
耳なじみのある声だった。公園の入り口から男の人が近づいてくる。
「……どうして、チヅも一緒に……」
クラスメート兼バイト先の同僚は「まずい」という顔をしている。二人して似たようなリアクションしやがって。
「あー、アンタたちが親戚じゃないのはもう聞いたし。探りは入れないでおいてあげるから感謝しろし。てかトコッチこそ、こんなとこでどうしたの?」
「いや、沙也さんの帰りが遅いから心配で……」
は?
マジでどういう関係なの、この二人。
沙也サンも隣で頬赤らめてるし。っていうかさっきと明らかに雰囲気が変わっている。まるで年下の少女だ。ネカフェで初めて会った時のような。
「てか、心配なら電話すりゃいーじゃん」
当たり前の投げかけをすると、なぜかトコッチはバツが悪そうな顔をした。
「……連絡先、知らないんだよ」
「はぁ?」
ますます意味不明だ。平日は家で帰りを待っていて、休日は一緒に出掛けるのに、電話番号もメールアドレスもわからないと来た。連絡先の交換なんて、知り合って真っ先にすることじゃないか。
「沙也サンも、なんで訊かないんすか」
「毎日一緒だから必要なかったし、それに今さら恥ずかしい……」
二人とも、スマホを握ったままもじもじとしている。
「あーもう、じれったい!」
アタシは沙也サンのスマホを奪い取り、アプリの通信画面を立ち上げる。そしてQRコードを読み取り、手に入れたばかりの連絡先をトコッチのIDに送り付けた。
「ほら、これでいいでしょ!」
「わ、悪い、チヅ」
「チヅちゃんありがと……」
「あんたら小学生かっ」
第三者から見れば互いをどう思っているかなんて一目瞭然だが、そこまでサポートする義理はないし、これは当人たちが自力で到達すべきステップだ。付き合ったところで、キスどころかハグだって何年も先になるだろうな。
「時間も遅いですし、そろそろ帰りましょうか、沙也さん」
スマホの時刻を確認すると、深夜一時を回っていた。バイトを上がった時は眠くてたまらなかったのに、すっかり目が冴えている。
沙也サンがベンチから腰を上げる。アタシは彼女の耳元で「……そういえば」と、そっと補足説明をする。
「アタシの言う『好き』っていうのはあくまでクラスメートとかバイト仲間としてですから。横取りするつもりはナッシングなんで、心配しないでください」
「そ、そっか」
「ニヤケすぎ」
「に、ニヤけてなんかないよ!」
ネタ晴らしするつもりはなかったけれど、アタシはいつの間にかこの二人を応援したくなっていた。
「チヅもバイトの帰りだろ? 送るよ」
「いーよ。アタシはもうちょっと休んでいくわ」
この二人に混ざったらお邪魔虫だろうから、ここで見送るとしよう。頭もスッキリしてきたし、何ならもう一度店に戻って漫画でも読もうか。
そう考えていた矢先、右腕を取られ強引に立たされる。
「こんな真夜中に一人は危ないだろ。友達の厚意は素直に受け取れ」
トコッチはアタシの返事も聞かず、踵を返して歩き出す。
つくづく生真面目なやつ。そこが良いとこなんだけどさ。沙也サンと気持ちが通じ合うまで時間はかかるかもしれないけれど、彼ならきっとうまくいくだろう。
……っていうか。
「友達、だって」
アタシはほくそ笑んでから、二人の後をついていく。
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