毎晩、お隣のOLお姉さんの抱き枕にされています。
及川 輝新
DAY.1:「……また今夜、ベッドで」
アパートの部屋の外に出ると、お隣のOLお姉さんと目が合った。
「これから出勤ですか。よくタイミングが合いますね」
受験勉強に励む高校三年生と、仕事に忙殺される社会人の生活リズムは意外と系統が近いらしく、週に二回はこうして共用廊下で顔を合わせている。
白のブラウスにグレーのジャケット、膝ほどの長さのスカートという出で立ちのお隣さんは、一見ごく普通のOLにしか映らない。
名前は
「……」
お隣さんはギロ、という擬音が聞こえてきそうな強い睨みをきかせている。鋭い眉が、不穏なオーラを一層濃くしている。
数日前であれば何か粗相をしでかしてしまったかと内心慌てふためくところだが、今は動揺することも怯えることもない。
この人は家を一歩出ると、企業戦士になるのだ。
スーツという鎧をまとい、腕時計で文字通り時間を縛られ、ヒールをコツコツと鳴らして進撃だ。
お隣さんの小さな唇が、わずかに開く。
「……また今夜、ベッドで」
それだけ言って、ふいと顔を背け先に行ってしまった。背筋はピンと張っており、後ろ姿も美しい。
「改めて言葉だけ聞くと、すごいよな」
俺と彼女には秘密がある。
何を隠そう、二人はベッドフレンドなのである。
☆ ☆ ☆
「うわ~ん、疲れたよぉ~~~~!」
ぎゅうううう、と、俺の腰が折れそうな勢いでお隣さんが抱きしめてくる。ふわふわのショートヘアから、シャンプーの甘い香りが漂ってくる。乾かしたばかりだからか、頬に触れる毛先がほのかに温かい。
ここは俺の部屋……の隣にある、合倉沙也さんの部屋。
ベッドで横になりながら、俺は隣人に抱きしめられていた。
「お仕事一日おつかれさまでした、沙也さん」
「今日はお客さんとの打ち合わせが三件もあって、社内会議も二個あって、すごーく頑張ったの! もっと褒めて~」
頭をぐりぐりと俺の肩にこすりつけてくる。
「毎日遅くまで働いて、偉いですね」
金色に近いブラウンヘアをそっと左右に撫でる。ふかふかで手のひらが幸せだ。この動作もだいぶ板についてきた。
「えへへ……」
沙也さんはふにゃっと顔を綻ばせ、両手で俺の頬を挟む。
「なんえふか」
「んー? なんとなく」
しばらく俺のもちもちほっぺは弄ばれていたが、やがてその手はベッドに滑り落ちていった。沙也さんは瞳を閉じて、すぅすぅと安らかな寝息を立てている。
黄緑色のパジャマから、白いキャミソールが覗いている。胸が小さいから、姿勢が変わったらうっかり奥まで見えてしまいそうだ。俺は着崩れた上着を整え、その寝顔を眺める。
「ギャップって言葉で片付けられる変容ぶりじゃないよな」
外では堅物の企業戦士、ベッドの中ではまるで妹のよう。
恋人でも友達でもない、ただのお隣同士だった俺たちがどうして同じベッドで就寝する関係になったのか。
事の発端は数日前にさかのぼる。
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