STRAIN HOLE

橘 弥鷺

第1話 プロローグ

 桜の葉が生い茂り、葉の色も青々と濃くなる5月の朝。

 神無月葵は、日課である5キロのジョギングをしていた。距離はあまり気にしていなかったが、彼が住む街で、唯一の名所である、約1キロの桜堤と人工湖周辺を走ると自宅から5キロになった。

 葵は東京の大学に通う2年生。埼玉県の自宅から大学まで、1時間半ばかりかかるが、共働きの両親の代わりと言ったら大袈裟だが、妹の双子の面倒や桜堤と超大型ホームセンターくらいしかないが、この田舎の街が居心地がよく、独り暮らしをする気にならなかった。

 葵が小学5年の頃に、母が仕事に復帰することになり、葵も母が仕事をすることを応援したく、妹達の面倒を見る事をかって出た。

 今は、妹たちも高校生で、世話をやくこともなくなったが、兄妹3人仲良くやっている。

 自宅に帰宅し、シャワーを浴びリビングに入ると、妹たちが朝食の準備をしていた。


「あーちゃんおはよー 」

「おはようお兄ちゃん」


 最初にあいさつをしてきたのは、双子の妹のユリ、その後に、スクランブルエッグを盛り付け終わった、双子の姉アヤメが続いた。


「おはよう! 」


 アヤメは、背中まで伸びる長い黒髪で、見るからに、真面目そうな高校3年生で、ユリはショートボブで茶髪の、今時女子高生である。見た目や性格はかなり違うが、双子だからか仲が良い、兄である葵ですら、二人がケンカした姿を、ここ数年見ていない。


「あーちゃん明日はバイトは? 」

「明日は10時から18時までだったかな?  ちょっとまって」


 葵はユリに聞かれスマホのスケジュールを確認する。


「お兄ちゃん明日の誕生日楽しみにしていてね。パパとママも明日はお休みって言ってたから」

「うん合ってた。誕生日ね~ 20歳の誕生日が家族とか~ 」


 葵はユリに答え、アヤメの問に天井のシーリングファンあたりを見ながら答える。


「そういうなら、彼女さんと別れなければ良かったじゃん! 」


 すかさず、ユリに触れられたくない話題をふられた。


「ユリちゃん!  たぶんお兄ちゃんは、その話触れてほしくないと思うよ」


 アヤメが朝食を配膳しながらユリに言う、事実だからしかたないが、葵は先月、約1年交際していた、彼女と別れたばかりだった。


「別にかまわないけどさ」

「パパとママは、お兄ちゃんと一緒にお酒呑めるって喜んでたよ」

「父さんとお母さんには、つきあってあげないとな」

「彼女のいな~い!  あーちゃんに、かわいい妹ふたりが、素敵な誕生日にしてあげるからね~ 」


 ユリは、小悪魔的な笑顔で葵をからかうが、葵は無視するようにアヤメに話かける


「アヤさぁ~ なんか小説借りて良い?」

「うん、いいよ、本棚にあるのはどれでも大丈夫…… ユリちゃん読んでるのある? 」

「ユリはこれの続きかなぁ」


 ユリは、葵が選ぶ前に、自分が読む本をリビングの本棚からサッととっていく。アヤメの本好きが家族内に蔓延し、アヤメのコレクションした本は、今ではリビングに本棚が置かれ、神無月家図書室となっている。アヤメが司書で、本を管理しているが、返却を忘れるのは、大概ユリか父だ。


「お兄ちゃん今日は学校電車? 」

「あ、うん。最近夕立あるし、この前も雨降られたしね。」


 葵は、大学までバイクで通うことがあり、バイクの方が下道でも電車より、少しばかり早く着くからだが、雨の日は雨具を着てまでは、乗りたくないようだ。父親の影響でクルマとバイクが葵も好きになり、今乗っているのは250ccのオフロードバイクだ。メーカーが、製造を終了する為、葵のバイクという名目で、父が購入した。他に2台父が所有している。神無月家は、仲の良い家庭といえる。この家庭環境が、独り暮らしをしなかった、理由でもあるだろう。たあいもない話をしながら、朝食を済ませ3人で駅に向かう。


「ふたりとも早いよぉ~まだ余裕じゃん」

「そー言って、いつもギリで階段かけあがって、パンチラサービスしてんのだれだぁ~? 」

「あーちゃんウザイ! 」

「事実だろ! 」

「ユリちゃん、スカート短いからね…… 気をつけた方がいいね」

「アヤちゃんに言われるとね…… 気をつけるね」


 アヤメのスカートは、膝上5センチ位だが、ユリは、さらに短くしている。

葵たちが住む街の駅は、数年前に新築され改札口が2階となった。以前は、古い平屋で小さな駅舎だったが、改札口を入ると目の前がのぼりのホームだった為、朝は便利だった。葵達が、子供の頃から駅前の再開発が始まり、ロータリーが広くとられている。再開発と言っても、大きな建物はなく、駅前でも空は広く見える。

 妹の双子とは、3駅先まで一緒で、ふたりとも公立の女子高に通っている。妹たちの降りる駅は、乗り換え客もいる為、席が空くことが多く今日もいつも通り、葵はふたりを見送り席に座る。

 バックから小説を取り出し読み始める。アヤメの影響で家にあったライトノベルの小説を、暇なときに読み始めたらハマり、最近では葵もアヤメが買わなそうな、ライトノベルを葵が購入し、神無月家図書室のレパートリーを増やしている。葵は、本に読みふけっていたが、急に睡魔に襲われた。


(あれ? いつも眠くならないのに… 昨日も別に寝るの遅くなかったよなぁ)


 葵は、睡魔に勝てずに、そのまま寝てしまう。葵の意識が、浮上してくると共に、肩を揺すられ、声をかけられていることに気がつく


「……方!」

「起きろ! 旅の方!」


 葵は、寝ぼけながら声の方に顔を向け、終点駅まで寝てしまったかと、一気に目を覚ます。だが、葵の目の前には、電車の車内とは、まったく違う光景が広がっていた。駅員さんに、声をかけられたと思ったが、声の主は金髪の初老の男性でどう見ても、日本人ではなかった。顔立ちもうそうだが、服装も現代日本の服装でなかった。葵は、周りを見渡すと電車内ではなく、木製の椅子に幌の張った車内にいた。先程の男性が、誰かと話している。方向を見ると馬でなくて恐竜? いや地竜というのか、正面を見据えて何か威嚇している。


「何匹いる? 」

「15匹くらいは、見えますね~ 」

「恐らく、20から30ってところか? 私は剣専門だが主人は武器が使えますかな?」

「私は、もともとレンジャーでした。弓とこの地竜に戦わせることができます」

「上出来だ!  援護を頼む。さすがに全部は無理だが、ある程度倒して逃げるか? 」

「そうですねそうしましょう。後ろの兄さん目が覚めたかい? 」


 幌馬車を引く主人が前を向いたまま葵に声だけかける。


「旅の方!  街道の結界が破壊され、正面にゴブリン達が待ち構えている。たかがゴブリンだが、見えるだけで数が多い!  旅の方戦えるか? 」


「えっ?  あー?  へっ?」


 葵は初老の金髪の男性の言っている意味がわからない。


(あれ?  まだ夢か?  ラノベ読みながら寝たからか? )


 葵は、夢と思いつつも妙にリアルな感覚を感じながら、それでも夢と自分に言い聞かせ、初老の男性にテキトーに話を合わせる。


「それほど、強くないと思いますが…… 剣か刀があれば」

「兄さんの椅子の下が物入れだ!  そこに武器は入れてあるから好きなの使ってくれ! 」

「あっ!  はい」


 葵は物入れを物色し、剣とサーベルを取り出したが、剣は思ったより重かったのでサーベルを選んだ。


(微妙な重さを感じるなんてどんな夢だよ! )


「主人!  我々が出たら地竜にも命じてくれ!  後、騎士団にも救援信号も頼む!  いくぞ!  旅の方! 」


「承知!  ダンナと兄さんも気張ってくれ!  ラストスタンドの王都はすぐだ、騎士団もすぐに来るからな!  お前のしっぽは最強だ!  ふたりに負けんなよ! 」


 主人が初老の男性に返答しつつ、地竜に命じ、腕輪をつけた左手を掲げると赤い光が、空高くレーザー光線のように、一筋の線を残す。主人が手を下ろしても、その光は、宙に浮くように残像を残している。主人は、自分の下から弓と矢筒を出し、戦闘体制に入る。

 葵は、馬車の前に出ると、数十メートル先に、150センチくらいの緑色の怪物の群を認識する。2足歩行はしているが、人間とは明らかに違う容姿をし、こちらを威嚇し会話もできないようだ。

 葵は、自分の感情に違和感を感じる。今から生き物を殺すにしては、自分が冷静な気がするし、あの怪物を殺さないといけないと感じている。この状況に恐怖心でなく、高揚している感覚を覚える。


(どこまでリアルなんだよ…… )


 葵は、ゴブリンの強さがわからないので、正面にいる比較的小さめのゴブリンに仕掛ける。葵が剣を選んだのは、高校1年まで、剣道をやっていたことから、とっさに武器として選んだのだった。葵は、ゴブリンの頭上にサーベルを振り下ろすが、ゴブリンは、持っていた、こん棒で、防御のかまえをとる。かわされるとわかった瞬間に、葵はサーベルを、とっさに右横に傾けて、がら空きの横腹から切り裂く。


(案外、俺強いのか? )


 葵の後ろから、槍を持ったゴブリンが迫ってきたが、槍の突きをサーベルではらい、そのまま間合いを縮め、ゴブリンの喉元に突きをはなち、2匹目を倒す。しかし、多勢に無勢の状況は変わらず。葵も初老の男性も囲まれる。地竜もゴブリンが戦うなかで、知恵をつけたのか、距離をとられ、槍や投てき具を持ったゴブリンに囲まれている。葵は奮戦し、なんとか7匹のゴブリンを倒すが、既に肩で息をしている。


(夢なら死ねば目が覚めるか?  けど、なんかスゲーいたいんですけど)


 葵は、致命的ダメージは受けていないものの、疲労感はかなり感じている。心が折れたら、周りのゴブリンが距離をつめてくること理解している。


(ここらが限界か?  なんて最悪な夢だよ!  絶対に目覚めが悪いよなぁ)


 葵が、諦めようとした時、後方から女性の声がした。


「あきらめないで!  3数えたら後ろに下がって!  後ろは気にしなくていいよ!  いくよ!  1,2,3!  下がって! 」


 葵は、その言葉に従い前方だけ警戒し後方に下がる。その瞬間に、葵の後方で囲んでいたゴブリンが数匹絶命する。そのゴブリンの隙間から少女が現れ葵と入れ替わり、ゴブリンの前にたった。少女が、両手に持ったショートソードで、前方のゴブリンに切りつけ、前方のゴブリン数匹も絶命する。少女は、何もない場所を、まるで空気の壁が存在するように、空気を蹴り初老の男性に群がるゴブリンを斬り倒す。そして、少女が地竜を見て叫ぶ。


「かわいい地竜くん!  ドラゴンの眷属としての力を見せなさい!  私が力を貸してあげる!  サラマンダーナパーム! 」


 彼女が叫び、胸元にあるネックレスから、淡い光が地竜へ降り注ぐと、地竜が咆哮を上げ、周りのゴブリンを見渡した。次の瞬間に地竜が炎を吹いて周りのゴブリンを焼き払った。


「間に合ってよかったぁ~!  地竜くんカッコよかったよぉ~ 」


 その少女は地竜に近寄り撫でながら地竜を労う。


「すぐに、王都の守備兵が来てくれるから、結界もなおるから平気かな? 」

「あなた様は、ロスビナスの使節団の方ですかな?  おかげさまで命拾いをしました」


 初老の男性が感謝を伝える。


「いえいえ、私はロスビナス使節団の文月梔子と言います。普段は騎士団の斥候隊隊長してます。無事で何よりでした!」


 少女はそう答えた。少女は肩までサラサラした白髪で、白髪といっても艶がありとても美しい髪色をしており、スレンダーで健康的な美少女だった。フードのついた緑と黄色を基調とした服は、帯のような物で縛られ、後ろに帯が長く揺らめいている。胸元に小さめの防具を装備し、手にはグローブをはめている。下はホットパンツに白のハイカットのスニーカーような靴を履き、ニーハイのタイツの上に膝当てをつけている。武器は腰にウエストバックのような鞘にショートソードが2本収まっており、1本はソードブレイカーを装備している。男3人と地竜で危機的状況だった局面を、彼女ひとりで覆す力を持っているのに、気さくで明るい印象を持っていて、猫のようなイタズラ好きの笑顔見せていた…… いや猫なのかもしれない…… 彼女の容姿で最も葵を驚かせたのは、耳としっぽだった。彼女の頭の上には、猫のような耳とお尻の上から猫のしっぽがはえている。


(俺…… 重症かも?  猫耳美少女の夢見るとか、ヤバイな)


 梔子が葵の方に顔を向けて葵に尋ねる。


「お疲れ様!  名前は? 」

「神無月葵です」


 梔子が葵を目文するように見ながら小さく目を見開く。


「葵くんもしかして日本人? 」

「はい、えっ?  日本を知ってるんですか? 」


 ふたりのやり取りを見て幌馬車の主人が思わず声をだす。


「兄さん、石無しかよ!  だからゴブリンが…… 」

「今の発言は、国際問題になりますよ!  日本人が魔物を呼ぶというのも間違いです。日本人を石無しって呼ぶのも問題!  発言に気をつけて下さいね!  お二人には申し訳ないけど、葵くんが日本人なら保護が優先だから、あたしは葵くん連れて先に王都に戻ります」

「すみません…… 」


 梔子が主人をキッとにらみ、発言を無言で制止し、早口に一方的に伝え主人の謝罪は興味がないように、指笛を鳴らす。すると大きなハヤブサが現れる。


「キー! 」

「葵くん乗って! 」

「えっ!  あー」

「早く! 」

「あっハイ! 」


 言われるがまま、梔子が乗るハヤブサの後ろに葵もまたがる。そのまま大きなハヤブサは一気に上昇し、風を捉えて、はばたくのを止め風に乗る。梔子が葵に声をかける。


「すぐに王都の使節団の宿舎に行くね!  空飛んでて怖くない? 」

「うん、大丈夫です」

「かしこまらなくていいよ!  何が起こっているか葵くんもわからないよね!  葵くんっていくつなの? 」

「19歳…… 明日で20歳になるけど…… 文月さん、それよりこれはいったい? 」


 葵もずっと夢だと思っていたが、手に伝わる感覚や、頬にあたる風の感覚が、あまりにも現実感を感じる。現実を感じるのは感覚だけでなく、匂いも強く感じる。戦っていた時はゴブリン独特の臭いや周りが血生臭かったが、今は前に乗る梔子から甘い香りがする。


「あたしは18歳ね。梔子でいいよ!  親しい人はみんなクーとか呼んでくれるよ。葵くん疲れているよね?  これ飲んで!  詳しいことは騎士長からね、あたしは説明するの苦手だから」


 梔子がそういいながら、葵に親指サイズの小瓶を渡す。中には黄緑色の液体が入っている。葵はふたをあけ一口で飲み込む。すると疲労感やかすり傷が一気に回復した。


「回復ポーション? 」

「正解!  元気になったぁ? 」


 梔子も、葵が回復して安心したことと安全圏に入ったからか、柔らかく少し幼い口調になる。


「それと、騎士長って言っても、あたしの幼なじみの女の子だから、緊張しなくて平気だから、騎士長って聞くと、強面の男の人、想像しちゃうよね~ でも~ 葵くんは別の意味で緊張するかもね!  美人で強いんだよ~ 」

「そうなんだ…… 失礼がないようにしないとね。歳が近いとは言え、騎士長さんだから初対面からはね。敬意は…… はらわないとね…… 梔子さんも隊長なんですよね……? 」

「あたしは別に気にしな~い。葵くんとは友達になりたいし、日本の事とかも気になるし。あっもう着くからしっかりつかまっててね! 」


 葵は、この現象を異世界転移ではないかと、疑いはじめるが、葵の常識が邪魔をする。そんなわけないと……

 神無月葵は、19歳最後の日に、非常識な異世界転移現象に巻き込まれ、新たな世界での人生を歩む事になるのであった。

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