第30話

僕と実花は近くの公園のベンチに腰を下ろして座った。小春日和の温かな日差しと、秋の優しい風がとても心地よく感じた。

僕は実花の手作り弁当を受け取り弁当箱の蓋を開けた瞬間、食欲をそそるような良い匂いがフワッと上がってきた。しかも、かなり手の込んだものばかりがところ狭しと敷き詰められて、彩りも鮮やかで、正にオードブルを凝縮させたような見事な弁当に仕上がっていた。


「君…いったいこれを何時から作ったの?いつもこんなに手の込んだお弁当を作ってくるの?」


「いえ…実はこれ…主任の為に頑張って作ってきました。もしお昼断られたらどうしようって心配だったんですけど…」


僕はその意味深な彼女の発言にはあえて触れずに


「ありがとう!こんな素晴らしい手料理を見たのは久しぶりだよ!」


先ずはこの綺麗に盛りつけられたおかずを目で堪能してから箸をつける。


「うーん!美味しいよ!君は料理が上手だね!」


実花は満面の笑みで大はしゃぎしている。


「主任に喜んでもらって光栄です!私、けっこう料理は得意な方だと思うんですよね…ていうか家事とか全般にけっこう好きなんですよ!私………将来は優しい年上の旦那さんと…幸せな家庭を築くのが憧れで…」


「そうか!君ならきっと幸せな家庭を築けると思うよ!」


「ありがとうございます。あの…今度もし良かったら…私の家でご飯作るんで…来て頂けませんか?」


「君は実家暮らしかい?」


「いえ…独り暮らししてます…」


「じゃあ流石にお邪魔するわけには行かないよ」


「あっ…主任は…独身って聞いてましたけど…もしかして…彼女?とか…いらっしゃるんですか?」


「いや、彼女と呼べる人はもう何十年も居ないよ」


「それは…どうしてですか?私!主任の彼女に立候補したいです!」


「君は本気でそんなこと言ってるのかい?僕をからかっちゃダメだよ…僕なんて君の親と変わらないぐらいだろ?」


「恋愛に年齢とか関係あるでしょうか?好きになった人がたまたま年が離れてたってだけで…そんなこと理由にしないで下さい!私に興味が無いなら…ハッキリそう言ってもらった方がずっと…」


実花は淋しそうな表情でうつ向いてしまった。


「ありがとう…君の気持ちは凄く嬉しいよ。実は僕にもね…親子ほど年の離れた女性に昔恋をしたことがあったんだよ…



でも…



その人と結ばれることはなかったんだ…」


「歳の差が原因ですか?」


「うーん…話せば長くなるなぁ…この話しは今度ゆっくり聞かせてあげるよ…」


「じゃあ、今夜…主任の家にお邪魔してもいいですか?」


僕は少しためらったが、真っ直ぐ実花を見つめて、そしてゆっくりうなずいた。


「わかった…じゃあ今夜仕事終わったら…」


「はい…」





その日の夜



「さぁ、上がって!ろくに掃除も出来ていないからけっこう散らかってるけど…」


実花は僕のアパートの玄関から廊下を通ってリビングに入った。

僕のアパートの間取りは1LDK。

リビングにはテーブル、テレビ、ソファー、そしてキャビネット。そのキャビネットには沢山の写真立てが並んでいる。実花はそれを見て


「これ、主任の若い頃ですか?素敵~!で………隣に写ってるのが………歳上の元カノさんですか?」


「まあ、とりあえず座りたまえ」


僕は実花をテーブルの前に椅子を引いて座らせた。そして写真を一つ一つゆっくりとテーブルの上に並べながら僕と朋美さんの出会ったきっかけから始まり、そして朋美さんが急に姿を消したあの日の出来事までを詳細に語って聞かせた。実花はその間一切言葉を挟むことはせず、真剣な眼差しで僕の話しに耳を傾けた。


僕はその後の言葉に詰まる。


「主任…大丈夫ですか?」


僕は深呼吸をしてから


「あぁ…大丈夫…ちょっと思い出す度に…辛くなって…」





~二十数年前~




僕は事務所に高橋副店長以外に誰も居ないことを確認して切り出した。


「あの…高橋副店長…ちょっと良いですか?」


副店長は僕の顔を見てすぐに目を逸らした。そして…


「北村君…俺からも君に話したいことがあるんだ…ここでは何だから今日仕事終わってからちょっと付き合ってくれないか?」


「はい…わかりました…」


僕は覚悟を決めていた。例えどんな事実を突き付けられても、ちゃんと朋美さんと話し合って気持ちの整理を付けようと…



しかし…現実は僕が思っている以上に…





酷なものだった……………





その日、仕事が終わってから僕は高橋副店長の家に連れられた。


「さぁ、上がりたまえ」


副店長はそう言って僕をリビングに通した。

僕はそこで目にした物に驚愕した。



「こ…これって………いったいどういう………」


僕はスゥーーーっと血の気が引くような感覚に襲われる。


もし、僕の目の前に朋美さんが居たのなら、まだその現実も受け容れられただろう…


しかし…僕の目の前に居るのは………




僕は膝に力が入らずその場に崩れた。



と…



朋美………



さん?………



なぜ?



どうしてですか?



そんな………



僕の目の前に居るのは…朋美さんの遺影だった…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る