第2話
この鮮魚コーナーには他に男性社員が三人、女性パート従業員が六人居る。パート従業員は二十代から四十代で、朋美さんは四十代従業員二人の中の一人。一番年長から二番目にあたる。18才の僕なら普通はもっと若い世代の女性に惹かれそうなものだが、僕は熟女が好きなマザコン気質なのかもしれない。安心して甘えられる存在、包み込んでくれる優しさを求めるからだ。そして、この朋美さんはけっこう綺麗な部類に入る。僕以外の男性社員は三十代、五十代と歳が離れている。朋美さんが、僕なんかよりも大人の男性の方に惹かれるのか、それとも若い子の方が良いのか、それが凄く気になるところだ。いつも朋美さんは僕に親切にしてくれるから、僕のことをどう思ってるのか…もしかしたらという思いで勘違いしてしまうこともある。前に一度、「和ちゃんはどの辺に住んでるの?」と聞かれたことがある。僕は実家を出て社員寮で寮生活してることを伝えた。
そしてある日…
僕は体調を崩し、仕事を休んだことがあった。寮で一人、どこにも出掛けられず布団で横になっていると…朋美さんが丁度お昼頃に僕の寮にお見舞いに来てくれた。社員寮と言っても外観は大きな一軒家といった感じで、その中でいくつかの個別の部屋に分かれている民宿のような造りで、朋美さんが玄関から
「和ちゃん!和ちゃん?」と大きな声で呼んでいた。僕はすぐに布団から飛び上がり、部屋のドアを開けて顔を出す。
「す…鈴木さん!どうしたんですか?」
僕は驚きのあまり目を丸くして言った。
「あ、ごめんねぇ~…体調はどう?」
わざわざ僕の心配をして見に来てくれるその優しさに、僕はますます朋美さんに惚れてしまう。
「お陰様でだいぶよくなりましたよ。ちょっと風邪引いちゃったみたいですが、とりあえず熱も少し下がってきてますんで…」
僕と朋美さんは玄関でそんなやり取りをする。そして僕は思わず
「鈴木さん、どうぞ上がってって下さい!何もお出しすることは出来ませんが」
そう言ってしまった。後でその軽率な言動に後悔した。風邪を引いている自分の部屋に朋美さんを招き入れることは、朋美さんにとってリスクがあるからだ。
「ううん、ちょっと様子見に寄っただけだから。私の家はこのもう少し先なの。それより和ちゃん、ゆっくり休んで早く良くなってね!」
朋美さんは優しい笑顔で僕にそう言ってくれた。そして果物や、栄養ドリンクが入ったレジ袋を僕の方へ差し出して
「和ちゃん、独り暮らしって言ってたから栄養ちゃんと摂ってね」
そう言って僕の手に袋を持たせる。その瞬間、朋美さんは僕の手を軽く押さえた。その行動がいったいどうしてそうしたのか、朋美さんの気持ちが気になって僕は戸惑う。これは…もしかして?
だが、朋美さんは「それじゃあねぇ」と言って笑顔のまま振り返り玄関を開け外に出る。そしてもう一度振り返り、手を振りながら去っていってしまった。
朋美さんの姿が見えなくなった後、僕は言い知れぬ孤独感を感じた。朋美さんと…ずっと一緒に居たい…あなたの笑顔を…あなたの温もりを…欲しい…あなたの全てが…自分の欲求がどんどんエスカレートしていく。
次の日、僕はかなり体調も良くなって出勤した。そして午後になり、朋美さんも出勤してきた。僕は朋美さんの方へ歩みより、小声で「鈴木さん…」そう言いかけたとき、朋美さんは小さく頷き僕にウインクしてきた。僕はそれが何も言わなくていいよという合図だと悟り、僕も軽く頷いて心の中でお礼を言ってその場を離れた。朋美さんのウインク…可愛かったなぁ~!僕はその後もずっと朋美さんのウインクした顔を思い出してはニヤニヤしてしまう。その僕のおかしな表情を見て別のパートの女性が、「北村君、どうしたの?何か良いことあった?もしかして昨日休んで彼女とデートでもしたの?」そう言われた。その会話が朋美さんの耳にも入ったらしく、チラチラ僕の方を見ている。僕はあわてて「違いますよ!僕は彼女なんかいませんから!」強く否定して、朋美さんに聞こえるようにアピールした。朋美さんはその瞬間ニヤッとした表情をしたのを僕は見逃さなかった。朋美さん…僕のことをどう思ってるんだろう…どうしても朋美さんの気持ちが知りたい…どうしたら知ることが出来るんだろう…僕は絶対知ることの出来ないであろう朋美さんの心の中を、見透かせる力があったらとため息を洩らす。
そしてその日の遅番のパートさんは、僕に彼女とデートしたのかと昼間に聞いてきた上田恭子(うえだきょうこ)さんだった。
この上田さんという女性は、年齢三十代後半くらいで、若干小太りな感じで少しやらしい目付きな、やらしいとはエッチな方の意味で妖艶とは言い難いが見る人が見ればそう取れそうな感じがする。この上田さんが僕と二人きりになった時、今は旦那さんとはベッドを共にしていないとか、私もまだまだ女なのにだとか、そんなプライベートな夜の話ばかりしてきた。この人はそうとう欲求不満なんだとは思ったが、僕は彼女にそんな話をされても困惑するだけで全く興味が無いのに…という想いで、苦笑いしながら聞き流していた。これがもし、朋美さんにそんな話をされたら、僕はどれほど胸が踊る想いだろうか…
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