第24話 半強制取引

 バス通学の学生が1番利用している東門から大学を後にする。目の前で金髪の大将が闊歩してその背後を俺が歩く。他の4人は相変わらず背筋を殺してついてくるだけだ。歩きながら私は昨夜の出来事を反芻させていた。昨日見た連中は本当にこいつらだったのだろうか。にわかには信じられない。昨日の様子では誰もが楽しそうにいたずらをしていた印象だった。今のこいつらはどう見てもお山の大将のようなボス猿一匹に仕方なくついていっている子分たちにしか見えない。他の4人のみてくれは悪ガキには到底見えない。しかも、よく見れば一人女の子がいる。こんな連中と絡むような子には見えない。きっとこの4人はこのボス猿に付き合わなければならない何かしらの理由がるのだろう。門を出てから大通りに出るまで、道中には古風な定食屋やお洒落なカレー屋、レトロなゲーム屋、小さな電気屋と、一部の学生が必ず好むような佇まいの軒が連なっている。この道はたまに大治とくだらない話をしながら朗らかな気分で歩く程度だったが、今みている景色は全く違うものに見えた。しまった、そういえばこの後は大治と合流して約束の時間になったら事務所に向かうよう手筈を整えていたことを思い出した。このままだとまず間に合わない。しかしここで下手な動きをすると何をされるかわからない、いや、ここで何をしなくとも何をされるかはわからないのだが。心の中で大治に深く謝罪をしながら下駄を踏む。いつもより重く感じた。


 連れてこられた場所は昨晩と同じ公園だった。今俺は5人の人間に囲まれている。これから何をされるのだろうか、口の中に爆薬でも詰め込まれて嘲笑われるのか、全裸にされて身体中にスプレーを吹きつけられてボディペイントされて嘲笑われるのだろうか、どちらにしろいい気はしない結末になりそうなことは想像に難くない。とりあえずいうことは聞いたのだから一つくらい要求してもいいだろう。

「ひとまず、学生証を返してもらえるか?もう必要ないだろう」

「そうはいかない、お前が最後まで俺に従順だったらその時に返すかどうかは考えてやるよ」

 正直、学生証を返してもらおうがそうでなかろうと、どうでもよかったのだが、ここで抵抗してもこの人数差だ、勝てることはないだろう。時間稼ぎくらいはできるかもしれないがな時間を稼ぐほど頼りにしているものは今の俺にはない。ここは大人しく話を聞くことにしよう。しかし何も抵抗せずになされるがままと言うのは流石にプライドが許さないとも思った。


「お前、昨日の夜、俺たちのことを見てたやつだろ?」

「あんたが俺の学生証を持ってるんだから、聞く必要ないだろ」

「っち、口の利き方に気を付けろよ、俺はそんなに優しくないんだよ、いつ手が出てもおかしくないぞ」俺よりも10センチ近く身長が低いくせにやたらガラの悪い目で睨んでくる。下から睨まれても案外平気なものだな。

「自覚症状があるのはいいことだと思うぞ」俺は挑発とも捉えられかねない言葉を発していたらしい。自覚症状はなかった。その直後、左の頬に鈍痛が響いた。一瞬何をされたのかわからなかったが、手を出されたことはわかった。

「だから言っただろ、優しくないんだって」右手をさすりながらそう言ってくる。痛いなら殴らなければいいのに。

「いてて、それで、昨晩あんたらを見てたらなんだって言うんだ?」左手で左頬をさすりながら気丈に振る舞う。内心少し恐怖心があった。しかし負けたくない自分もいた。


「お前に言いたいことは一つだけだ。俺たちのことを探ったり、誰かに密告したりしたら許さないからな。それと、俺たちに協力しろ」一つじゃないのかよ、と言いそうになったが右の頬まで殴られるのは勘弁して欲しかったため言わないことにした。

「強力?なんの?」もう早くこの場をやり過ごして大治の元へ行きたいという気持ちもあった。あいつのことだ、俺の身に何かあったと思ってもおかしくない。間違ってもここであいつと合流するようなことになってはダメだ。

「そんなに難しいことじゃない、俺たちは日々遊ぶためのおもちゃを探してるんだが、その調達を頼むだけだ。普段は癇癪玉やスプレーで軽く遊んでいるだけだが、とある場所にもっと面白い爆薬や火薬、なんならちょっと危険なものまで置いてある。そしてもうすぐ新しいおもちゃが届くんだが、ちょっと厄介なやつらからそれを貰わなければならなくてな。面倒だからそれを取りにいって欲しいんだ」ボス猿がそう言った時、後ずさるような、靴が砂を擦る音が聞こえた。他の4人のうちの誰かが怯えているのか。なるほど、なんとなくこいつらが従順にこの猿に従っている理由がわかったような気がした。怖いのはこいつじゃなくてこいつのバックにいる組織のようだ。

「銃器の類か?」

「ふ〜ん、お前、いい勘してるじゃん」

 そこまで言われれば誰でもある程度は予想がつくだろうが、こいつ、典型的な脳筋不良少年だな。

「あんたの家は何をしているんだ、ヤクザか何かか?」

「そんなことはどうでもいいだろ?お前は言われたことをただやっておけばいいんだよ」

 よくこんなやつがうちの大学に入学できたものだ。そうか、裏口入学というやつか。莫大な金をつぎ込んだか、大学側にこいつの関係者でもいるのだろうか、何にせよ、厄介なやつに目をつけられたことは間違いない。

「断ったら?」断る選択肢はないことはわかっていたがとりあえず聞いてみることにした。

「この学生証を悪用してとりあえずお前をうちの大学から抹消してやるよ、そのあとのことはゆっくり考える。逃しはしないけどな」

 そんなことできるわけないだろうと思ったがこいつのバックに何が潜んでいるかはわからない今、断言はできない。ふむ、ある程度は予想していたがこれはいよいよ逃げ場はないようだな。この場はとりあえず引き受けておくか。

「わかったよ、とりあえずやってやるよ。」

「選択肢は最初からそれしかないけどな」

「ちゃんと仕事をこなしてきたら学生証は返してやるよ」今更ながら危険極まりない取引の代償にしては軽すぎる。あんなカード一枚だけとは。


「じゃあとりあえず俺たち専用の携帯をやるから。それを使って俺からの指示を待て。それを肩身離さず持っとけよ。GPS付いてるから逃げようものならすぐに気付くからな。」

 なるほど、まあそれくらいの拘束はしてきて当然だろうな。こいつ、頭はよくなさそうだが手慣れてやがる。

「ん?っち、今予備がねえのか、おい、里美、お前の携帯をとりあえず渡しとけ」

 里美と呼ばれた女が俺に携帯を渡してきた。このご時世に珍しく、ガラケーだ。簡

単な連絡しかできないようになっているようだ。余計なことをさせないためだろう。


ん?


「里美?」思わず声を出してしまった。

「なんだ?お前、里美の知り合いかよ」ボス猿が明らかに怪訝な顔をして睨んでくる。そんなに仕切りに睨んでいると目が取れちゃいますよ。

「いや、なんでもない。じゃあ、この携帯をもっとけばいいんだな」とりあえずその場は取り繕う。

「あぁ。いいか、余計なことはするなよ。警察に逃げ込んだりしても無駄だからな。少しでも楽しい学生生活を送りたかったら大人しくいうことを聞いておけ」

 こんなことする学生が楽しく生活できるわけがないだろう。全く、どこまでも物騒なやつだ。絶対に友達になれない。友達どころか知り合いにもなりたくない。


「じゃあ、動いてもらう時にはその携帯に連絡するから」

 そう言ってボス猿とその取り巻きたちはその場を立ち去った。去り際に、1番背後を歩いていた里美と呼ばれた女が俺の方をチラッと見た。何かを伝えようとしていたのかもしれないが残念ながら伝わらない。しかしこれは重要な情報を得たかもしれない。里美なんて名前、珍しくもないが、もしあの女が佐々木里美だとしたら、これはいわゆるあれだ。探す手間が省けた、というやつだ。


 一旦解放された安堵感からか「ふう〜」と一息ついて公園を出た時、スーツ姿の男が現れた。

「無事かい?小吉くん」

 その男は出会ってから何も変わらない、何を考えているのかよくわからないような飄々とした表情で俺の身を案じた。

「賀茂、さん」

 流石に傷心していたのか、思わず賀茂「さん」と呼んでしまった自分に驚いた。

「その頬、タタごとではなさそうだが、何があったんだい?」賀茂が俺の頬に手を添えながら聞いてくる。

「多分、タタごとじゃないさ。でも、探す手間は省けたよ」

「・・・はえ?」

 賀茂の面喰らった顔を見て、少しだけ気分が良くなった。





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