第15話 小吉の作戦

 大学についた僕たちは予定通り情報課に向かおうとしていた。僕たちの通っている大学は私立大学で敷地面積はそれほど大きくない。広さをわかりやすく表すためによく東京ドーム何個分などという言い回しがあるがこの大学はおそらく東京ドームに満たない。東京ドーム0.8個分ほどだろうか。学部ごとに講義棟は異なっており、他にもキャンパスはある。故にこのキャンパスが全てではないのだが、僕たちは偶然にも3人ともこのキャンパスの学生だった。

 入り口は大きく分けて3つある。歩いて大学に向かう学生が利用者の大半を占める南門、バス通学の学生がバス停から歩いてくるのに1番近いのが東門、あまり使われていないが自転車通学の学生がよく利用している大きな駐輪場がある北門である。北門がそれほど使われていない理由は、東門にも南門にも駐輪場はあるからだ。北門にある駐輪場が1番大きく大量の自転車を収容できるのだが、徒歩で通う学生が比較的多いこの大学ではその無駄に大きな駐輪場がいっぱいになることは滅多にない。それに大学の南側の方が栄えており、自然とそちらに住んでいる学生の方が多くなっているため、北門まで自転車で行く学生なんてそういない。

 僕たちはその中で南門から大学に入った。ちなみに僕と小吉がよく使っている講義棟である旧校舎は南門のすぐ脇にあり「さくら」も南門に近い、という点が通うようになった一因でもある。なぜ旧校舎と呼ばれているのかは知らない。古い建物であるのは間違いないが、特に気にしたことはなかった。


 情報課はキャンパスのちょうど真ん中の建物、学生館Cの中にあった。通称学Cと呼ばれる。学Cには情報課の他に購買や季節ごとのイベントのチラシを掲示板に見に行くこと以外に基本的には用はないため、学生の数はいつ行ってもまばらだ。僕たちがついた時も学生の数は少なく、閑散としていた。そう言えば今は5限の講義中だった。


「それで、どうするんだ、小吉?」僕は情報課の窓口を小吉越しに見ながら言う。

「まあ、任せておいてくれよ」小吉はズカズカと闊歩していく。まるで褒美をもらいにいく戦の功労者のようだ。

「大丈夫なの?」瀬奈も心配そうに見ている。

「さあ・・・」


「あの、すみません、友達が学生証なくしちゃったみたいで、明日までに必要らしくて、でも今体調崩して大学にも来れないみたいなんですよ。代わりに学生証の再発行とかってお願いできないですかね?」


 掲示板を見るh利をしながら聞き耳を立てているとそんなことを言う小吉の声が聞こえる。瀬奈と一瞬顔を見合わせるが何とも言えない表情をしている。「本当にあれで大丈夫なの?」と言いたげな顔だ。僕にもわからない。学生証の再発行は確かにここでできるが、個人情報も含まれるし、本人しかできないような気がするのだが、小吉は何をするつもりなのだろう。


「そうですか、本来であればご本人に来ていただきたいのですが、それに再発行の申請だけならはネットでもできますよ?」窓口の職員さんが淡々と対応する。慣れた口調でマニュアル通りのセリフのようだ。こう言うことがよくあるのだろうか。


「そうなんですけど、思ったよりひどいみたいで、できれば代わりに作ってきて欲しいみたいで・・・。何とかなりませんかね」小吉は負けじと食い下がる。


「そうですね、では再発行の申請は出しておくので受け取る時は本人様が確認できる何かしらの書類を持ってきてもらえますか?ご本人が来てくださるのが何よりですけど」職員も面倒なことは嫌いなのだろうか、作れるものはさっさと作ってしまいたいのかもしれない。意外とおせばいけるようだ。


「ありがとうございます」


「それでは、お名前を聞いてもいいですか?」


「佐々木里美です」


「学部は?」


「文学部です」


「はい、ちょっと情報を探してみるわね」



 15分後、僕たちは「さくら」で項垂れていた。正確には僕と瀬奈が。小吉は世の中間違ってるよな、と言わんばかりのしかめ面をしていた。結果から言うと、何もわからなかった。佐々木里美という人物はこの大学には存在すらしていなかった。

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