第7話:ドーナッツの一番美味しいところは、真ん中の『穴』ですのよ?(その2)

「なるほど。つまり、単純に味を競い合う大会ではない、という事だ」

「まさか、『期間中にどれだけ稼げたか』が勝敗の指標だなんて思わなかったよな」

「宣伝や広報といった意味合いの大会ではあるまい。であれば、この街はコンテストを通じて、実際に店舗経営ができる職人を探していると見てよかろう」

「優勝したら、開店費用を援助してもらえる、とか書いてあるけど…。でも、オレたち、この街に根を張るわけにはいかないぜ」

「ほう、それは残念だ。俺は幾許かの期間を逗留したところで差支えないがな…」

「お、お前はそうか…。ち、チクショウ」

「それで、期間はどのくらいだ」

「ええと…3日間だそうだよ。長いようで短いな…」

「明日の朝からだったな。人智の及ぶ限り可及的速やかに準備にとりかからないと時間がないのは明白だろう」

「屋台と道具類は貸して貰えるらしいよ。広場を囲むように挑戦者の屋台が並んで、広場に据えられたテーブルや椅子にお客さんたちが座って食べる、という寸法さ」

「つまり、どの屋台が人気店か瞭然という事だ。口惜しいと言わざるをえないが、ここはひとつ、お前と組むしかなさそうだ」

「そこは、オレもめずらしく同感さ。となると、何のお菓子を作るか、が問題だ」

「俺には、爆炎のスキルも氷結のスキルもある。期待していいぞ」

「いやほんと、ラフロイグちゃんのスキルは助かるよな。オレは、断然ドーナッツがいいと思ってるよ。カフェの店主から譲り受けた秘伝のレシピがあるからね。お前の火力があれば、今までよりもおいしいドーナッツができるぞ!」

「ドーナッツだと? 却下だ。この街はスイーツが名物だと小娘が言っていたな。であれば、ありきたりな揚げ菓子では人はよりつかんぞ」

「じゃ、じゃあ、ラフロイグちゃんは何がいいと思うんだ?」

「アイスクリームだ」

「あ、あいすくりーむ? なんだいそりゃ?」

「なんだ、知らんのか。動物の乳に砂糖と生クリームをまぜて冷やし固めたスイーツの事だ。ここに果物や香辛料を加える事で商品のバリエーションを持たせることができるという寸法だ。俺の氷結のスキルを使えば、たやすく量産できる。ふん。どうやらお前は、南の事には詳しくても、北の事には疎いようだな」

「冷たいお菓子だと…? そ、そんな物がこの世に存在するのかよ…。きょ、興味はかなりひかれるけど…。でも、だめだだめだ。そんな得体の知れないお菓子に人が集まるとは思えないよ。ここはオレのドーナッツを中心に、デニッシュやブラウニーやチョコレートケーキみたいな焼き菓子でバリエーションを増やして、特製の紅茶をつけるのがいいと思うぜ」

「愚か者め。それでは本当に客に食わせたい菓子が何なのか、全くわからん。であれば、プレーンのドーナッツを中心に、チョコレートがけドーナッツ、ナッツ入りドーナッツ、クリーム入りドーナッツとドーナッツのバリエーションを増やすのが定石だ。なるほど、菓子の腕はいざ知らず、経営については素人と見える」

「そ、そうか…確かにその方がいいかもな…。いやでも、だったら、やっぱりドーナッツでいいんじゃないか?」

「面白いほど意見が合わんな」

「そのアイスクリームという菓子を、オレは確かに食べてみたいさ。でも、今回は『いくら稼いだか』が勝負だろ? だったら、誰も知らない菓子で賭けをするよりも、地道に勝ちを狙いにいきたい」

「そうか。では、別々にエントリーするしかないだろう。仕方あるまい」

「べ、別々にかよ! …ま、まあいいけどさ」

「互いにライバルという事であれば容赦せん。お前の屋台の客が全て俺の屋台に引き込まれたとて、文句はあるまい」

「へんっ! 今度はオレが、その言葉をそっくり返してやるよ! ほえ面かくなよ!」

「はいはい、ラフロイグさん、ラガヴーリンさん、そのくらいにしてくださいね。それで、どうするか決まったんですか?」

「メスガキ、いたのか。なら話は早い。お前が盗み聞きしていた通りだ。俺とゴブリンは別々でエントリーをする」

「へえ、なんだか面白くなってきたじゃん。ラフロイグの姉キとオジサン、勝負するんだ」

「あっ! そうだ、カリラちゃん、ちょうどよかったよ。オレの屋台で給仕をやってくれよな。オレみたいなブサイクなオヤジがひとりで屋台やってちゃ誰もよりつかないもんな」

「ええ~、オジサンの屋台でウェイトレスやんの? 子供に働かせるつもりかよ~」

「子供って…。実年齢はアイラちゃんより年上なんじゃなかったのかよ…」

「ゴブリンよ、お前が小娘を給仕としてつかうつもりなら、俺にも考えがある。おいメスガキ、お前は俺の屋台で給仕をしろ」

「ボ、ボクですか? え…ええ、まあ、ご協力しますよ」

「あ、エレンもやるんだ。だったら、あたしもやってもいいよ」



「で、なんでこのかっこうなのよ…」

「あら、いいではないですの、カリラちゃん。メイド服がなかなかお似合いですよ。化粧もばっちりしてさしあげましたから」

「お、お姉さん、カリラはいいと思うんですけれど…ボクもメイド服なのは、なぜなんでしょう」

「きゃぁあ! エレンちゃん、かわいいですわ! だって、ブドウ踏みの祭り以来、一度も男の娘として活躍していないではないですの。今日から3日間、ラフロイグさんのために働くんですのよ」

「オバサン、エレンの化粧の方があたしのよりも気合入ってるよな…。それにさ、ちえっ! あたしはゴブリンのオジサンの方かよ」

「悪い悪い。あとでたっぷりドーナッツをごちそうするからさ」

「ドーナッツねえ…」

「…よし。これで役者はそろった。あとは、俺がゴブリンを完膚なきまでにたたき潰すだけ、というわけだ」

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