20.水泳って楽しいよね

 プール開きの日がやってきた。

 我が学園は屋内プールである。雨の日でも快適に泳げるのがどれほどの強みか。中学まで屋外プールを経験してきただけにありがたみがわかる。

 てなわけで水泳の授業は予定通り行われる。別に面倒だとは思ってないよ。泳げないわけじゃないからな。得意でもないがな。


「ふ、藤咲さんの……水着姿……」

「おお……藤咲さんと同じクラスになれてよかった……本当に、よかった……」

「こ、こんな最高の時間をくれるなんて……、プール最高だぜ」


 一応言っとくが、今のは俺のセリフじゃないぞ。一つたりとも俺ではない。

 クラスの男子どもが鼻の下を伸ばしている。その中には井出も含まれる。俺はそいつらを眺めて「残念な面してんなぁ」と感想を漏らすだけだ。

 奴らの視線の先にいるのは女子の集団。さらに言えば藤咲さんに釘付けだった。

 水泳の授業は男女ともに同じプールで行われる。

 体育はいつも男女別で違うことをしている。体操服ですらなかなか近くでお目にかかれるものではないのだ。

 それが水泳となれば同じ場所だ。一応の線引きはされているものの、同じプールならすぐ近くにいることに変わりない。

 学校指定のスクール水着。だが藤咲さんの暴力的なスタイルの前には無力だ。身体のラインがものすごいことになっている。もう一度言おう。ものすごいことになっている!


「おーい、準備体操するから集まれー」


 男性教諭の声。男子が固まりになって移動する。多数の視線が藤咲さんに向けられたままだったが。

 こういうのって女子は敏感に気づいてるっていうけどな。藤咲さんはといえば、凛とした佇まいは変わらない、ように見える。

 俺は先生に目線を固定して準備体操する。真面目な生徒ってことで点数上げてくれてもいいのよ?

 こないだ琴音ちゃんメイドと遊べたからな。男として大切なものの充電はできている。

 それができていなければ、俺もクラスの男子どもと同じく藤咲さんにエロい目を向けていたかもしれない。ふー、危なかったぜ。


「まずは軽くクロールで泳いでみろ」


 準備体操を終えて、先生の言う通りに泳いでいく。

 軽くって言うけどさ、クロールって疲れない? 二十五メートル泳ぐころにはけっこう息切れしちゃうんだけど。

 まあ軽くできる奴らは余裕そうだ。どんぐらい余裕かといえば、視線が女子がいる方に固定されたまま泳ぎ切ってしまうくらいには。

 水泳の授業は水難事故を防ぐためという目的があるのだとか。

 なのに下心を膨らませて泳ぐのは何事か。女子の皆さん、こいつらを軽蔑してやってください!


「じゃあ次は平泳ぎな」


 そんな奴らに気づきもせず、先生は授業を続ける。体育の先生って運動できる奴に甘いところがあるように感じるのは俺だけか?

 俺の番が回ってきたので平泳ぎで二十五メートルを泳ぐ。

 スタミナ消費を抑えるためには平泳ぎがいいって聞いたことがある。でも俺には合ってないのか、クロールよりもかなり疲れてしまう。まあ呼吸するのは確かに楽ではあるんだけどな。

 先生の指導を挟みながら時間は過ぎていく。それは女子も同じこと。


「ではここからは自由時間とする。わかっていると思うがくれぐれも危ないことはしないように」


 男女ともに同時にそう宣言された。プール開きの日は自由時間がちょっと長めだ。

 高三とはいえ自由時間はテンションが上がる。いや高三だからこそ、今年で高校最後になるであろう学校のプールではしゃぎたいのだ。

 しかも、その最後の年に学園のアイドルである藤咲彩音といっしょのクラスになれた。男子にとってこれほどの幸運はなかなかない。

 中には「藤咲さんと同じ水に浸かれるだなんて……」と歓喜に身を震わせている男子がいたりする。つーか井出だった。見なかったことにしよう。


「おーい藤咲さん」


 俺は藤咲さんに声をかけた。振り向いた表情は怪訝なものであった。


「何かしら会田くん?」


 声色もなんか警戒心がにじみ出ている。まあ彼女に向けられていた視線を考えれば納得するしかないか。

 水に濡れた藤咲さんは美少女だった。いや、濡れてなくても美少女だから関係ないわ。とにかく近くで藤咲さんの水着姿が見られて眼福だ。

 と、見惚れている場合じゃない。さっさと用件を伝える。


「俺と勝負しようぜ」



  ※ ※ ※



 琴音ちゃんは藤咲彩音を完璧超人だと思っている節がある。

 それは外見だけの話じゃない。文武両道だったり性格面も含まれる。

 もしかしたら琴音ちゃんは姉の勝ったところしか見たことがないのかもしれない。小さい頃から敵なしな場面を見せ続けられたとしたら? あんな風に姉を特別視してもおかしくないのかもな。


「先に二十五メートル泳ぎ切った方の勝ち。泳ぎ方は自由。それでいいか?」

「ええ、いいわよ」


 案外あっさりと俺の勝負に乗ってくれた。

 藤咲さんが何かするってことで、クラス全員協力してくれてコースが空けられた。それどころかみんな観戦モードである。居心地悪い視線が俺にも向けられる。


「なんであいつ藤咲さんと話してんの?」

「つーか勝負ってなんだよ?」

「彩音ちゃん仲いい男子いたんだー」


 男子から柄の悪そうな「あ?」とか「お?」の声が聞こえてくる。威嚇はやめてもらいたい。

 まあほとんどは興味本位の視線だ。男子だってほとんどは藤咲さんの泳ぐ姿が見られてラッキー! という感情がうかがえる。

 俺と藤咲さんは位置につく。うちの学校のプールは飛び込み禁止なのでプールに入ってのスタートだ。


「で、私に勝ったらどんな要求をするつもりなのかしら?」


 いつでもスタートできる体勢の藤咲さんに尋ねられる。


「要求?」

「何かあるのでしょう? 勝負の前に聞いておかないと不公平よ」


 これ勝った方は負けた方になんでも命令できちゃうの?

 俺はただ、琴音ちゃんに敗北で涙に濡れる藤咲さんを見せつけたいだけだ。ん? これ俺悪者っぽくないか。


「別に。何もないぞ。勝負っていってもただの遊びだ」


 欲しいのは結果だけだ。

 いくら藤咲さんが運動できるっていっても男子には勝てまい。体格の差を思い知るがいい。卑怯? 勝てばよかろうなのだ!


「そんなわけ──」

「よーい、スタート!」


 藤咲さんの言葉を塞ぐ形で勝負開始を告げられた。空気読めないスタート宣言したのは井出だった。狙ってないだろうがグッジョブ!


「お先ー」

「あ」


 この隙をついて俺はロケットスタートを決める。慌てて藤咲さんが追いかけてきた。

 スタートの差は、俺がリードする形ではっきりと表れた。

 フハハハ! この勝負、俺の勝利だ!


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