15.髪は大切にしてあげて

「お帰りなさいませご主人様! ……って祐二様だ。おーい琴音ちゃーん、祐二様来たよー!」


 琴音ちゃんがバイトをする日を狙ってメイドカフェへと遊びに行く。そんなことを続けていたら他のメイドさんに顔を覚えられてしまった。


「あっ、祐二様。お帰りなさいませ」


 他のメイドさんが俺のことを「祐二様」と呼ぶもんだから、琴音ちゃんもその呼び方に慣れてきたみたいだ。まあ最初は琴音ちゃんが呼んでいたのを他のメイドさんがマネしたからなんだけどね。

 学校では「先輩」、メイドカフェでは「ご主人様」。どちらも扱われ方として申し分ない。むしろ二度おいしいのでもっとやってくれ!

 俺の専属メイドとして扱われている琴音ちゃんが席へと案内してくれる。

 俺とは知り合いと説明しているようで、手が空いている時は琴音ちゃんが接客してくれる。メイドさん公認とか、この特別扱いは嬉しいね。


「最近雨ばっかりで嫌になるよねー」


 会話の定番、天気の話。天気デッキは最強です。


「梅雨なんですからしょうがないですよ。でも湿度が高いのは確かに嫌ですね。髪がまとまらないですし」


 琴音ちゃんは自分のツインテールを撫でる。いつも通りのバッチリツインテール。苦労知らずのサラサラヘアーに見えるのは、彼女がそれだけ努力しているという証なのか。


「お姉ちゃんはそんなことないんですけどね。いつも髪の毛サラサラで惚れ惚れしちゃいますよ」


 それブーメランでは? 彼女のサラサラヘアーに俺が惚れ惚れしちゃってるよ。


「ふぅん。サラサラツインテールの琴音ちゃんがそんなこと言いますか。もっさり頭の俺への宣戦布告と見た」

「え、い、いえ祐二様の髪のことは別に……」


 とか言いつつ視線が俺の頭へと注がれる。

 小爆発したみたいな惨状。これでもおしゃれに気を遣ってワックスつけてみたんだぜ? なのにどうしてこうなった……。


「……祐二様の髪、ちょっと伸びてます?」

「ん? まあ、そろそろ切らなきゃかな」


 前髪を摘まんでみると眉毛にかかるくらいの長さになっていた。後ろはもっと伸びてるように感じる。そろそろ切り時か。

 おしゃれさんはこまめに美容院に行くのかね。俺の場合は伸びたと思ったら行く、って感じ。そう感じるのに二、三か月はかかる。


「あたし、切りましょうか?」

「え?」

「祐二様の髪、整える程度でよければですけど」


 彼女から髪をカットしようかと提案された。

 髪は長い友という。もしくは女の命とも。とにかく人にとって髪は大切な部分である。

 それを彼女から触れるという。大事なところを触られるだなんて……ドキドキするね。


「じゃあ、お願いしようかな……」

「はい! ではまた予定を話し合いましょうね」


 笑顔でビシッと敬礼された。なぜに? そんなツッコミは野暮なのでしないけどな。

 敬礼から流れるように奥へと引っ込んでいく琴音ちゃん。だがすぐに戻ってきた。


「も、申し訳ありません! ご注文を聞くのを忘れていました……」


 うん、ここはメイドカフェだもんね。琴音ちゃんのためにも売上に貢献しようか。それで今のうっかりをなかったことにしておくれ。



  ※ ※ ※



 突然だが、俺は父親と一軒家で二人暮らしをしている。

 母親は俺が幼少の頃に他界している。父親はいっしょに住んでいるとはいっても、仕事が忙しくて顔を合わせるのが珍しいほどだ。

 実質一人暮らししているのとさほど変わらない。ちょっと学園もののラノベ主人公っぽくてテンション上がってた時期があったが、美少女と同居するという未来が微塵も見えないので平静を保てるようになった。


 な・の・に・だ!


「お、お邪魔しますっ!」


 琴音ちゃんが俺の家にやってきた。夢でも幻でもない。これは真実である。紛うことなき現実なのだ。

 俺の髪を切ってくれると、琴音ちゃんは言ってくれた。

 ドキドキしながらお願いしたはいいものの、問題は場所だ。

 さすがに琴音ちゃんの家にお邪魔するわけにはいかない。路上でカットするのは変なパフォーマンスに思われそうだし何より恥ずかしい。公園も同じく。というか外はやめてくださいと言われてしまった。

 で、俺の家という話になった。

 彼氏彼女とはいえ、家である。抵抗されるかと思って口にしたってのに、琴音ちゃんは名案です、と言わんばかりの笑顔で了承した。了承してしまったのである。

 この子警戒心とかちゃんと働いてんのかな? そんな心配をしながらも、本日彼女を家に招き入れてしまった。

 当然のように父親は仕事で留守だ。つまり二人きり……。若い男女が二人きりなのである!

 もってくれよ俺の理性。自分のことだってのに願わずにはいられない。神頼みしたくなるほどに、自分が信用できなかった。


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