8.お弁当タイム

「つまり、藤咲さんの妹さんとはいかがわしい関係ではないと?」

「そうだよ、さっきからずっとそう言ってるだろ」


 井出の説得は昼休みになるまでかかった。おかげで午前中の休み時間が丸々潰れてしまった。

 友達として、井出にだけは俺が満足するまで自慢してやろうと思っていたのだが、思った以上にこいつの口は信用できなかった。あることないこと……どっちを広められてもまずいな。

 やはりまともな恋人でなければ後ろめたいものである。ちょっと勉強になった。

 とにかく、この話はここまでだ。


「とりあえず飯食おうぜ」


 そう言って取り出したのは、今朝琴音ちゃんから受け取った弁当箱だ。井出には藤咲さんと同じ説明をしてある。羨ましそうな視線が心地よいね。

 彼女からの手作り弁当である。控え目に言って超楽しみだ。

 井出と机をくっつけて昼食タイム。せっかくの手作り弁当だってのに相手が井出だとちょっと嬉しさが減少してしまう。


「あのー……」


 横から声がした。反射的に顔を向ける。

 そこにいたのは亜麻色の髪をツインテールにした後輩少女。琴音ちゃんが頬を赤くしながら俺を見つめていた。


「え、あれ、琴音ちゃん? どうしてここに?」

「えっと、教室に入っていいって言われました……お姉ちゃんに」


 同じく教室で友達グループと昼食をとっている藤咲さん。チラリとこっちを確認するかのような視線を向けてくる。その視線はすぐに戻された。


「それで、ですね……」


 もじもじしている。そんな姿がまるで恋する乙女に見えてしまう。俺、告白されんのかな?


「ゆ、祐二先輩とお昼ご飯をいっしょにと、思いまして……」


 そう言って掲げられたのは彼女手作りのお弁当であった。俺がもらったものと同じやつだ。

 彼氏彼女がいっしょにお昼ご飯、というのは普通のことなのだろう。実際クラスメートにもそういう連中がいる。見せつけている奴らは爆発しろと冗談抜きで思う。

 だが俺と琴音ちゃんにその普通は当てはまらない。俺から行くのならわかるが、琴音ちゃんの方からくるのは意外だった。

 いいのか? しかしここで断るのは男が廃る。


「悪いな井出。先約を忘れてたわ」


 形だけ井出に謝っておく。奴は琴音ちゃんが現れてから驚きのせいかずっと口を半開きにしていた。


「行こうか琴音ちゃん」

「はい、祐二先輩」


 俺は琴音ちゃんを伴って教室を後にした。人からの視線が心地よく感じたのは久しぶりだった。



  ※ ※ ※



 中庭のベンチに琴音ちゃんといっしょに座って、彼女手作りの弁当を開けた。


「あ、あの、突然教室に行っちゃって大丈夫でしたか?」

「何も問題なんてないさ」


 キラリと白い歯を光らせる。毎日しっかり歯を磨いていてよかった。

 でもまた調子に乗ってキメ顔になってしまった。我ながらキモい。引かれたらどうしよう。


「それならよかったー」


 琴音ちゃんはほぅと息を吐いた。あれ、俺キモがられてない? 大丈夫?

 表情から嫌悪感は見られない。純粋に安堵しているように、見える。


「じゃあ弁当開けていいかな?」

「は、はい。どうぞ……」


 緊張した面持ち。俺が弁当を開けるのを今か今かと見つめている。

 ……なんかこっちまで緊張してくるな。


「……」

「……」


 少しだけためらう。その間も琴音ちゃんの目は俺の手元、弁当箱を持つ手に注がれていた。

 ふっと息を吐いて弁当を開けた。


「おおっ……お?」


 喜びの声を上げようとして、その前に首をひねっていた。

 おかずは二種類あった。


「ブロッコリー?」

「はい。ちゃんとゆでてあります」

「ささみ?」

「はい。低脂質高たんぱくですよ」


 以上、おかずはこれだけである。まあ量はあるんだが。この二種類のおかずだけで右半分がぎっしりだ。左半分は玄米である。

 琴音ちゃんは俺をどうしようというのだろうか。そんなに太ってはないつもりなんだけどな。なんだかおかずがダイエット食に見えてしまう。

 もっとこう、卵焼きとかハンバーグを想像していたよ。タコさんウインナーとか可愛いよね、とかさ。

 彼女から初めての手作り弁当である。文句は言うまい。もちろん完食した。


「琴音ちゃんはいつもこういうお昼ご飯なの?」


 自販機で飲み物を買って食後の一服。ぽかぽか陽気が気持ちいい。

 琴音ちゃんも俺と同じ弁当だった。いつもこんなストイックなメニューなのかと気になって尋ねてみた。


「いいえ、いつもはお母さんが作ってくれますよ」


 だから、と彼女は続ける。


「あたし、誰かのためにお弁当を作ったの初めてなんですよ……」


 琴音ちゃんは恥じらいの表情を浮かべる。瞬きすることすら可愛く感じるね。


「へえー、それは嬉しいな。もしかしてお母さんかお姉さんに作り方教えてもらったりしたの?」


 何気なく口にしたことだった。


「……お姉ちゃん?」


 琴音ちゃんの恥じらっていた表情がすっと消えた。


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