6.夢じゃなかった関係

「どうしたんだい祐二? 顔が気持ち悪いぞ」


 登校中、昨日の出来事を振り返って幸せになっていると、不意に横から言葉の刃が飛んできた。

 相手は俺の友達。名は井出いで。眼鏡以外に特徴のない男子である。微妙にダサい眼鏡なのが特徴と言えば特徴か。


「ぐはっ!?」


 井出にラリアットを食らわせる。言葉の刃には暴力で対抗する。それが俺の流儀だ。そう今決めた。


「い、痛いじゃないか!」


 すぐに復活する井出は見かけによらずタフである。


「昨日ドタキャンしたのを俺は忘れねえ」

「うっ……。だからそれは謝ったじゃないか。急に用事ができたんだよ」

「わかった。だからこれでチャラだ」


 男は物理でわかり合うものだ。これもまた井出とのコミュニケーションである。

 さて、井出にどうやって自慢したものか。何をって? もちろん昨日の出来事である。

 昨日俺に彼女ができた。

 相手は藤咲妹。とっても可愛らしい後輩少女である。

 期間限定とはいえ俺の彼女になってくれたのだ。これから楽しい日々になるだろう。なんたって可愛い女子だからな!


「……あれ?」


 そういえば俺、藤咲妹の連絡先を知らないぞ。

 昨日はすぐバイトに戻っていったからな。俺も舞い上がってばかりで気づかなかった。あの後そのまま帰っちゃったし。

 ど、どうしよう……。井出に自慢するどころじゃないぞ。連絡先すら知らないって、それ彼女って言えんのか?

 それどころか俺の彼女になるって話もなかったことにされたら……。いやまあ拒否されてもおかしくない告白だったがな。


「祐二先輩っ」


 脳内であわあわと慌てていると、俺を呼ぶ声がした。

 明らかに女子の声。俺に気安く声をかける女子に心当たりがない。女友達がいない的な意味で。

 顔を向ければ藤咲妹がこっちに小さく手を振っていた。ちょっとだけ恥じらいを感じる表情だ。


「お、おはようございます」


 ぎこちないあいさつ。俺と彼女の関係を思えば不思議ではない。それでも声をかけてくれただけでほっとした。


「おはよう」


 さっきまでの不安なんてなかったかのようにあいさつを返す。

 井出を置き去りにして彼女の隣に並んだ。なんたって彼女だからな。


「え? え?」


 一人で戸惑っているのは井出だけだ。

 悪いな。これからはモテない同盟には付き合えない。

 俺は手をひらひらと振って呆然と立ち尽くす井出を置いていった。


「あの、お友達ですよね? いいんですか」

「男には、やられたらやり返さなきゃならない時があるんだよ」

「は、はぁ……?」


 まあこれで本当に昨日のドタキャンの件を許してやろう。ふふ、可愛い女子をはべらせる俺を羨ましがるがよい。


「それでその……祐二先輩とあたし、付き合うことになったじゃないですか」

「うん、まずは覚えていてくれて安心したぞ」

「そんなにすぐ忘れちゃうくらいバカに見えます?」


 おっと、そういう意図はなかったんだが。俺の夢ってオチじゃなかったってことに安心しただけだ。

 藤咲妹も別に怒るつもりもなかったらしい。顔を寄せてきて、ぼそぼそと言う。


「なので……お弁当作ってきたんですけど……。もしかして祐二先輩もお弁当持ってきてたりしますか? よく考えたら連絡先交換してなかったですし、確認できなくて……。でも作っちゃったのでどうしようかと……」


 え、弁当?

 まさかの彼女手作り弁当である。いきなりそんなの想定してないよ。いや、嬉しいんだけどね。なんかこう……勘違いしそうな展開だ。

 彼女になったとはいえ、ぶっちゃけ脅したようなものだ。手作り弁当は希望ではあったが、こんな関係ではお願いするだけむなしくなると思っていた。

 それを自分からとは……。もしかしてこの子、俺のこと好きなんじゃね? と勘違いしても仕方ないのではなかろうか。


「いつも購買でパン買うだけだから。ありがたくいただこうかな」


 沸騰しそうになる頭を無理やりクールダウンさせる。冷静な俺はまともな返答ができたはずだ。


「それと、ですね……」


 ま、まだ何かあるというのか?

 藤咲妹はチラチラとこっちをうかがう。だからそういう態度が勘違いさせて犠牲者を生むんだって。男子は女子が思っている以上に繊細なんだぞ。


「あたしと連絡先を交換してくれませんか?」


 緊張しているのか声が震えていた。俺の身体もぶるりと震えた。

 一応彼氏彼女なんだからそれくらい当然だ。だから心臓よ暴れるんじゃない。きっと、こういうのは普通のことなんだから。

 緊張を表に出さないよう、俺は力いっぱいの笑顔で了承した。勘違いしないよう自分に言い聞かせるのが大変だった。



  ※ ※ ※



「会田くん、私の妹……琴音とどういう関係なのかしら?」


 朝から嬉しいことがあったせいなのか。なぜか険しい顔をした藤咲さんに問い詰められていた。

 美人が怒ると怖いって本当だね。乾いた笑いすら出てこなかった。


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