第五話
今日も姉さんは朝から慌ただしく動き回っていた。学校祭が終わって今日からしばらくは時間にゆとりを持てるみたいなことを昨晩言っていたような気がしたのだけれど、今日はいつも以上に落ち着きがない。何かとんでもない失敗をしてしまった子供のようにせわしなく動き回っている。だが、そんな姉さんの事を僕の両親は注意するわけでも諭すわけでもなく、ただ熱心にテレビに見入っていた。
テレビで何か変わったニュースでも取り上げているのかと思ってみてみると、とても見慣れた風景が映し出されていた。何度も行ったことがある近所の公園にある特徴的な形をした大きな滑り台が画面いっぱいに映し出されていたのだ。何があったのだろうとしばらくテレビを見ていると、女子生徒の首吊り死体が発見されたという事がわかった。
遺書はどこからも発見されていないため、今の時点では自殺なのか事件なのか判断がつかないとのことだが、姉さんの狼狽えっぷりを見ていると亡くなった生徒さんは姉さんが勤める高校の生徒なのだろうという事は想像がついた。もしかしたら、姉さんのクラスの生徒なのではないかと思っていたのだけれど、そんな事をこの状況で聞くことなんて僕には出来なかった。仮に、そうだったとしても僕には姉さんを慰めるような言葉をもちあわせてはいないのだ。
いつもなら父さんが先に家を出ていくのだが、今日は朝ご飯もろくにとっていない姉さんがあっという間に家を飛び出していった。姉さんが出ていったのを確認した父さんが口を開いた。
「有紀の学校の生徒さんらしいが、お前は何か有紀が困っているような事を聞いたことはあったか?」
「いや、そんな話は聞いた事ないけど。姉さんの仕事の話ってあんまり聞いた事ないな」
「そうか。それならあんまり有紀にこの話はするなよ」
父さんはそれだけを言うと残っていたコーヒーを飲み干してキッチンへと食器を運んでいた。母さんは何も言わずにただテレビ画面をじっと見つめていた。僕は用意されていた朝食をとりながらも特に変わり映えのしないテレビ画面をじっと見つめていた。今日のご飯はいつもよりも味が濃いような気がしていた。
テレビは相変わらず目新しい情報を出すわけでもなく、少女が首を吊っていた梯子を映し出していた。もっとも、その梯子は周りを大人では屈まないと入れないような入口と天井を除いて壁でおおわれているので外からは見えないのだが、その梯子にロープを三重に巻いて首を吊っていたらしい。
たまたま犬の散歩をしていた人が発見したそうなのだが、普段は大人しい犬が滑り台に向かって吠え続けていたのを不審に思って確認したところ、はしご付近に水たまりが出来ていて、そのまま見上げるとそこに少女がゆらゆらと揺れていたそうだ。
自殺にしても何らかの事件にしても、何とも痛ましい事ではあるし、未来のある若い命が失われたというのは心に思うものがあった。それに、僕がよく行っていた公園であったという事もあり、なんだか他人ごとではないような気すら思えていたのだった。
恋愛アプリの中で交わされるやり取りも今日ばかりはこの話題が多く、様々な情報が錯綜していたのだが、昼前になったくらいになるとだんだんと情報も出そろってきた。
どうやら、亡くなった生徒は宮崎泉らしい。その情報が正しいのかただの誤報なのかはわからないが、宮崎泉は昨日の夕方から恋愛アプリにアクセスしていなかった。たまたまアクセスしていないだけなのかもしれないのだが、僕ではない奥谷信寛本人からのメッセージ通知も入っているので、それを確認しないというのは少し不自然な用にも思えていた。僕はあれからも時々宮崎泉とやり取りをすることはあったのだが、正体がバレてからは奥谷信寛としてではなく運営者としてメッセージを送っていたので、奥谷信寛からのメッセージにはすぐに飛びついてもおかしくはないだろうと思っていた。
「宮崎が俺の事を好きだと言ってくれたのは嬉しいんだが、やはり俺は宮崎と付き合うことは出来ない。宮崎はイイやつだと思うし、可愛いとも思う。でも、俺には小さいころからずっと好きな人がいるんだ。宮崎も知っていると思うけど、それは山口なんだ。どうして俺が山口が好きかなんって理由はもう覚えていないんだけど、とにかく俺は山口の事が好きなんだ。宮崎の事は本当にいいやつだと思うし、最近では一緒に過ごすことも多くなって楽しいなって思うようにもなってきた。でも、それでも俺は宮崎よりも山口の事の方が好きなんだ。申し訳ないが、俺は宮崎の気持ちに答えることは出来ない。それだけは分かってくれるとありがたい」
奥谷君の送ったメッセージを宮崎さんは見ていない。もしかしたら、首を吊った女子生徒が宮崎さんではなく別の人で、たまたま宮崎さんはスマホを見ていないだけなのかもしれない。でも、今もこれからもこのメッセージが宮崎さんに届くことは無かった。
公園で首を吊っていた女子生徒は、宮崎泉だったのだ。
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