第10話

「泉ちゃんに勘違いして欲しくないんだけどさ、私達が山口にすることはいじめとは全然違うんだからね。私達は山口が嫌いとか気持ち悪いとかそんな理由じゃなくて、亜紀ちゃんに対して酷いことをしたのに謝ってくれないから仕方なくやるだけなんだよ。これはいじめじゃないっていうのは泉ちゃんも分かってくれるよね?」

「うん、私も山口さんが亜紀ちゃんに対して酷いことをしたってのはわかってるよ。それに対して謝罪とか全くないのはどうなんだろうなって思ってたんだけどさ、亜紀ちゃんがどうして欲しいってのが無いから私は黙ってみてたんだけど、亜梨沙ちゃんたちみたいに行動した方がいいのかな?」

「泉ちゃんは今まで通り黙ってみててくれればそれでいいよ。私達はもう何をするか決めているし、それは出来るだけ少ない人数で確実にやりたいんだよね。それにさ、亜紀ちゃんって山口の事を何も言ってくれないんだけど、それって何も言えないくらい追い込まれているって事なんじゃないかな。私はそう思うんだよね。いや、私達はそう思っているんだよ」

「じゃあさ、亜紀ちゃんがどうして欲しいか聞いてみるのもいいんじゃないかな。もしかしたら、事を荒立てて欲しくないかもしれないしね」

「あのね、こんないい方したら泉ちゃんは傷付いちゃうかもしれないけど、亜紀ちゃんは山口のせいでクラス中だけじゃなくて学校中から笑い者にされちゃったんだよ。そんなのって普通なら耐えられないと思うんだよ。実際に亜紀ちゃんはあれから一週間くらい学校に来れなかったし、それっていじめられた人にしかわからない事なんだよね」

「亜紀ちゃんが受けたアレは酷い事だったとは思うけど、いじめとはちょっと違うんじゃないかな。いじめって寄りは喧嘩に近いような気がするんだけど」

「そうなんだよ。それなんだよ。いじめを受けている本人と周りの人では受け取り方って変わっちゃうんだよね。泉ちゃんはいじめにあったことが無いからわからないかもしれないけど、いじめっ子って大体いじめている自覚なんて無いんだよ。最初はちょっとしたことから始まっても徐々にエスカレートしていって、気付いた時には取り返しのつかないことになっちゃうんだよね。それってさ、どこからがいじめだって明確な線がひけないと思うんだけど、最初の時点でいじめって始まってるんじゃないかな。どんなに頑張ってみても気付いた時には手遅れだと思うんだよ」

「それって、山口さんに対してやろうとしている事には当てはまらないの?」

「泉ちゃん何言っているの。山口は亜紀ちゃんを傷つけたんだし多少やり返したとしても自業自得じゃない。これが何もしていない状況で山口に何かしたんならいじめになるかもしれないけど、やられたことをやり返すだけなんだからいじめとは言えないと思うよ」

「亜梨沙ちゃんは山口さんに何かされたの?」

「私は山口に大切な友達を傷つけられたんだよ。それ以上に何の理由がいるっていうの?」


 私は山口の事が嫌いだ。それは頭では理解しているし心でも理解している。でも、亜梨沙ちゃんが抱いている感情とは違うような気がしていた。私は山口が嫌いだからと言って何かしてやろうとは思ったことは無い。何か良くない事でも起こればいいと願ったことはあるのだけれど、直接何かしてやろうと思ったことは一度もないのだ。亜梨沙ちゃんたちがしようとしていることが何なのかわからないけど、それはよくない事じゃないかという思いが強くなってきてしまう。


「あのさ」

「大丈夫だよ。泉ちゃんは何もしなくてもいいからね」

「私に出来ることが合ったら何でも言ってくれていいんだよ。力になるからさ」

「いいの。泉ちゃんは黙ってみててくれればそれでいいからさ」

「でも、亜梨沙ちゃんが困ってたら力になりたいとは思うから」

「あのね、泉ちゃんは本当に黙って見ててくれればそれでいいの。何もしないでいてくれたらそれでいいの」

「それでも、何か力になれることは無いかな?」

「本当に大丈夫なんだよ。それにさ、泉ちゃんは黙って見ててくれないと困るんだよね」

「困るってどういうこと?」

「泉ちゃんってさ、正義感が強いじゃない。そのおかげで私はいじめの被害を受けずに済んだんだけどね」

「え、そんなことあったっけ?」

「そうだよね。あんなのはいじめじゃなくてただのいじりだって思われても仕方ないよね。私はさ、小さい時から胸が大きくなっちゃったんだけど、男子によくからかわれてたじゃない。それがずっと続いて悩んでたんだけど、泉ちゃんはそんな私の気持ちを察して男子を叱ってくれたんだよね。今までずっとからかってきた男子も謝ってくれたし、それ以来は私の胸の悪口を言わなくなったもんね。泉ちゃんはその時から私のヒーローなんだよ」


 亜梨沙ちゃんの胸が私よりも大きいのは事実だし、男子がそれをからかっていたのも事実なんだけど、私が男子に説教をしたのは亜梨沙ちゃんが可哀そうだったからではなくて、私よりも胸が大きい亜梨沙ちゃんに嫉妬していたという事が原因だったような気もする。私はその事を言われるまで覚えていなかったんだけど、亜梨沙ちゃんはずっとそれを考えて生きてきたのかな。胸が大きいのは良い事ばっかりじゃないって事なのかもしれないけど、それって私にはわからない悩みなのかもしれないな。

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