なんの変哲もない日常ですが
このめだい
セールスがやって来た
その日スマホの着信の見知らぬ電話を受け取ったのが運の尽きだった。
「もしもし」
「もしもし、私エルフカンパニーの望月と言います」
「はいー」
「失礼ですが、お子様はいらっしゃいますか」
二度寝からの着信で覚醒、まだ回転しない頭でセールスかよーと思う。
「はぁ…」
気のない返事をし続け交わそうとするが、電話口の相手は中々に強者だった。
「お伺いして、玄関で1分程資料だけでも見て欲しいんです!それくらい自身を持ってオススメしたいんです!」
電話口の望月おばさんは言う。
どうやら独自の学習システムのご案内らしく、何を言っても強気で攻めてくる望月!
「いや、でもお断りするだけなのにわざわざ足を運んで頂く意味がありませんよね」
「そんなこと言わずに! 本当にお母さんにとって有益なことしかございませんので」
まだ眠いのにマジうざい。
ガチャ切りしたろうか…。
そう思うが中々出来ず、電話を切るタイミングもない。
結局押し問答の末、玄関先で資料だけ見るという約束で電話を切った。
ピンポーン
チャイムが鳴り、モニターを見ると立っているのはスーツの男性。
玄関先で1分!即断る!
「はい」
そう言って玄関先に出て、玄関の扉を締めた。
「わたし、エルフカンパニーの服部と申します」
「はい、電話口でもお断りしたんですが…資料だけでもと言われたんで」
「あ…そうなんですか。 全く興味はない感じですか?」
「はい! …と言うか、数日前に新しくチャレ●ジの中学生講座を始めて、一年分の契約をしたばかりなので」
「あぁ…チャレ●ジですか…。 ごめんなさいね、始めたばかりで本当に悪いけどあまり意味がないと思います」
何だこの親父
年の頃は五十代後半、一見物腰が柔らかいがかなりのやり手と見た。
「お母さん、ちょっと今の中学の評価がどんな感じか興味はありませんか?」
「…はあ、まあ。 でも言ってもうちは私も夫も学歴社会で生きてきてませんし、なるようになればいいと思ってます」
「そうですか。 でも昔と今では進学率って全然違うんです」
「それも分かってます」
「ではお母さん、私立と公立どちらかと言ったらどっちに行ってもらいたいですか?」
1分とっくに経ってるー!
「…それは公立ですが」
「ですよねー!」
そう言いながら、玄関先に置いた鞄をゴソゴソ漁り、中から資料を取り出す。
「お母さん、これが私立!年間200~300は必要になってきます」
「ですよねー」
「一方公立は…全然違うでしょ! だからほとんどの一般家庭が公立を希望するんですねー」
「まあそうですよね」
そう言うと、また鞄の中から資料を取り出す服部。
「この辺の公立学校の偏差値基準がこれになるんですが…お母さん、静岡県はどこの成績が受験の際にいくかご存じですか?」
「…いえ、全然分かりませんが」
「静岡県はこの期間だけの成績が重要になってきます」
へー
「娘さん可愛いでしょ? うちにも息子がいるんですけどね、もう本当にいい子で」
「ですよねー」
断れ自分
「お母さん優しそうね。 結構お若いお母さんですよね」
「いえいえ全然」
「可愛い子に親がしてあげられることって土台作りは大事だと思うんです」
「…ええ」
「でもうちは毎日毎日何時間も勉強をやらせるような方法はとってません。 可哀そうでしょ? 勉強勉強って」
「そうですよね」
真夏の暑い中、朝から大汗をかきながらなぜ自分はこんなおじさんと話をしているのかと思いながらも、話を終わらせるタイミングが分からず時間ばかりが過ぎていく。
「子どものうちは勉強以外にやらなくてはいけないことがたくさんあります。 友だちと遊んだり、部活したり」
「はい」
「だから短時間で結果が出る方法を当社はとっているんです」
前置きが長い―
「これを見て下さい。 これが小学生で習う算数ですが、この勉強の続き…いつやると思いますか?」
「え?」
「1年後、学年が変わってからなんです。 しかも授業で習うのはたったの1時間! さあお母さんこれ覚えてますか?」
「…覚えてない?」
「ですよねー!」
マジで営業上手すぎるだろ
「でもこれが結局、こう繋がってこう繋がっていくと……ここが分かっていないとつまずいてしまうのが今の教育なんですよ」
「わー大変だー(棒読み)」
そこからなぜか私が例題を解いたり、おだてて頂いたりしてまたしても時間は過ぎる。
「あの…分かったんで値段がいくらなのか教えて頂けたら…」
「ん? 値段はちょっと待ってね」
待つんかーーーーい!
「それで当社の教育システムは横ではなく、縦の学習システムを採用しています。 1時間習った1年前の続きをやるのではなくて、繋がりで覚えていけるので分かりやすく結果が出やすいです」
「なるほどー」
通販番組の実演だったら、私マジで100点採用だと思う
「試験に関しても、言葉は悪いですが試験範囲以外は除外しているので、覚える範囲が少ない=勉強時間も短縮できるという仕組みになってます」
「へー」
「どうです? 興味を持って頂けましたか?」
笑顔で言う服部
「うちの子も塾とか一切行かずに、これだけで済みました」
「そうなんですね。 それは結果が出ていい方法ならやってみたいと思います」
「じゃあ今度いつ相談に来ればいいでしょう?」
は?
まだ相談に来るの?
「教育関連はお母さんの判断で始めて、お父さんさんには事後報告の家も結構あります。 前にお父さんの判断で契約を見送った方がいて、結局成績が思わしくなかったのを最終的にはお母さんのせいにされてね…なので、お母さんが決められるならそれでいいですよ」
「いや、まずは金額のこともあるので」
「あ…お金ですね!」
そう言うと服部はようやく電卓を取り出し、何やら計算をし始めた。
「お子さん小学校は算数どのくらいから躓きましたか?」
「5年生くらいですかねー」
「じゃあこれも付けた方がいいかな。 とりあえず24回払いで月2万円の…ボーナス月って少し払えそうですか?」
えーっと…?
「月2万は無理です!」
「んーそっかー。 …例えばいくらくらいなら出せそうですか?」
「公文1教科分くらいですかね?」
「ハッ! じゃあ無理ですね!」
えっ?今鼻で笑わなかった?
「ですねっ!」
私はようやくの終わりで笑顔で応える。
「わざわざ来て頂いたのに、長々すみません。 為になる話をありがとうございました」
最後に服部がもう一度振り返った。
「お母さん、娘さん今のままですと正直結構ギリギリだと思いますよ」
「ええ、いいですよ!」
私も営業スマイルでにっこり応える。
だから初めからそう言うてるやろがーーーーーーーーーー!!!!!
「いいんですね。 じゃあもうしょうがない」
「はーい! どうもー」
バタンと玄関の戸を閉める。
玄関先で1分資料のはずが、気付けば2時間近くが経っていた。
塩を撒きたいくらいの豹変ぶりだったが、まずはこの汗だくの全身を何とかしたい。
私はシャワーを気持ちよく浴び、まあ少し為になる話も聞けたし犬にでも嚙まれたと思うことにしようと思ったのであった。
服部のおじさんも、イケると思ったんだろうなー。
すいませんね。 うちはお金持ちじゃないし教育熱心でもないんですよー。
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