犯罪心理学

 多くの場合、この分野は司法に関与するので厳密な言い方をすれば司法心理学、となる。犯罪者の心理に限らず、裁判に利用する証拠の信憑性や、警察官の評価などにも関わってくるため、一般的なイメージだと(プロファイリングを行って犯罪者を特定するような)あまりに視界が狭すぎる。


 ではいくつかこの分野の仕事を見てみよう。大まかに列挙するとすれば、「犯罪」には次のような要素が関与する。


「警察」

「法廷」

「刑務所」

「犯罪者」


 以下にそれぞれの要素について見て行こう。



・警察

 先述の通り警察官や警察官候補生の評価は重要な課題になってくるだろう。どのような人間のどのような特性が治安の維持に不可欠か。目の前の人間はその要素を持っているか。診断、判定が必要になる。


 また、情報の管理も警察組織にとっては必要な仕事だ。

 得られた目撃情報、口コミ、あるいは物的証拠。これらの信憑性の評価、及び証拠としての能力の判定は重要である。


 フィクションでは……それこそ小説では……分かりやすい手がかりから華麗に犯罪者を見つけたりするが、多くの犯罪は手がかりが極端に少なく、犯人探しに難航する。そうした状況下で、例えば放火なら放火魔の行動パターンを考慮することでホットスポットを予測したり、得られた数少ない情報から容疑者の特徴をプロファイリングしたり……ご存知の通り……する。


 いわゆるサイコパス(反社会性パーソナリティ障害)は犯罪心理学に密接に関わる要素だが、かなり小さな部分集合でしかないのでこの回では割愛する。


・法廷

 弁護士への助言は欠かせない仕事だろう。弁護士の訴える証拠がどれくらいの能力を持つものか、信憑性の高さ、証拠を得られた場面の再現、そうした作業は心理学を学んだ者の役割である。


 また心理学を学んだ者自身が法廷に立つ場合もある。被告人の心理的状況……精神疾患の有無、犯罪歴がどれだけ本件に関与するか、知能指数など……を判定し、その結果を証拠として裁判に提出する。


 さらに言えば裁判官や陪審員の判断の補助。これも重要な仕事である。


・刑務所

 刑務所というのはかなり特殊な環境である。受刑者同士の関係は多くの場合良好ではなく、刑務官と受刑者の関係、時に刑務官同士の関係など、複雑な人間関係が描かれる。


 あるデータが示すところによれば、刑務所内での自殺は一般社会の十倍だそうである。受刑者の心のケアも必要になりそうだ。


 閉所に閉じ込められ、暴力的な環境に置かれることが過去のトラウマを思い出させる場合もある。


 刑務所職員の支援としては、定期的なカウンセリングはもちろんのこと、受刑者の心理状況の報告や、仮釈放中の連絡など、様々な仕事がある。


・犯罪者

 これが読者にとって一番ピンとくる分野だろう。プロファイリング、犯罪者の心理などなど。大まかなところは「警察」の項で触れたが、ここでは犯罪者そのものにアプローチする行為を示すことにする。


 実際、犯罪者が犯罪に走る理由には複数の要因が複雑に絡むことが多い。フィクションのような……それこそ小説のような……「親から虐待を受けたから暴力的行動を取った」「犯罪者的気質を持った人間だから手を染めた」というシンプルな理由はほとんどないと言っていい。以下に犯罪に関係する要因を列挙する。


 精神疾患……犯罪者が何らかの精神疾患を患っていることは多い。例えば幻覚が見えて、青い象に襲われそうになったから傘を振り回し、結果近くにいた人間を傷つけ暴行罪となるケースは稀にだがある。もちろんこの要因だけで犯罪に繋がることはない。


 心理的要因……良心の欠如や社会的規範への反抗心、犯罪行為への快感、知能指数など。こういう要素はマスコミがこぞって主張したがるので飛びつきやすい要因だが、当然のことながらこれだけで犯罪に走る人間はいない。


 行動パターン……ある特定の行動パターン……性的な興奮の得方や嗜好性など……を持つ人間が犯罪に走りやすいことは一応報告はされている。もちろん先述の通り、このパターンを持つことだけが犯罪に繋がるわけではない。


 生物学的要因……脳の損傷、脳の構造、神経の障害、ホルモンや分泌物の異常などなど、生物学的要因が犯罪と関係を持つケースもある。繰り返しになるがこの要素だけで犯罪に繋がるわけではない。


 環境的要因……所属する社会の治安が悪かった、教育が十分に与えられなかった、人間関係がうまくいっていなかった、極端に貧しかった、などなど、犯罪者当人ではどうしようもない要因というのも存在する。念を押すがこの要因だけで犯罪に繋がることはない。


 ことさら強調しておきたいのは、これらの要因の「どれか一つでも当てはまれば犯罪に繋がる」というわけではなく、これらの要因が「複合的かつ複雑に、タイミングや順序なども関係した結果、偶然的に犯罪に繋がってしまった」というのが正しい表現である。


 犯罪者を擁護するわけではないし、犯罪を正当化するわけでもないが、しかし上記条件を読んで「自分は犯罪者予備軍なのか」と思ってしまう、友人知人あるいは周囲の人間を「あいつは犯罪者予備軍だ」と思ってしまわれては筆者としては悲しくなる。



 人間は愚かである。


 ある事象や現象に簡単な理由を求めがちである。その方が考えずに済むから。


 しかし覚えておいてほしい、どのような物事にも必ず理由がある。そしてその理由は必ずしも一つに絞ることはできないし、多くの場合複数の要因が絡んだ結果その問題に突き当たったということに過ぎない。


 シンプルに考えるのは大事だ。抽象化するのはとてもよいことだ。


 しかし本当の意味で「シンプルに考える」とは、俯瞰的に見ることである。特定の要素だけを引っ張り出してそれだけを見る、というのはシンプル思考ではない。ただ視野が狭いだけだ。


 悲しいことにこの手の人間は多い。大学の研究論文を引っ張ってくれば自分の意見の正当性が保証されると思っている人間の何と多いことか。


 研究、論文、並びにそれに関与した実験というのは、条件を統制し、状況を管理し、かなり具体的な場面において、確認された現象を報告しているに過ぎない。


 つまり正しくは「こういう条件のこのような環境下においてこのようなことをすればああいう結果になった」というわけで、「こうすればああなる」は間違いなのである。


 某動画配信サイトやSNSで「こうすればああなる」を発信する人は実に多い。悲しいことである。


 少なくともこの読者諸君におかれては、そうした狭い視野に囚われることのないよう、願うばかりである。

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