偽カップル ②

 あの日、あの感触がした瞬間に立ち止まって弁明しておけば、今日こうして放課後に彼女を駅で待つこともはなかったのはずだ。

今日は気温が三十度近くある。水筒を持参してくるべきだった。

 近くの自動販売機で水を買い、一気に半分も消費した。

 「もう夏だな」

 しかし彼女は三十分待っても一向に現れない。ポケットからスマホを取り出してみると、彼女からメッセージがきていた。

 『遅れる!』

 「遅れるのはいいんだけど、理由をも付け加えろよ。それに、彼女は素材を取るだけでいいが僕は帰って編集して、ユーチューブに投稿しなければならないんだ。早く撮って早く

帰りたいのに……」

これから一か月間徹夜かとう思うと気が滅入るし、あの日の行動がものすごく悔やまれる。

 そうぶつぶつ言いながら、この暑さの中アスファルトの上で待ち続けた。

 「ごめーん! 遅れたあ!」

 彼女は、学校が終わり僕が駅に着いてから四十分ほど経った頃に現れた。

 「遅れすぎだ。何してたんだ?」

 彼女は走って来たのか、荒い息をしていて額には汗をかいていた。

 そして問いには答えず、僕が右手に水を持っていることに気づくと、何も言わずに奪い取り、残り半分をぐいっと飲み干した。

 「くああぁ!」

 「くああじゃなくて、それ僕のなんだけど。君って間接キスとか平気なタイプ?」

 間接キス? と、彼女はまるでそれが何なのかわかっていないような声を上げ、荒ぶる息を少しずつ落ち着かせた。

 「ふう。もう一本買って」

 この野郎。遅刻して人の水全部飲んで、もう一本だと?何様なんだよ。

 とは言わなかった。言うと彼女はあの件を持ち出してくると察したからだ。

 仕方なく自動販売機でもう一本水を買い、彼女に遅刻の理由を促した。

 「君が教室を出て行ったのが見えたから、わざと後に着くようにしよう思って教室に残っていたの。それで君が駅に着いだろうなーって頃に駐輪場に行ったら私の自転車が無くって。それを先生に言ったら警察を呼ぶとか言いだすから。警察の人が来るのを待って、事情を説明してたの」

 なるほど、まあわざと遅れて行こうとしたことに納得はしていないが、そんなことがあったのなら許してもいいい。

 「それで、ここまでダッシュしてきたんだ」

 「そう。だからまあ、許してちょ?」

 笑顔で顔の前に両手を合わせる彼女を見ると、もうどうでもよくなった。

 「許してちょうだいを略すなよ。略するほど長くないだろ。もういいよ。そんなことより撮影するんでしょ? どこに行くの?」

 「ありがと。お、よくぞ聞いてくれました」

 誰でもそう聞くわ。

 「え、まって、遠出するの? 僕今日、そんなにお金持ってきてないよ」

 「なら今日は私が払うよ」

 悪いよ、と言おうとしたらすでに彼女は改札に切符売り場に向かっていた。

 もう。彼女の自分勝手さに呆れながらも後を追った。

 「はい。これ君が使って」

 「え、これって」

 彼女が渡してきたのは定期だった。

 「もしかして、わざわざ定期買ったの?」

 「これから一か月の間でたくさん撮りに行くんだから、定期の方が便利でしょ」

 そう言って彼女はくるっと回転して改札へ向かった。

 確かに同じ風景ばかりじゃ動画映えしないだろうけど……。彼女はいったいどこまで撮影しに行くつもりなんか。少し不安になった。

 「バイト代が入ったらお金かえすから」

 すると彼女立ち止まり振り返った。その顔はとても驚いた顔をしていた。

 「え、君バイトしてるの?」

 「そんなに驚くことかよ。するよバイトくらい」

 「えー、じゃあ毎日撮影は無理じゃん」

 「君が一人で撮ってくればいいじゃないか。ラインでその動画を送ってくれたら編集しとくからさ」

 彼女はむすっとした表情になった。

 「それじゃカップルユーチューバーじゃないじゃん。君がいないと成り立たないの」

 そんなこと言われても……。僕が困った顔をしていると、

 「まあ、バイトをすっぽかすわけにはいかないもんね。その日はネタを考えるとするよ」

 と言って、にっと笑って見せた。

 「ところで、なんのバイトしてるの?」

 「企業から依頼された動画を編集して納品する仕事。けっこう儲かるし家で出来るからいいなって思って始めた」

 「なんか、よくわかんないけどすごい! 君にぴったりの仕事だね」

 わからないのにすごいって。褒められた気がしない。それに、

 「僕にぴったりって?」

 「君って友達少ないでしょ? 人付き合いが苦手なのかなーって思って。その仕事なら一人で完結できるじゃん? だからぴったりだなって」

 自分でもわかっていたことだが、改めて、それも他人にこんなこと言われると少しだけ落ち込む。

 別に僕は他人が嫌いなわけではない。一人や二人と深い関係になれればいいと思っているだけだ。

 「さりげなく僕を傷つけたね、今」

 「え? うそ? ごめーん!」

 謝りながらも彼女の顔は笑っていた。

 なぜだかこの笑顔を見ると、許してしまう自分がいる。

 「まあいいや。早く行こう」

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