誓約龍魂バハムートセイバー

宮下龍美

第一章 ヒーロー誕生

純白の出会い

第1話

 まだ日の登っている時間であっても、薄暗闇の中にある路地裏。表の大通りでは決して見せられないようなものが、そこには多くあった。


 例えば、学生同士の喧嘩にしたってその一つだ。

 顔面を思い切り殴られて、近くに置かれているゴミの上で伸びるのは、身長190近くはありそうなガタイのいい男子生徒。高校生、まだ子供だというのに発達した筋肉は最強の肉体を作っていたが、それもこうしてゴミの上に沈んでいる。


 信じられないことに、下手人はその男子よりも20cm以上小さな童顔の男子だった。


「ったく、ちょっとデカいからっていい気になるなよな」

「う、嘘だろ……こんなチビにかっちゃんがやられるなんて……」

「誰がチビだ誰が! 俺には赤城龍太っていうちゃんとした名前があるんだよ!」


 今にも殴りかからんばかりの勢いで噛み付く龍太だが、自分から手を出すことはない。あのかっちゃんとかいうデカいやつも、向こうが殴りかかってきたから反撃しただけ。

 そもそもこんな状況に出会してしまったのも、龍太の背後にいる幼馴染たちに理由があったりする。


 相手の残りが仲間を担いで逃げていくのを見送り、龍太は後ろへ振り返った。

 立っているのは二人の男女。二人とも、龍太の大切な幼馴染だ。


「大丈夫か詩音、玲二」

「う、うん。龍くんが間に合ってくれたから」

「悪い龍太、助かったよ。あのままだったら、俺が手を出してるとこだった」


 猫背で内気そうな少女と、背の高い坊主頭の少年。

 東雲しののめ詩音うたね地崎ちざき玲二れいじ

 幼稚園からずっと一緒の三人組だ。詩音は鈍臭いからよく他校の生徒に絡まれたりしてるし、その度に龍太と玲二が助けに入る。ただ、玲二は野球部だ。しかもピッチャー。大切な手や腕を喧嘩に使わせるのは気が引ける。


「二人とも怪我ないならいい。ほら、さっさと帰ろうぜ」


 預けていたカバンを詩音から受け取り、路地裏を出て表通りに戻る。

 こんな幼馴染二人を持つ赤城龍太という少年は、自慢できるようなことなど喧嘩に強いくらいの、普通の高校二年生だった。


 詩音は頭がいい。三人が通ってる高校は特別レベルが高いわけでもないが、それでもテストで毎度満点を複数取っていることが、その頭脳の優秀さを証明している。

 一方の玲二は運動神経抜群だ。まだ二年の春、三年生も現役で在籍しているのに、チームのエースを任されている。こちらも特別野球部が強豪なわけではないのだが、球速が150キロ近くも出ると言うのだから、さぞや三振の山を築いていることだろう。


 さて、では赤城龍太という少年は。


「しかし本当勿体ないよなぁ。運動神経はいいんだから、龍太もスポーツすればいいのによ」

「べ、勉強も……龍くん、この前先生が褒めてたよ……? 授業態度は悪いけど、テストの点は悪くないから困る、って……」

「おい詩音、それ褒めてねえよ。それに、スポーツなんかしてる暇ねえって。俺は正義のヒーローになるための修行で忙しいからな」

「出たよそれ」


 幼い頃から変わらず持ち続けてる、龍太の夢。正義のヒーローになりたいと、高校生にもなれば誰もがバカにするようなそれを、しかし龍太は大真面目に言ってのける。

 玲二と詩音も、決してバカにしない。龍太がその為に体を鍛え、日頃から困ってる人に手を差し伸べる姿を知っているからだ。


「高校卒業したら、警察官だったか? それこそ、柔道とかやってた方がいいと思うぞ。球技だったら俺も教えてやれるしさ」


 もはや何度聞いたのかもわからないアドバイス。詩音もこくこくと頷いていて、そんな二人の優しさがありがたい。


「球技は絶対やだね。だって俺、チビだし」

「そ、そんなことないと思うけど……」


 身長169cm。中学二年でここまで伸びた時は、馬鹿みたいに喜んだものだけど。残念なことに、高校二年になった今日この日まで、一ミリも変わっていなかった。

 周りはぐんぐん伸びていって、玲二とも身長は逆転してしまった。しかも詩音は、龍太よりも1センチ小さいだけ。

 平均身長よりも少し低いくらいなのだろうが、チビと自嘲するには十分な環境が整ってしまっているのだ。


「それに、卒業してから警察学校行くかはわからねぇよ。自衛隊とか消防士とか、いくつか候補はあるんだ」

「それでも、今の時期からちゃんと決まってるから……偉いと思うよ……? 私、やりたいこととかなりたいものとか、なにもないから……龍くんが羨ましいな……」

「龍太の場合は極端だから、気にする必要ないぞ詩音」


 うん、と頷く詩音だが、表情はあまり明るくない。玲二にも甲子園という夢があって、龍太は正義のヒーローなんていう馬鹿げた夢を、現実に叶えるための努力をしていて。自分だけが夢を持たない。内気な彼女は、そのことに劣等感じみたものを感じている。


 実際、この歳でしっかりと将来を見据えているやつなんて少数派だろう。玲二の夢も、それは高校生活の中だけで叶えられるものだ。遠い将来のことを言っているわけではなく、本人もそこまで考えているわけじゃないと何度か口にしていた。


 気にする必要のないもの。けれど、一度頭によぎった思考は、いつまでも消えることがない。ずっと考え続けてしまう。

 それが東雲詩音という女の子だった。


 それからも他愛のない話をしているうちに、街の大通りを北へと抜けて駅を通り過ぎ、商店街も抜けて住宅街へと入った。

 さほど大きくないこの街は、山手側にある住宅街から駅より南にある高校までも、徒歩で二十分圏内だ。とはいえ、それは住宅街の入り口まで。ここから更に山の方へとコンクリートの道を歩かなければならない。

 地味にこれが面倒で、けれど入学から一年毎日通っていれば、自然と慣れてしまった。


 三人の家はご近所さんだ。家の近くまで並んで歩き、不意に詩音が足を止めた。


「どうした?」

「あ、ごめんね。なんでもないの」

「なんでもないことないだろ。公園になんかあんのか?」


 詩音が見つめる先は、幼い頃よく遊んだ公園。あの頃も、龍太と玲二の二人が詩音を引っ張って、この公園で三人揃って泥だらけになる日もあった。

 大きな狼犬を連れてくるカップルもいたりして、詩音はその犬と仲良くなっていたっけか。


 もはや通り過ぎるだけになっていた公園を改めて見つめていると、昔の記憶が思い起こされる。懐かしいなぁ、とか思いながら中へと一歩踏み出す。


 異変は、その瞬間に起きた。


「は?」


 間抜けな声が漏れたのは、一瞬で思考が停止したから。

 思考が停止したのは、目の前に意味のわからない光景が広がっていたから。


 孔が、開いている。

 暗く黒く、先の見通せない闇だけが覗く孔が。


 それを孔だと認識できたのは、その中へと向けて風や空気が入り込んでいたからだ。いやむしろ、周囲の空気を吸引していると言った方が正しいような……?


「龍太! そこから離れろ!」

「龍くん……!」


 幼馴染二人の声で、ハッと我に帰る。両手を後ろから思いっきり引っ張られて、前後の位置が入れ替わる。考えるよりも先に、体が動いたのだろう。それが致命的だった。

 龍太に代わって前に出た玲二と詩音の姿が、みるみるうちに孔の中へと吸い込まれていったのだ。


「玲二……詩音っ!」


 手を伸ばすが、届かない。残酷なほど簡単に空を切る。悲鳴をあげることもできずに、二人の姿は孔の向こうへ消えた。


 なにも掴めなかった手を見つめて、龍太は呆然と立ち尽くす。

 何が起きた? あの孔はなんなんだ? 二人はどこに消えた?


 なにもかもが意味のわからない状況に、思考は再び停止寸前で追い詰められる。そんな少年に残された事実は、大切な幼馴染二人を助けられなかったということ。

 それどころか、二人に助けられてしまった。将来の夢は正義のヒーローだ、なんて嘯いておきながらこのザマ。


 自分が情けなくて、恥ずかしくて。けれどそんな感情に苛まされるよりも前に、まだ出来ることはある。


 未だ目の前に残っている黒い孔。

 そう、それが孔であるのなら、どこかに繋がっているはずだ。二人はそこにいる。いなくなったわけでも、ましてや死んだわけでもない。


 確証なんてなにもなくて、あるいはそう思い込みたいだけなのかもしれないけど。


「ヒーローが、助けられっぱなしってわけにはいかねえだろ……!」


 両頬を叩き喝を入れ、龍太は自らの意思で、孔の中へと足を向けた。



 ◆



 飛び込んだ孔の先に広がっていたのは、見た目通り真っ暗闇の空間というわけではなかった。

 むしろ逆と言ってもいい。


 あたり一面に、白い雪が降り積もっている。背の高い木々や大きな岩の上にも、まさしく白銀の世界と呼ぶべきものが、龍太を待ち受けていた。

 直前まで公園にいたはずなのに、突然雪国に連れてこられた。その事実に自失していたのだが、吹き抜ける風にハッとする。


 身を震わせて、気温の低さにようやく気づいた。吐く息は白くなり、曇天の空へ消えていく。


「どこだよ、ここ……」


 敢えて声に出したのは、正気を保つため。ただでさえ不可思議の連続で、ここに来て雪山に遭難。

 二人を見つけて、一緒に帰る。そのためにも、龍太自身が冷静さを失うわけにはいかない。


 ここがどこなのかは分からないが、まずはどうにかしてこの寒さを和らげたい。周囲を見渡したところで、少し離れたところにエナメルのカバンが落ちていることに気づいた。玲二のものだ。


「玲二! 詩音! いるなら返事してくれ!」


 大きな声で呼びかけるも、返事はない。雪の静けさだけが辺りを包んでいる。でも、玲二のエナメルはここに落ちていた。詩音のカバンは見当たらないが、幾つかの可能性が思い浮かぶ。


 玲二がエナメルは重いからとここに捨てて、すでに二人で移動しているのか。あるいは、二人は別々の場所に移動させられたのか。

 そして最悪のパターンは、何者かに襲われていた場合。


 一度悪い方向に考えてしまうと、一気に不安が押し寄せてきた。誰がなんのために、龍太たちをここへ移動させたのかも不明なのだ。あの二人が犯人に襲われている可能性は、十分に高い。だから早く見つけないと。


「そうだ、足跡……」


 地面には雪が降り積もっている。誰かがここから動いていたなら、足跡が残されているはず。顔を上げた先、白い絨毯の上には、男物のサイズと思われる足跡が確かにあった。


 手がかりはそれしかない。玲二のエナメルを肩から下げ、足跡が向かう先へと進む。

 生物の気配はしない。ただ風が木の枝を揺らす音だけが耳に届く、静寂に支配された雪山なのか森なのか分からない場所。

 身体を寒さに震わせながらも足跡を追うと、ついに開けた場所まで出てきた。


 森の中の空白地帯なのか、周囲の半径100メートルほどは木も生えていない。ただしその中心に、驚くべきものを発見した。


「デカいトカゲ……?」


 そうとしか形容できないものが、目の前で眠っている。玲二の足跡も、その前で途切れていた。


 ただ、龍太の知るトカゲとは大きく違う点が、いくつかある。

 まずトカゲは、人の背丈を越える身体を持たないし、岩のように硬そうな鱗も存在しない。翼なんて以ての外。これじゃあまるで、トカゲじゃなくて。


「ドラゴン、なんて言うんじゃねえだろうな……⁉︎」


 声を上げたのがまずかったか。

 トカゲの、いやドラゴンの瞼が、ゆっくりと開かれた。鋭く威圧的な眼光に射すくめられて、無意識に後ずさる。全身に嫌な汗をかいていて、寒さはどこかへ行ってしまった。


 ダメだ、マズい、逃げろ。逃げるってどこに? 逃げる場所なんてどこにもない。だったらここで食われて死ぬのか?


 意味のない自問自答を繰り返しているうちに、ドラゴンの体がついに起き上がった。


「■■■■■■■■■!!!」


 耳をつんざく咆哮が、雲に覆われた空へと響く。反射的に耳を塞いで、腰を抜かしへたり込んでしまった。見上げるほどに大きな身体は、3メートル以上ありそうだ。


 身体を支える四つ足には、発達した筋肉が鱗の上からでも見て分かる。長く伸びた凶悪な爪に貫かれれば、人間なんてひとたまりもないだろう。

 捨てられたエナメルに、途切れた足跡。

 最悪の可能性が、現実味を帯びてきた。


 つまり、玲二はもう、このドラゴンに……。


「ふざけんなよ……なんだって俺たちがこんな目に遭わないといけねえんだよッ! 俺も、玲二も、詩音も、まだ誰も夢を叶えてないんだぞッ!!」


 果たして龍太の叫びは、ドラゴンに通じているのか。人ならぬ化け物に、人の言葉が理解できるのか。

 通じずとも、理解できずとも、その声が煩わしいとは感じたのか。ドラゴンの腕が、凶悪な爪が振り上げられた。


 小さな人間でしかない龍太にはなす術がなく、死神の鎌にも思えるその爪が振り下ろされるのを、待つことしかできない。


 ただただ悔しさだけが、胸の内から沸き起こる。まだなにも為していない。正義のヒーローになれていない。

 だから、こんなところで。


「こんなところで、こんな意味のわからない状況で、死ぬわけにはいかねぇんだよッ……!」

「■■■ッ⁉︎」


 まるで、龍太の強い想いに呼応したかのようだった。

 ドラゴンの頭に、どこからか飛来した光弾のようなものが直撃、炸裂する。小さな爆発を起こしてよろめく巨体は、光弾の放たれた方向を鋭く睨んだ。

 釣られて向けた視線の先で、龍太は唖然としてしまう。


「そこの君! 早く逃げて!」


 巨大なライフルを構えた、純白の少女。

 豪奢なドレスも、長い髪も、全てが汚れを知らない、この雪のような白。

 その中にあって、瞳だけが真紅に染まっている。


 構えたボルトアクションライフルのボルトを操作し、続け様に引き金が引かれる。先程と同じ光弾がまたしても頭に命中して、ドラゴンは悲鳴を上げた。


 少女に言われた通り逃げるべきなのだろうが、情けないことに腰が抜けて動けない。ドラゴンの注意は完全に少女が引いてくれているけど、それもいつまで持つか。こんな常識外れな漫画やアニメの中だけだと思っていた生物を相手に、自分と歳の変わらなさそうな女の子一人で。


 龍太が動けないことを察したのか、少女はライフルを背負ってこちらに駆け出した。しかし龍太の目の前には、依然としてドラゴンが立っている。

 あまりに無謀だと思った瞬間、少女はドレスのスカートに隠れた腿から、ナイフを抜き取った。


「目を閉じて!」


 言われるがままに、強く目を瞑る。

 瞬間、閃光が辺りを覆った。瞼を上げると、ドラゴンは強烈な光で視界が焼けたのか、絶叫しながらも見失った獲物を求めて首を動かしている。

 その隙に、少女が龍太の首根っこを掴んで離脱。男子高校生を軽々と持ち運ぶのもさることながら、その脚力は常人のものとは考えられないものだ。


 木の影に隠れ、解放された龍太は太い幹に背中を預ける。時間にしてはほんの数分にも満たない、一瞬の出来事。しかし全身は汗でぐっしょりと濡れ、今も恐怖で震える。


「あ、ありがとう、助かった……」


 座り込んで見上げた少女は、そんな状態でも思わず息を呑んでしまう美しさだった。

 ぱっちりと開いた大きな紅い瞳、正気を感じさせないようにも思える白い肌。口や鼻といった顔のパーツ全てが、神が手ずから作ったように完成されている。

 その美貌を飾る白いドレスは、豪奢な意匠が施され、少女に上品さを纏わせていた。

 しかし、背負ったライフルはあまりにも場違いであり、だというのに無骨さを感じさせない。


 よく見ればそのライフルも、見たことのないようなものだ。ボルトアクション方式なのは先程使っているのも見ていたが、回転式弾倉も備えている。


 少女を構成するそれら全ての要素に、その存在自体に、見惚れてしまう。思考に空白が生まれる。


「怪我はなさそうね、間に合ってよかった」


 柔らかな声で微笑みかけられ、心臓が跳ねた。そんな状況じゃないと分かっていても、この純白の少女に不思議なくらい惹かれてしまう。


「でもまだ油断しないでね。あいつをどうにかしないことには、この森から抜け出せそうにないの」

「このまま逃げられないのか?」

「難しいかな。さっきのも一時的な足止めだし、もうそろそろ回復してると思うから。君だけでも逃してあげたいところなのだけれど……」


 言葉を切り、ジーッと見つめられる。背中のあたりがむず痒くなって、つい目を逸らしてしまった。


「君、異世界人でしょ?」

「いせかい?」


 日常からはあまりにもかけ離れた言葉を聞いてしまい、首を傾げてしまう。

 いや、ドラゴンなんてのが現れてる時点で今更なのだが。


「魔力がこっちの世界のものとは違うし、服装も、知り合いの異世界人とよく似てる。もしかして違った?」

「いや、ちょっと待ってくれ。異世界ってなんだよ! ここは日本じゃ、地球じゃないのか⁉︎」

「うん、違う」


 端的な否定は、龍太から反論の言葉を奪うのに十分だった。

 生まれ育った街じゃないのは火を見るよりも明らか。しかし日本でも、ましてや地球でもないなんて、考えもしていなくて。


 あの孔だ。

 公園に現れたあの黒い孔。あれに吸い込まれた玲二と詩音を追って、龍太もこの世界に来てしまった。

 つまり裏を返せば、二人もこの世界のどこかにいる。玲二はまだ近くにいるかもしれない。


「詳しいことは後で話すわ。まずは今の状況をどうにかしないと」

「どうにかって……あのドラゴンを倒すのかよ……?」

「本当は、話して分かってくれるのが一番なのだけれど。あの様子だと無理そうだし、そうなるかな」


 でも、と言葉を区切った少女は、真剣な表情を見せる。真紅の瞳に強い想いを宿す。


「ドラゴンがみんな、あんな子だとは思わないでくれると嬉しい。中にはあの子みたいに暴れる子もいるけど、本当は人間と変わらない種族だから」

「あの化け物が……?」

「そう、人間と変わらない、知性も理性もある生き物。それがこの世界のドラゴン。わたしもそのうちの一人なのだけれどね」


 戯けて笑ってみせる少女が、人ならざる者だと。本人はなんでもない風に言ってみせるが、まるでそうは見えない。

 見た目は龍太と変わらぬ歳の少女だ。果たしてこれが、怯えた少年を励ますための冗談なのか、はたまた事実なのかは知らないけど。龍太の中から、少しずつ恐怖心が和らいでいるのもまた事実。


「俺は赤城龍太。あんたは?」

「わたしは白龍のハクア。訳あってドラゴンの姿にはなれないのだけれど、あなたのことは守ってあげるわ、リュータ」


 差し出された手を取り握手すると、そのまま身体を引っ張り上げられた。なるほど、この怪力は彼女がドラゴンだからか。


「さて、それじゃあわたしは、あの子の相手をしてくるわ。リュータはここに隠れてて」

『Reload Vortex』


 ハクアがライフルの次弾装填を行うと、銃身から機械的な音声が。この銃のことは気になるが、それよりもまず、一人で行こうとしているハクアを止めるのが先だ。


「待ってくれ。俺も手伝う、いや手伝わせてくれないか」

「死にたいの?」


 正気を疑うような目で見られた。あまりにも率直すぎて、龍太は一瞬言葉に詰まる。

 しかし、残念ながら正気なのだ。


「女の子が一人で戦うってのに、俺だけ指を咥えて見てられるわけねえだろ。俺が目指す正義のヒーローは、そんなダサい真似をしねえ」

「正義のヒーロー?」

「誰かの幸せを、未来を守る。それが俺の考える、正義のヒーローってやつだ」


 だから、ハクアを一人で行かせるなんて選択肢を、龍太は持ち得ない。

 例え龍太に力がなくて、ハクアにはあるのだとしても。ここで守られるだけなんてのは、龍太の理想から程遠いのだから。


 正義のヒーローを目指すなら、二度も助けられたままで終わるわけにはいかない。


「……分かったわ、リュータにはこれを渡しておく」


 こちらの意志を汲み取ってくれたハクアが、ドレスのスカートを少しめくり上げる。咄嗟に視線を逸らす龍太。この子には羞恥心とかないのだろうか。


 首を横にしていても、残念なことに視線は勝手にハクアの方を向いてしまう。それが思春期の男子というものだ。

 彼女は白い太腿に巻いていたベルトから、ナイフを一本抜き取って、龍太に手渡す。


「このナイフは魔導具。ここのトリガーを押すと、刀身から毒が分泌されるの。合図を送るから、これをあの子に向けて思いっきり投げてくれたらいいわ」


 渡されたナイフの持ち手には、確かにトリガーがついている。


「毒って、どんな?」

「強力な麻痺毒よ。異世界人にも分かるように言うなら……そうね、人間が受けると五日間身動きが出来なくなって、後遺症で下半身付随になるわ」

「思ったよりヤバいやつが出てきたな……」

「トリガーを押した後は、間違っても刀身に触らないように」


 こくりと頷くが、そもそもナイフの刀身なんてみだらに触るような箇所でもない。


 さて、準備は整った。

 助けられてばかりはもう懲り懲りだ。だから今度は龍太が誰かを助ける番。この異世界のどこかにいるはずの幼馴染を、今隣に立つ白い少女を。


 正真正銘、正義のヒーローになる瞬間が、訪れた。

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