乗せてくれ

 午後11時45分。

 とある寺の前にあるバス停。

 午前0時にやってくるバスは幽霊バス――この世のものではないバスで、乗車すると誰でもかまわずあの世に連れて行かれるという。


 噂を聞いた私は一人でそのバスを待つことにした。

 そんなバス、本当にあるのかどうか疑わしい。

 といってもものはためしだ。

 もの寂しい雰囲気のバス停に、来るはずのないバスを待つ男の姿は滑稽だろうが、とにかく待つことにした。


 少し経って、若い女性がバス停に現れた。

 暗がりでもめかしこんでいるのが分かる。

 こんな時間にバス停に来るなんて、この女性も幽霊バスを待っているのか。

 女性は私に目を向けることなく、どこか遠くをずっと見ている。

 時刻は午後11時56分。


 もうすぐあの世行きのバスはやってくる。


 辺りには誰もおらず、後ろの寺も静まりかえっている。車はおろか、自転車一台通らない。私と女性だけ、日常から切り離された、異質な存在のように感じた。


 午前0時。


 本当にバスはやってきた。見た目に変わったところはなく、普通にバス停に止まった。

 バスの前方、運転席近くのドアが開いた。ここから乗れということだろう。

 若い女性はさっさと先に乗り込んでしまった。何かを「ピッ」と押し当てている。

 続いて私も乗り込もうとしたが、運転手の男に止められた。


「あなたはご乗車できません」


「なぜです? もしや私が……」


 常に不安に思っていたことを運転手は口にする。


「はい。あなたはすでに亡くなっています」


「そんな。誰でもかわまずあの世に連れて行ってくれるんじゃないんですか」


「噂の上では……今では都市伝説というのでしたか、 そう広まっていますが、その噂自体が生きている人間対象ですので」


 運転手は事務的な口調でそう告げる。制帽の下の顔は、暗くてよく見えない。


「お金ならあります。乗せてくださいよ」


「交通系ICカードのみ取り扱っております。まあ行先はあの世なので、支払いはただのポーズなんですが。現代っぽくしてみました」


 そんなカードは持っていないし、知らない。


 運転手は一礼すると、乗車口を閉じた。バスは私を置いて発車した。あの世へ行くために。


 今回も成仏できなかった……。


 昼間、成仏したくて後ろの寺をダメでもともと、訪れたが、そもそも住職は私の姿がまったく見えていなかった。話にならない。


 私はもうずっと、長い間この世をさ迷っている。


 どうすれば「あの世」に行けるのだろうか。


 今日も困っている。



 終わり。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る