天翔ける街

棗颯介

プロローグ ~月刊池袋ウォーカー八月号より~

 東京都豊島区池袋。東京の三大副都心に数えられる都内有数の繁華街。

 私もライターとしての仕事を始めて今年で六年目になるが、何度記事を書いてもこの街への興味関心は尽きない。過去の記事を読んでくださった奇特な読者ならご存じかと思うが、私は池袋で生まれ育ち、池袋と共に生きてきた男だ。もう二十年以上この街で暮らしている。そんな私であっても、この街には飽きが来ることがない。それはひとえに池袋が常に変化し続ける街だからだろう。


 以前の記事でも書かせてもらったが、今この池袋は街の歴史上前例のないほど大きな変化を見せている。

 約二年前に池袋の空に突如現れた《竜》の存在。

 今この瞬間も静かに街の上空を翔けている物言わぬ都市伝説は、一言の言葉すら発さないままこの街と、そして世界を大きく変えた。人の幻想の産物だと思われていた《竜》の実在が世界的に証明されたこともそうだが、それ以上に世界が注目したのは、《竜》が齎す“副産物”。

 売れば百億円の価値があると言われている、《竜》の目から稀に零れ落ちる宝石・《竜の涙》だ。

 百億円。人生を何度やり直せば使い切れる額だ?池袋に定住を希望する人々が増加し地価が膨れ上がっているのも無理はないだろう。《竜》と《竜の涙》を目当てに街に観光にやってくる人数も《竜》の出現前の数十倍になったと聞く。一攫千金を求める人々が賑わう今の池袋の街は日本のラスベガスと言ってもいいだろう。《竜》といえば古今東西、王の権威の象徴や神として崇められていた存在だが、今やすっかり池袋の街のランドマークに成り下がっている。


 私はあくまでライターであって宗教論者や批評家ではない。ゆえに今更の目的だの陰謀論などとオカルトめいた持論を展開するつもりもない。そもそも《竜》は二年前の出現以来、一度として街や住民に害を為したことがない。池袋の街を愛する一市民としては、街に被害がないのならそれでいいのだ。

 ただ私が一点だけ気になるのは、どうしてわざわざこの池袋の空に《竜》が現れたのかということだ。

 その答えはこの街に隠されていると私は思っている。池袋の街のどこかに、あの天翔ける都市伝説の秘密が隠されているはずだ。長年この街に住み続けている住人の勘と言ってしまえばそれまでだが、この歳になっても私を飽きさせない池袋の街が、私はどうしようもなく、愛おしい。


 この記事を読んだ貴方が、私と同じように池袋の街に興味を持ち、この街を愛してくれることを願ってやまない。

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