第16話 過去の傷(2)女子高生拷問殺人事件
結子は編集部に戻り、セレが普通の高校生活を送っている事を記事にしようとし始めた。
(何か、自分は悪くないとかいう態度だったわね。いいわ。自分とは関係ないという態度って書こうっと)
書き始めていると、編集長がヒョイと覗き込んだ。
「特ダネとか言って鼻息を荒くしてたな。どうだった」
「編集長。はい。会って来ましたけど、取材には非協力的でした」
「そうか――ん?女子高生拷問殺人の被疑者梶浦真之の息子S?お前、事件の事を知らないのか?」
結子はキョトンとした。
「知ってますよ。大事件だったじゃないですか。
女子高生が次々と拷問されたようなやりかたで殺されて、犯人として逮捕されたのが梶浦でしょう?血も涙もない極悪人として毎日テレビで報道されてたし、週刊誌もネットでも、家族の名前や住所や顔写真まで明らかになって、奥さんは男を作って逃げたんでしたよね。
で、残った息子がうちの妹と偶然同じクラスになったんですよ。チャンスと思って」
結子は笑った。
編集長は結子を見て、考えながら言う。
「で、どういう記事にするつもりなんだ」
「その後妻は男と逃げて、息子は関係ないという顔で普通に暮らしてて、被害者遺族に何もコメントすることもないと」
編集長は溜め息をついた。
「お前、事件の事を知らないのか。ちょっと、調べてからにしろ。この事件に関する事は、全部資料として取ってあるはずだからな」
それだけ言ってせかせかとデスクに歩いて行く編集長を憮然と見ながら、結子は、
(あの子と同じ事を言ってる?)
と、漠然とした不安を感じた。
女子高生の惨殺体が発見されたのは、5年前の冬の朝だった。
両手の爪が剥がされ、歯を無理やり2本抜かれ、足の骨を砕かれ、胸に熱した金属を押し付けて6つの焼き印のような火傷を残され、死んでいた。
大騒ぎになったが、その後すぐに同じ手口で友人の女子高生も殺された事で、連続殺人として注目度が上がった。
全部で4人死んだ頃、彼女達は図書館でいたずらをしていた事がわかった。蔵書を無断で持ち去ったり、気に入ったページを破り取ったりしていたのだ。
それを司書の梶浦真之が発見し、叱ったのだが、彼女達はまたも繰り返していたという。
彼女達は主に梶浦を目の敵にして、蔵書に梶浦の悪口や梶浦への挑発などを書き込むなどエスカレートしており、警察は、それで梶浦が彼女達に恨みを募らせて殺害したとして、梶浦を逮捕。
マスコミはその異常な犯行を連日報道し、遺族や梶浦の家族のコメントや姿をとろうとずっと家族に貼り付き、そのうちに梶浦は拘置所内で、無実を訴えながら心筋梗塞で亡くなった。
被疑者死亡との発表に拳の振り下ろす行き場を無くしたマスコミと遺族、善意の市民達は、梶浦の妻と息子を責めた。その中で、妻は男を作って、姿をくらませた。
それで息子は施設へ入る事になり、マスコミなどの騒ぎは収まった。
が、その後、梶浦のアリバイが証明された。
事件は同一犯で間違いないとされたが、その内の1件の犯行時刻に、梶浦は自殺しようとしていた若い女性を助け、病院に運び込んでいたのだ。
当の女性はレイプ被害に遭って死のうとしていたが、梶浦が犯人とされていた事に気づき、警察に連絡。その時の病院のカメラなどから間違いないと断定し、梶浦は誤認逮捕だったとわかった。
しかしマスコミも既に興味を失っており、警察も失態をわざわざ声高に言う必要を感じなかったので、その時に起こっていた大ニュースの陰に紛れるように、ひっそりと発表された。そしてそれを、報道するマスコミは皆無だった。
結子は混乱した。
「え?梶浦が犯人じゃないの?じゃあ、犯人は誰よ?
いえ、誤認逮捕だったなんて、そんな」
資料から顔を上げた結子の顔付きでわかったのか、編集長は肩を竦めて見せた。
(この記事はボツね)
残念に思いながら、結子は溜め息をついた。
しかし終わらせたつもりでも、勝手に噂が歩き出してしまうとは、結子も思っていなかった。
翌朝、セレが登校すると、黒板にその文字が躍っていた。
梶浦瀬蓮は女子高生連続拷問殺人事件の犯人の子
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