第2話 お誘い
「もう!びっくり
安心のあまり大声になったツキが笑ってぼやいた。横で紬希も苦笑いを浮かべる。
「…ホンマに。
あたしも近所のおばちゃんのつもりで切ってましたよ…。それやのに、急に正体
ひゃー…変な汗かいてしもた」
「ふふふ。
気楽にカットして欲しくて、ついつい
でも、途中まで化けてたのに、ちゃんと私にピッタリな髪型に仕上げちゃうなんて、さすがは洛西で一番の美容師さんね」
そう上品に微笑むぬらりひょん夫人は、満足げに鏡の前でくるくると仕上がりを眺めた。
ぬらりひょんとは、妖怪である。
こっそり部屋に忍びこみ、素知らぬ顔でしれっと家族に紛れこむ。そういう妖怪である。
「実はねぇ、今、新しい会社の立ち上げのためにスカウトして回ってるのよ。それでね…」
立ち上がった彼女は振り向いて、ツキに微笑んだ。
「よかったら、ツキちゃん一緒にいかが?」
「えぇ?!」
ツキより先に声をあげた紬希は、彼女を引き寄せるように抱き締める。
「でも、ご覧の通り、世間知らずな無職ですよ!この子!
勉強も運動も苦手やし、外国語も出来ひんし…なぁ?」
「…ムギ姉。まぁ、たしかにそうなんやけど…そんな勢い
「いえいえ、私が探しているのはね…」
ニコニコ笑う夫人は、ふいにツキの腕をキュッと握って引き寄せると、パチンっと指を鳴らした。
「上手に人に化けられる妖怪なんです。
ちょうど化け蛙の貴女みたいにね」
あっという間に、ツキの姿は緑の皮膚に覆われた恰幅の良い大きな蛙へと…。
「そっか!じゃあ、化け蛙の私にピッタリ!…って、カエルちゃうわ!
ほら!見てください!!お皿!」
「あら!これは失礼」
むくれたツキは小さなお皿を押しつけるように見せつけた。
「ふふ…また太ったなぁ。いつもダラダラしてるからやでぇー」
そう彼女をつついて、紬希はクスクス笑う。
「…まぁ、とりあえず、それでわざわざウチに
紬希も夫人と同じように指を鳴らす。すると、彼女の頭にニュッと小さな角が生えた。
「あら、もしかして鬼の
「えぇ、彼女が野盗を引退して以来、ずっと代々床屋の鬼一族、その末裔にあたります。
あらためまして、バーバー茨木15代目、茨木紬希と申します」
さっと立ち上がると、姿勢を正した紬希は上品にお辞儀をしてみせた。
「あらあら、そんなにかしこまらなくてもいいのよ」
「いえ、妹分をお任せするかもしれないんですから、こちらも誠意をもってご対応いたします。ただ…」
瞳がギラッと光る。
「…この子にぞんざいな扱いをされた場合は私も黙っておりませんので、そのおつもりで」
「あらあらあら〜」
丁寧な物腰ながら鬼としての殺気を抑えない紬希を嬉しそうに夫人は見つめた。むしろ、隣にいるツキの方が怯えて、体を縮める勢いでそのまま人の姿に化けてしまった。
「それで、变化の出来る妖怪が必要な新しい会社というのは、何なんですか?」
「私…何でも屋を始めようと思っているのよ」
「何でも屋?」
「えぇ、お客様のいろんなご依頼に応えるの。
人間、妖怪両方がお客様よ!」
「なるほど!それで人に变化の出来る無職なアタシを誘ってくれたってこと…?」
「そう。…ただね、東京を拠点に考えてるのよ」
「東京…」
「いきなりは厳しいでしょうから、一週間考えてくれる?
私は来週まで関西にいる予定だから」
そう微笑むと、カットの代金に少しのチップを加えて、夫人は去っていった。
「…はぁー!チップなんて、スゴイな。
新しい会社ってことは、他の事業でもそれなりに儲け出してるんやろうな…。
ありゃ、なかなかの喰わせもんやで…」
そう感心しながら、紬希は店の片づけをし始めるが、まだツキは椅子に逆座りしたまま、ぼんやりしていた。
「悩んでんの?…働きたくないって言ってたくせに?」
「…うん。どうしよ…」
窓の外では雨が降り始めたようで、行き交う人々が傘をさし始めた。
「……東京やから?」
「……うん」
ちょうど小学校の下校時間だったのか、赤や黄色の明るい色が駆け抜けていく。
「……そっかぁ」
ぐーっと背伸びをすると、紬希バックヤードへ向かった。
「まぁ、じっくり悩めばいいやん。
それも
ツキはじっと窓の外を見つめる。細かい雨粒は部屋の中からだとよく見えなかった。
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