太宰未遂

ちくわ書房

第1話 119

 アパートの隣室から何かが倒れる音がした。何となく察しは付いた。その辺の外套を掴み、携帯で救急要請をする。合鍵で隣室の玄関を開け、中を確認する。

「太宰、いるか?」

 返事は無いだろうが一応呼び掛ける。玄関から直ぐのドアノブにタオルで括られていた。

 タオルを外し、横たわる太宰の頚を触る。微かにまだ脈を関知できる。後で怨まれるだろうが、気道を確保する。それから胸部圧迫を開始する。俺もそろそろ除細動機でも買うべきか。

 そうしてるうちに救急隊が到着し、俺を伴って搬送となった。車内で事情を訊かれ、保護者について訊かれた。俺が保護者の代理をしていると答えた。着くと、救急外来に彼奴は収容された。そういえば保険証を持ってきていない事に気付いた。待合室で問診を記入するよう云われたので、ついでに彼奴の幼馴染に連絡を入れておいた。

 二時間位して、看護師に呼ばれた。何処に入院となるのか、どういう容態で、どういう処置をするのか、医者から説明を受けた。医者は若く見えたが腕は確かそうだった。

「急変時の対応はどうしますか?」

「急変時?」

「今の状態で急襲的な治療を行わなければ、亡くなる可能性は大いにあります。また、急襲的な治療は御本人の寿命を縮めます」

 太宰の願いは知っている。けれど、此処でその判断をするのは俺ではないと思った。友人として、仮にも教鞭を取る立場としても。

「出来る限りの事をしてください。怨み辛みは俺が引き受けます」

 それだけ訊くと医師は電子診療録に二言三言書き込んだ。まだ処置に時間が掛かると云われ、待合室でまた待つことにした。

 待合室に人が増えていた。俺が連絡した人物だった。

「来たか」

「ママが送ってくれたの。先生、治くんは」

「今までで一番最悪だ」

 医者との話を全て伝えた。俺も尾崎も、太宰の此れには慣れているが、今回ほどに堪えた事はない。尾崎は何も云わなかった。ただ、ずっと、太宰と写る写真を眺めているだけだった。何か声を掛けてやろうと思ったが、適当な言葉が見つからず、開いた口を閉じた。

 運ばれてから合計4時間近く経った後、看護師に呼ばれ、処置の終わった太宰と対面した。鎮静を掛けられ、口から管を挿れられ、呼吸器に繋がれていた。点滴は宛らシャンデリアになっていた。俺は意外と冷静に事を受け止めていた。失神しそうになっている尾崎を抱え、病棟へと向かった。

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